2012年06月29日

真の合気の道(6)

毎年4月26日に(公財)合気会 本部道場で行われる開祖・吉祥丸二代道主を偲ぶ会で上映される『合気道の王座』(昭和35年(1960) NTV製作)という映画の中で、開祖が座学で教えられている場面があります。そこで「天の呼吸と地の呼吸を人は受けて」と話しながら指し示されている場面から写したものが次の図です。
天の呼吸と地の呼吸.jpg

この座学資料の右側の図は『武産合氣』p.156に載っている図とは「キ」の部分が少し違っています。どちらの図であったか、開祖が、開講されたばかりの武産合気教室でも図形を使って説明されている様子を『合気道新聞』であったと思いますが見た覚えがあります。開祖が座学で示される程ですから、この図形は合気道の大切な理を説明するものであることが分かります。
ここで、放射状に伸びる線は湯気、煙、霧よりも微細なる神明の気が放射している様を表していると思います。このことからも、合気道では「気」というものが大切であるということが分かります。
一番下の四角の中に放射状の気を表した図は、山口志道が解いた「布斗麻邇御霊(ふとまにのみたま)」、別名「火凝霊(かごたま)の図」(参照:http://homepage2.nifty.com/taisou/cakra.htm)の中の七十五声の図とそっくりです。また、この座学の右側の図形はその左側の△○□の三元の図に対応していると思います。
火凝霊の図.jpg

「生産霊(イクムスビ)」「足産霊(タルムスビ)」「玉留産霊(タマツメムスビ)」は、宮中の八神殿に天皇の玉体を守るために奉斎されている八神の内の三柱の神です。国学でも論じられていて、今泉定助先生(1863-1944、國學院設立に尽力した人)は、イクムスビは生成発展、タルムスビは充実具足、タマツメムスビは統一主宰の働きを表すとしています。開祖の三元とそれぞれの働きが一致していると思います。

大本教では、「すべて神が一物を造りたまうのには、たとえ、一塊の土を造るのにも、三元八力(さんげんはちりき)という諸原素、諸霊力によられるのであります。剛、柔、流の三元(鉱物、植物および動物はこの原素よりなっている)と八力(溶かす力、和す力、引張る力、ゆるむ力等八つの力)をもって、一つの物が造られているのであります」(出口王仁三郎全集2)として、三元は剛、柔、流のことであるとしています。開祖はそこから発展して「気、流、柔、剛の三元」ということで、「気を起こして流」「気によって柔」「気によって剛」と変わっています。気を起こしてとは、愛の気を起こしてということでしょう。

さて、「△○□の三元」がどこから来たかですが、直接的には中西光雲・清雲夫妻ではないかと思います。中西清雲への神懸りと中西光雲の古事記研究(国学研究も含む)による裏付けによるもののようです。奥村繁信師範が、『合気道探求』第4号(1992)で『戦後植芝盛平先生の説いた「もちろ」の法則、即ち @ △(入身一足の理) A ○(円転の理) B □(固成の理)』と、戦後のことであると述べられていることからも、肯ずけることです。

鈴鹿市にある椿大神社(つばきおおかみやしろ)があります。この神社は、日本中の猿田彦大神を祀る神社の総本社とされる神社です。宮司は猿田彦大神の子孫といわれ、その第96代の山本行隆宮司が『神道気学宝典』(p.40「日・月・星」の三元の法則 参照)に示されているのが次の表1です。「三元の法則」は日・月・星の三つの光ということで「三光の原理」とも呼ばれます。
三元_表1.jpg

中西光雲・清雲夫妻は、戦後、この神社の中に「ことたま研究所」を設立していて、一時期、宮司とも昵懇の間柄であったようです。この神社の由緒(因縁)を明らかにしたのは中西光雲・清雲夫妻で、祝詞や「△○□の三元」も中西清雲を依り代とした神示と中西光雲の言霊による古事記の研究に基づいているようです。

この神社に滝場があり、開祖は昭和27年(1952) 以降、毎年、滝行に訪れられていたということです。推測ですが、開祖が中西光雲から椿大神社を紹介され、「△○□の三元」を教理とし、しかも祭神が猿田彦大神であることから神さまの導きを感じられて、また、合気道の根本原理に導かれたことに対する感謝の気持ちから、毎年、毎年、行に通われたのではないでしょうか。

