2012年05月21日

図説・宮本武蔵と剣豪たちの剣法

田中普門氏が著者で、平成23年(2011)11月に講談社から出版されました。

この本には宮本武蔵の出自について今まで私が知らなかったことが書かれていました。
吉川英治の小説で有名な宮本武蔵の出生地には諸説あり、定説はありません。名前は宮本武蔵守藤原玄信(みやもとむさしのかみ ふじわらのはるのぶ)ということがこの本に書かれていて、これは武蔵自身が『五輪書』に書いていること一致します。
祖父の武蔵守吉元が、円明阿闍梨より武術の極意となる仏教哲学の真髄を学んだことから、創始した流儀を円明流と名乗ったということが伝えられていて、この円明流が二刀剣法であったとのことで、この辺りが詳しくなっています。武蔵玄信は、父 無二斎からこの円明流を教えられ、晩年に円明流から二刀一流に、そして二天一流にと流儀の名前を変えたそうです。

佐々木小次郎の巌流(いわおりゅう)は失伝していると思いますが、小次郎が物干し竿という長い刀をどのように抜いたかということが再現されていて、これなら抜けると思えます。また、舟島(巌流島)で小次郎が鞘を捨てたと言われていることがさもありなんと思えます。
巌流(がんりゅう)と読まないで、「いわおりゅう」というのも一般にいわれていることとは違っています。

武蔵は、島原の乱の前、1630年頃に尾張名古屋で柳生兵庫介に二刀剣法を伝え、後に兵庫介が二刀破りの極秘剣法を編み出したということで、その剣法も紹介されています。

宮本武蔵とは直接の関係がない流派の剣法や柔術も紹介されており、鹿島新当流剣術では、一之太刀(いちのたち)が載っています。大石進が創った大石神影流も伝を継いでいる人が居ることを知りました。

なお、この本では、浅山一伝流体術が合気道や大東流合気柔術のルーツと言われていることが紹介されています。大東流の技で浅山一伝流に似ているものがあるところからきた説のようです。
posted by 八千代合気会 at 01:32| お勧めの本

2012年05月13日

真の合気の道(4)

開祖が「真の合気の道」即ち「真の武の道」を体得されたということは、宗教でいうところの「本当の幸せ(真の幸福)」が何であるかが分かった(悟った)ということと似ていて、考え方や価値観の大きな転換を伴うことのようです。それは、「本当の幸せは金や地位があるということではなく、自分のような小さな存在を忘れられないで常に導いて下さっている神の御心(愛)を知ることであった」と分かった時に思わず喜びの涙が溢れ出てくるのと同じであったようです。これについては、既に大正14年(1911)に「武道とは、(鍛え抜いた)腕力や凶器(武器)をふるって(相手に勝る力や技で)相手の人間を倒」すことではなく「武道の根源は、神の愛(万有愛護の精神)である」(『武産合氣』p.17)ということが分かって法悦の涙を流されています。「武は愛なり」即ち「愛の働き(情動)そのものが武の極意である」ということに気付かれたことによります。それから15年後に神示を受けて、技が変わって来ます。それまでは少しは力が要ったものが昭和20年(1945)頃になると力を必要としない技に変換しています。したがって、真の合気の道を体得されたと言われている頃には、実体も伴い、観念的なことだけではないものになっていました。そのようなことを思い浮かべながら「真の武道に敵はない、真の武道とは愛の働きである。それは、殺し争うことではなく、すべてを生かし育てる、生成化育の働きである」(『合気神髄』p.34)という言葉を深く考えると、「愛の働き、生成化育の働き(武産の合気の妙用)」が武道の極意そのものであるということを示されていることが分かってきます。

