2012年03月17日

大本紹介講座「実践講話例(一)」

大本本部教務局編の実践リーダー読本で、天声社が発行しています。大本の信徒の方が大本紹介講座等の講師を務めるために学ぶ本で、「霊界の真相」と「神と人」が納められています。

JISやISO、IECといった規格には「用語及び定義(Definitions)」という項目があり、その規格で使用している用語の定義を明らかにして、規定内容に関して誤解が生じないようにしています。開祖が難しい(と思われる)言葉を使って合気道について述べられていますが、これも規格と同じように言葉の定義が明らかになれば、お話の内容をもっとよく理解できるようになると思います。

幸いその定義は、ほとんどが大本のこの種の本で詳しく説明されています。大本の信徒の方にとっても、「一霊四魂三元八力」や神々の働きが何であるかは学ばなければ知ることができない難しいものであるからだと思います。それで、合気道を修める人も、この本などを手引きとして、開祖が用いられた言葉の定義(意味)を知ることは有益なことだと思います。
なお、これらの言葉は出口王仁三郎聖師が使われた言葉ですが、そのほとんどが江戸時代中期に興った復古神道(古神道)の教えから来たものです。

この本の最初の方に書かれている「人の想いは伝わるのか?」の中に、「植物にも“心”がある」という例が紹介されていますので引用します。
「かつて、あるテレビ番組で『植物にも感情がある』というテーマで非常に興味深い映像を紹介していました。
まな板の上にキャベツが二個のせられています。一個のキャベツは包丁で切り刻むこととし、その間、もう一個のキャベツはどんな反応を示すかを調べようというのです。調べるための装置は、健康診断の心電図計のようなもの。電極がキャベツにとりつけられ、何らかの変化があれば心電図のように波形となって現れるという仕組みです。実験が始まる前は、もちろんキャベツには何の反応もなく、波形はまっすぐでした。ところが、一方のキャベツが切り刻まれ始めると、測定用のキャベツは、てき面に反応し、波形は激しく振動しました。それは刻まれている間、ずっと続きました。
すっかり刻まれた後、しばらくすると、先ほどまで激しく振動したキャベツの波形はまた元通りになります。そして、今キャベツを刻んだ人はいったん部屋を出て、代わりに別の人が部屋に入ってきます。そのときは別に反応はなかったのですが、次に、先ほどキャベツを刻んだ人が再び部屋に入ってきます。すると驚いたことに、入ってきただけで、キャベツはまたもや激しく反応し始めました。」

このような導入から「想いは人に伝わる」「まごころは霊界に響く」「霊主体従とは?」「なぜこの世に生まれて来たのか?」「霊と体をつなぐ魂の緒」などへと展開しています。身体だけでなく霊魂の存在に触れる、開祖の道文と共通の概念です。

開祖が宇宙の真相(真理)と言われる時、この本に書かれているようなことをベースにお話をされていると思います。死生観にしても、道文に「生き通し」という言葉が出てきますが、死後も霊魂は生きるということだけではなく、深く考えれば、この本にあるように「霊魂の故郷は天国」であるということにも思い至ります。科学的な「エネルギー保存の法則」から考えても、人間(自分)というエネルギー体は母の胎を出た時からの存在ではなく、誕生以前に存在していて、死後も存在し続けることは十分肯けます。真の自分は、真に「不増不減」で、「生き通し」ということになります。

自殺について、「この世は天人養成の学校」という立場から説かれています。自殺によってその機会を自ら奪うと、出口王仁三郎聖師が、「水にドボンと飛び込んで自殺した人は、ドボンと飛び込んだ瞬間の世界しか霊界では与えられない」と教えている結末を迎えることになるということも、「生き通し」に関連して理解できます。
開祖が、「合気道は真人養成の道」と言われていますが、「真人」は「天人」と同じ意味になるでしょう。
「要するに、私たちは、天人としての資格作りのためにこの世で修行させていただいているのです。そしていつかは永遠無窮の天国の生活に至るのです。それと同時に人は『天地経綸の主宰者』として『地上天国』建設のために現世にうまれさせられていることも忘れてはなりません」というこの本に書かれていることと照らし合わせると、そのもっと深い意味が分かってきます。

『古事記 上巻』に出てくる神名で表現されている合気道の真髄も、この本の「一神即多神即汎神」を読むと、もっと良く分かるようになるはずです。その箇所を引用します。八百万の神々の神名は、一神の種々の働きを表したものであるということです。
「(神さまは)もとは一柱でも、お働きによって幾つにでも御身を分けられる」
「人はだれでも名前を呼ばれるときは、体全体を指して呼ばれるものです。しかし、よく考えてみて下さい。人間の体は、全体としては一個のものですが、働きを部分的にみた場合、頭は頭の働き、胴は胴の働き、手は手、足は足、という具合にそれぞれ別個の役割をもっています。そこで、仮にそれぞれの働きに名前をつけてみることにしましょう。たとえば、頭には『頭の大神』、右手には『右手の大神』、左手には『左手の大神』、そして胴体にも、両足にも同じように神さまの名前をつけたとします。するとどうでしょう。Aさん、あなたは全体で『Aさん』ではありますが、見方によっては『頭の大神』『手の大神』、その他いわゆる五体の大神さまの集合体であるということもできます」
「神さまの場合も同じように考えていただいたら良いのです。人体は一般に小宇宙と呼ばれるように、人体の働きを無限大に拡大したものが大宇宙なのですから。まず、大宇宙を一個の人体とみた場合、全体を称して『天之御中主大神』(または大国常立大神)と申し上げます。次に、人間に霊魂と肉体がありますように、大宇宙にも霊魂を主宰する神さまと物質を主宰される神さまの両面があります。お分かりにくければ、大宇宙の左半身(霊)と右半身(体)と考えていただいても結構です。この大宇宙の霊魂を主宰される神さまを『高皇産霊大神』(または厳の御霊日の大神)、物質を主宰される神さまを『神皇産霊大神』(または瑞の御霊月の大神)と申し上げます。そして、この天之御中主大神、高皇産霊大神、神皇産霊大神の三柱の大神さまは、見方によっては三柱ですが、人間の五体が一体的に働いているように、本来ご一体の神さまなのです」

その他にも、開祖が稽古の始めにいつも唱えられたという「ひと、ふた、みよ、いつ、むゆ、なな、や、このの、たり、もも、ち、よろづ」の意味の詳しい説明があります。これは天の数歌といわれるもので、王仁三郎聖師が、聖書の天地創造の七日間になぞらえて説明されています。
開祖が、このように唱えられたのは、合気道が天地の創造、そして完成、すなわち宇宙の経綸を想い、地上天国建設を願ってのことであったと推察できます。

posted by 八千代合気会 at 09:46| お勧めの本