神道の歴史の中では、室町時代に成立した吉田神道(唯一神道)に三光の教えがあり、京都の吉田神社の斎場所大元宮は欄干の横木の切り口が丸・三角・四角を象っているそうです。吉田神道を大成した吉田兼俱(よしだ かねとも、1435-1511)が、これを仏教から持ってきたのではないかと思われます。仏教では、京都の建仁寺(1202年開山)に「丸 三角 四角の庭」があり、五輪の塔の中にも三角(火輪)、丸(水輪)、 四角(地輪)の象りがあります。

中西光雲著『「ことたま」に依る十種太祓(布留部祓)の解明』に次のように述べられています。
もちろ 「もちろ」とは、「真理・原理・道理」、「気体・液体・固体」、「使命・生命・宿命」、「魂・命・霊」、「頭・胸・腹」等の如く、三種(みくさ)を図鑑に表はしたもの、即ち○△□(もちろ、 △○□の図象の順番に関わらずこの図象全体を“もちろ”という)の事であり、淤能碁呂島(おのごろじま)森羅万象万有の造化の元素原理より、生成発展の体用まで一切凡てが、この「もちろ」に包含されるものなのである。神道に於ては、ひふみ祝詞(のりと)に「もちろ(百千万)」という詞があり、仏教に於ては形として取入れ、譬へば位のあった人の墓などに、其の人が生前人間として為すべき、最高最善を仕尽上げたと云ふ意味を表徴して、△○□の形 所謂「もちろ」の墓( 五輪の塔)を建立して居る様である。然し現在迄神道にせよ、仏教にせよ何れも其の意味の解らぬ儘に、宣(のり)上げたり象(かたどり)を伝承して来たに過ぎない』

『神道気学宝典』を見ると、表表紙と裏表紙に丸 三角 四角が重なった図形が描かれていて、中表紙には表表紙の図形と同じ位置に「三つ巴」の図形(椿大神社の神紋)が描かれています。この「三つ巴」は三つのものが互いに対立して入り乱れることを表すのではなく「太極図」の一つの表し方ではないかと思います。そして、表表紙の図形と中表紙の図形は、共に同じ概念を表しているのではないかと思います。
神道気学宝典.jpg

このような背景があって、直接的には神示によってですが、「三元の法則」が国学(山口志道、大石凝真素美)、大本の教え(出口王仁三郎)、椿大神社の教学(椿大神社の理論的部分は中西光雲・清雲夫妻が担っていたといわれています)などを通して合気道の中に入ってきたと思います。

話が随分と神道や仏教の方に行ってしまっていますが、日頃、畳の上で稽古している合気道とは関係ないことだと思わないで、開祖が「真の合気の道」としてまとめられるのに心血を注がれたということだけでも理解できると良いと思います。「真の」という言葉は、「不変の」とか「あるがままの、ありのままの」という意味も含んでいますので、「過去・現在・未来を通して不変で、あるがままの宇宙の真理に基づいた合気道」としてまとめられるのにここまで深く追求されたことを知ると、身が震えるような思いがするのではないでしょうか。
「合気道って難しい」と思われている人が多いと思いますが、自分が知らないことに出会った時に、知らない、分からないで済まさないで、「知りたい!」とか「何故?」とかいう気持ちを持つことが向上心に繋がります。昨日の自分よりも今日の自分が少し前進するために、向上心を持ち続けましょう。
posted by 八千代合気会 at 08:56| 日記

2012年06月28日

合気道上達BOOK

植芝守央道主が著者で、平成15年(2003)11月に成美堂出版から出版されました。

「あとがき」に「稽古で先生から最初に習う事がじつは一番大切なこと」ということで、本書が基本動作、基礎・基本の技から入って、基本変化技、応用技にいたるように構成されているという説明があります。
基本動作として構え、受け身、膝行、手刀、体さばき、呼吸法が、基礎・基本の技として投げ技7種(表裏は1種と数えて)、固め技8種、投げ固め技3種、基本変化技として投げ技4種、固め技4種、そして応用技として投げ技5種、固め技2種、投げ固め技2種、短刀取り3種、二人取り2種が示されています。
また、手首関節柔軟法、ストレッチ(背伸運動)、礼法が加えられています。
手首関節柔軟法で、「小手回しは第二教の握り、小手返しは小手返し投げの握りと、技の中で小手の正しい握り方を稽古することもできる」と説明されています。この他に第二教裏、第三教及び第四教の握りが単独動作で行えますので、電車の中で座席に座っている時などに反復練習ができます。

本書が出て初めて気が付いたことですが、道主は黒帯ではなく白帯を着けられていることです。道主は、昇級・昇段審査を受けられていないので黒帯を着けられないというのがその理由です。