この「愛の働き」について、もう少し具体的な例を挙げて解説します。
昔、動物園から猛獣が逃げた時、この猛獣を生け捕りに出来るのは中村天風先生しかいないということで、天風先生が呼ばれたことがあったそうです。天風先生は、猛獣使いと同じように猛獣の檻の中に入っても平気で、檻に入ったとたん猛獣が猫のようにおとなしくなる人でした。このようなことが出来るには、虚勢を張り猛獣に自分の方が主人だよと思わせるように振舞うという外見的なものとは全く違っていると思います。そんなことが出来ない私が言うのも何ですが、天風先生の心の中は猛獣と自分という対立がないので出来たようです。畑正憲(ムツゴロウ)さんも猛獣が怖くない人ですが、二人には共通したところがあるように思います。
このムツゴロウさんが「動物と付き合うには、対等な立場になるのが良い」と言われていることや、天風先生が「(真の自分とは目に見える手足・身体ではなく霊魂・先天の一気としての存在であるという)信念が強く結晶した人の周りには、非常に強い同化力が働き出す。霊的作用の感化で、その場の雰囲気をスーッと同じ状態にしてしまう。猛獣が同化するのは当たり前じゃないか」と言われていることをそのまま武道にしたのが開祖の合気道だと考えることが出来るのではないでしょうか。
『武産合氣』のその続きの部分には、「一番の神業は、大神にして創造主(つくりぬし)たる神に同化、帰一和合すること、・・・大宇宙に同化することになるのであります」と記されています。「どうしても・・・天の浮橋に立たなければなりません」とも表現されていますので、天の浮橋に立つということが神(大宇宙)に同化するというもう一つの表現であることが分かります。

同化という言葉を別の言葉で表現すると「ムスビ(産霊、『古事記』では産巣日)」ということになります。「イクムスビ」「タルムスビ」「タマツメムスビ」のムスビです。この言葉の意味は「産す(び)」であり「結び」です。「産す」は生成化育で、「結び」が同化です。
陰陽が結んで産まれた男の子を息子(ムス・コ)、女の子を娘(ムス・メ)というように、よく知った日本語にもその概念から出来たものがあります。
言霊では「ウ」が「結び(musu)」を表し、また、「動かす(ウごかす)」ということも表しています。結びによって動かす、愛の言霊によって動かすと考えれば、呼吸力によって動かすということの原理が何であるかが分かって来ます。言霊七十五声説では、ウ声はス声(愛を表す言霊)から生まれています。真空の気(宇宙、神の愛)と結ぶと、自然にその中に含まれている相手とも結ばれ、その結果、技が自由自在に出て(単に色々な技が発現してということではなく、同化していると何の引っ掛かりも感じないで技が出来て)、おのずから勝ちをおさめているという方法があるのです。例えば次の道文はそのことを示しています。
「勝とうと気を張っては何も視えんのじゃ。愛をもってすべてをつつみ、気をもってすべてを流れるにまかすとき、はじめて自他一体の気・心・体の動きの世界が展開し、より悟りえた者がおのずから、いわゆる勝ちをおさめている」(『合気道開祖 植芝盛平伝』p .175)
「合気道とは、真の武であり、愛のみ働きであります」(『武産合氣』p.30)
posted by 八千代合気会 at 23:34| 日記

2012年05月07日

もっとうまくなる合気道

植芝守央道主が著者で、平成23年(2011)7月にナツメ社から出版されました。

「はじめに」に、合気道上達への近道として「基本をしっかり身に付けること」と「稽古を継続すること」とを挙げられ、「私の父である吉祥丸二代道主は、悪天候の日や体調が万全でない日も、朝の稽古を毎日欠かさず続けていました。そして私も父にならい、毎朝道場に出て、稽古するようにしています」と述べられています。
そのような意味合いからか、「単独動作と相対動作」「基本技を覚える」「応用技を覚える」の3部構成になっていて、その中で基本技に一番ページを割かれています。また、序章には「合気道の歴史と今」があり、開祖について簡潔に触れられています。

基本技は植芝充央本部道場長補佐が、応用技は守央道主が模範技を示されていて、基本技、応用技とも18の技が示されています。
剣道にも基本技、応用技という分類がありますが、合気道は剣道とは分類の概念が違うようです。剣道の場合、面、小手、胴、突きが基本で、それに対して返し技、すりあげ技、抜き技、打ち落とし技、払い技などが応用技であるという回答が「Yahoo知恵袋」にあり、明確に区別出来るようですが、合気道で、例えば後ろ両手首取り第三教が基本技なのか応用技なのか正確に答えられる人はいないと思います。それで、分類にはあまり拘らないで、合気道の技全体について大まかなイメージを作るために参考にすると良いと思います。
そして、基本の中に「極意」が含まれていると思って、稽古で上手な人と組んだ時に素直に受身を取って何かを感じ取り、それを元に工夫を重ねるともっと早くうまくなることが出来るのではないでしょうか。私は、その何かの多くは、掌に掛かる圧力だと思いますので、受ける側も掌のセンサーを全開にすることが求められ、そのため膝を柔らかくして受身を取ることも重要になってきます。この本で、「手首をつかむときは、力を込め過ぎないように注意」「小指から順に握っていく」「上体は常にまっすぐを心掛ける」などと注意されているのは、そのことに関連していると思います。