礼法で正面への礼とお互いの礼がありますが、合気道では剣道やなぎなたのように腰を折り曲げる角度(正面には30°、お互いには15°)についての細かい区別は示されていません。開祖は、お互いに礼をするときには相手が見えるように、とおっしゃられていたようです。このときには目線を畳ではなく相手の方に向けて腰を折るということだと思います。

呼吸力に関する部分を抜き書きしてみます。
「合気道では、呼吸力を発揮して受けを制するが、その呼吸力は主に手刀を通じて発揮される」
「合気道の技法は、自分が持っている自然の力をひとつに集中し発揮することで受けを崩し、制する。このような手刀、足、腰などの動きがひとつになって発揮される力を『呼吸力』と呼んでいる」
「呼吸投げとは、心・技・体がひとつになった自分の力を、手刀を通じて発揮し、受けを投げる技法だ」

私は、呼吸力は「気の(結びの)力」という定義が的を射ていると思いますが、そうすると、これは意識の力といって良いのかもしれません。その意識を相手の体の一点(接触点)に集中すると、必ず相手がその部分に反対向きの力を発生させて抵抗が生じるので、そういう意味での集中ではないことが分かります。それで手刀を通じてという表現をされているのだと思いますが、「手刀を通じて」を「指先を通じて」と読み替えると分かりやすいかと思います。これは稽古を通して自得すべきもののようですが、指導する立場になると、曰く言い難しということではなく、動作と言葉とを結びつけて、例えば10年位で会得できるようにしてあげる方法がないものかと思案しています。

『月刊秘伝』2012年2月号に「今、合気はここまでわかっている!」という特集があり、大東流の合気と合気道の呼吸力を同じものとして取り扱っていますが、「皮膚感覚」「ガクマ合気」「真空合気」「他動的合気」「筋電測定(で測定)」などの諸説があることが分かります。
『合氣道で悟る』(砂泊諴秀著)には、「昭和17年(1942年)私が稽古を始めた合氣武道の頃には、呼吸力の養成法として、呼吸法の業があった。しかし、どうしたら呼吸力が出るか、呼吸力とはどのような力なのか、それを説明し、指導する人はいなかった。ただ呼吸法としての形があるだけであった。その形を続けることによって力が出てきたとは思えなかった。非力な私は、体力のある者に取られると効くものではなかった。特に九州で専門に始めてからは、自らの弱さを痛感させられたのである。試行錯誤の毎日であったが、体力で効かないものを、いつまでも体的な技で、それを求めようとしても無駄なことである。開祖植芝盛平翁先生の書かれた精神を知り、それを体的にどう現わすかに方向を変えていったのである。しかし、体力的にも超人的といわれた翁先生の宗教的な精神論を、ただ凡夫が真似ただけで強さが出てくるものであろうか。そのことを考えても何もならぬことであると思い、ただひたすら、相手と一体になる心を、毎日の練習の中に探究し続けたのである。十数年ほど経って、やっとそれらしい技が出るようになった。それが呼吸力と言えるかどうかは分からない」と書かれていて、高名な先生も苦労して会得されたことがうかがえます。
このことから、「手刀(指先)を通じて(気を出す)」から、自分と相手との区別(又は対立)即ち体的な接触点での争いがない、「気の結びによって一体になる」に至る模索が必要とされていると思います。

posted by 八千代合気会 at 12:06| お勧めの本

2012年06月02日

真の合気の道(5)

このように解き進んで来ましたが、分からない人には皆目見当も付かないことばかりだと思います。
私は、開祖の「科学もて錬磨する」という言葉を、あれこれ仮説を立てて、その仮説を稽古の中で検証し、それがより多くの事象(技、場面)に当てはまればより真理に近づいたと考えるプロセスをとることだと理解して取り組んでいます。そして、その真理を物質科学(例えば、量子力学における粒子性)よりも精神科学(量子力学における波動性)に重きを置いて解明しようとしています。

思えば、人間は目に見える世界(感覚できる世界)で生活していますが目に見えない想念の世界にも住んでいます。人生を主体的に生きるためには、夢を描かなければならず、志を立てなければならないことは容易に肯けることと思います。この夢や志は想念の世界のことで、夢(ビジョン)が目先のことの追求ばかりで主体的に考える部分が少ないと、やがて「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速のことは 夢のまた夢」という程度の実感を伴うもので人生の幕を引くことになると思います。
そうならないため、開祖が示されている「言霊の妙用」というような想念の世界(心法)での武道の極意を全然理解できないと嘆くより、道筋をつけていただいたお陰で武道の極意というものを想像しやすくなったとか方向がはっきりしたと考えて、感謝の気持ちで取り組みたいものだと思います。
日々の稽古で得たものを土台として開祖の話されたことを理解しようとすれば、やがて見えてくると思います。