合気道を理解しやすくするために、動作に対する名称などが付けられたりするので、指導する立場の人も時々道主が出される本のチェックが必要だと思います。この本には入身、転換、転身の体さばきが示されていて、運足で転換足、転回足が示されています。また、「合気道の基本用語」には転回の説明があります。送足、歩足は、中学校の必修授業で最初に学ぶ運足法です。継足もありますが、この本には載っていません。それで、合気道ねっとで送足と継足の違いを知っておくと良いと思います。 http://www.aikido.ne.jp/sec01_0203.html

体の動きを写真の中で矢印で示したり、別アングルの写真やワンポイントアドバイスがあったりで、分かりやすい本だと思います。ただし、初心者が稽古よりも本を偏重することがないようにと戒められている師範もいらっしゃるので、私も稽古の時には本で見た途中の体の動きをイメージしないで、分解写真のような動きはすっかり忘れて、技全体を体で覚える稽古をお勧めします。

なお、準備体操で行っている手首関節柔軟法も載っていますが、小手回し法と小手返し法が逆になっているように思います。
posted by 八千代合気会 at 09:02| お勧めの本

2012年05月04日

真の合気の道(3)

『武産合氣』p. 28に載っている
「今日はお尋ねにより、合気道とは何か、ということについて申し上げてみましょう。
合気道とは、宇宙の万世一系の理であります。
合気道とは、天授の真理にして、武産の合気の妙用であります。
合気道とは、天地人、和合の道とこうなるのであります。
また合気道とは、万有の処理の道であります。
合気道とは、言霊の妙用であり、宇宙のみそぎの大道であります。
この道を思惟する人々は、宇宙建国完成の経綸(地上天国建設)に奉仕しなければならないことになっています」という言葉について考えてみる(思惟する)ことは有益だと思います。この「合気道とは何か」という言葉は「真の合気の道とは何か」という言葉と同じ意味で遣われているからです。

開祖のお話はしりとり遊びのように次々と展開しています。「宇宙の万世一系の理」が「天授の真理(神示によって与えられた理)」であり、その理による働きが「武産の合気の妙用(気の御技、呼吸力の発揮)」であり、これは「天地人、和合の道(宇宙に充満する真空の気との結び、即ち宇宙根源の万有愛護の心になりきる道)」という術理の上に、また、「万有の処理の道(無抵抗主義、これこそ霊界の処理法『合気神髄』p.129)」の上に成り立っており、言い換えれば、合気の道は「(愛の)言霊の妙用であり、(大宇宙と自分という小宇宙は繋がっている同根一体のものであるというところから)宇宙のみそぎの大道(小戸の神業)」となる故に、「よし、この合気をもって地上天国を作ろう」ということになってくるのです。

そうすると、最初の「宇宙の万世一系の理」が何であるかが大切になってきます。「技は、すべて宇宙の法則に合していなければならない」(『合気神髄』p. 86)の宇宙の法則です。その宇宙の法則が「梃子の原理」や「相手を無力化する」という言葉で表せるものだと思いますか? もしそうだとしたら、それが「地上天国建設」に繋がりますか?

開祖は、昭和15年(1940)12月14日に受けた神示から以降、変わられました。これは「昭和15年(1940)の12月14日、朝方2時頃に急に妙な状態になりまして、禊からあがって、その折りに今まで習っていたところの技は、全部忘れてしまいました。あらためて先祖からの技をやらんならんことになりました」(『合気神髄』pp.23-24)と言われているとおりです。それから約10年かけて、この「宇宙の万世一系の理」が何であるを掴まれ、それを具象化され、その理によって真の合気の道を打ち立てられたのです。

もったいぶるようですが、「宇宙の万世一系の理」が何であるか、八千代合気会の会員の皆さんに少し考えていただきたいと思います。ヒントは、非常に大切な理なので、昭和25年(1950)頃から以降の開祖の教えの中で度々それについて言及されていることで、合気神社にもその理が表されたものがあるとのことです。
posted by 八千代合気会 at 17:40| 日記