更に『武産合氣』の続きに進みます。
p.32に「ス―ウ―ア(言霊の発生をなさる) これからアオウエイ(天・火・結・水・地、宇宙全体を表す言霊)が発生します。アオウエイ(宇宙)は八力の現れであり、この言霊の働きで宇宙が出来たのであります。タカアマハラの六言霊、またアオウエイ、三元八力のご生顕、七十五(ななそいつつ)の言霊のみ心の現れであります。三元とは、気、流、柔、剛のことです。またイクムスビ(△)タルムスビ(○)タマツメムスビ(□)であります。これが合気道の武産であります」と説明されている部分に至ります。そして、「武産とは引力の錬磨であります」と説明が加えられています。
孫がいる人は、本当に「目に中に入れても痛くない」と思っていて、「さあ、おいで」と愛の言葉を発しながら抱き寄せると思いますが、これが引力です。全くの同化で、その時には孫と自分の分け隔てがなくなっています。稽古で相手と対したとき、投げよう、崩そうと心に思う前に「さあ、おいで(さあ、いらっしゃい)」と心の中でつぶやき、ムスビ、引力を実感して下さい。

開祖は、真の合気の道を確立するために努力を傾け工夫を重ねられた結果、「武は愛なり」を図形として具象化した宇宙の万世一系の理(宇宙の真理)を見出されます。この形象化した理が△○□の「三元」です。天授の真理という表現は、神に教えられたところから来ていると思いますので、開祖は、この理を神から教えられ、それをご自身で検証された上でまとめられたようです。
『武産合氣』では、「植芝は植芝自身にきき、そして知ったのであります。この私の中に宇宙があるのであります(そして、合気道の技の中にも宇宙の理がある、と付け加えても良いでしょう)。・・・今や武門(武道)はアオウエイの問題から起こって来るのであります。即ち△○□の形(宇宙全体の姿)の上に起こって来るのであります」と続いています。インスピレーション(霊感、啓示、ひらめき)を受けられたということでしょう。

『植芝盛平 生誕百年 合気道開祖』p.50に、「合気神社建立は昭和15年(1940)12月14日、中西光雲を先導の前座、秋山清雲(惟雲とあるのは間違い? 秋山清雲は中西光雲と結婚して中西清雲となる)を中座(神の依代、霊媒)とする修祓(しゅばつ)の儀をもって着工が始められた。祭神は、開祖が合気道の守護神として敬神する43神合祀である。43神とは、天之村雲九鬼さむはら竜王をはじめとして、猿田彦大神、手力男命、国津竜王、九頭竜大権現そのほかの神々である。神域の設計は、開祖独自の言霊的発想に準拠しておこなわれている。たとえば本殿、拝殿、鳥居その他の布置はすべて「宇内三元の法則」の形象化とされるところの「△(イクムスビ)」「○「タルムスビ」」「□(タマツメムスビ)」に従っている。この俗にいう三角、丸、四角の形象化は言霊学における呼吸図の根本をなすものと解され、開祖の説示によれば「△○□が一体化して<△○□が重なった図>となり、それが気の流れとともに円転してスミキルのが合気道の根本の理である」と書かれていて、特に△○□が重なったものを「合気道の根本の理」とされています。開祖は、この三元の中に「武産合気の妙用」が言い尽くされているというところまでまとめられたのです。

「△○□」を「アイキ」と読ませることはご存じだと思います。これは「△○□」が即「アイキ」であるということを示しているので、合気道にとって三元はとても大切な概念で根本的な理であるということになります。また、合気神社の布置がこれを表しているということですから、その重要性を再認識すべきだと思います。
したがって、『合気道講習会用テキスト』http://nippon.zaidan.info/seikabutsu/1996/00224/mokuji.htmに「△ 三角に入身して(入身一足) ○ 丸く捌いて(円転の理) □ 四角におさめる(修理固成) ※この三要素から、全ての技と心を統一帰納しているのが「合気」と呼ばれる原理である」と書かれていますが、これを単に体捌きの原理であると受け取らない方が良いと思います。その後の※で示された部分に着目して下さい。これが「宇宙の万世一系の理」であることは、「合気(武産合気)と呼ばれる原理」であると書かれていることとからも分かると思います。

posted by 八千代合気会 at 10:59| 日記