2012年10月27日

天の浮橋(2)

「天の浮橋」とは何でしようか? 開祖は、それを言霊によって説かれています。
「天の浮橋に立たされて『ア』は自(おの)ずから『メ』は巡る。浮橋の『ウ』は空水にして縦となす、橋の『ハ』は横となす。水火結んで縦横となす、縦横の神業。自然に起きる神技。・・・自然に起きる気。気はすべての大王である。・・・全部結ぶ。結ぶことを貫いて気の仕組みである。気の修行修錬は・・・力の大王ともなり、武道の大王ともなるのである」(『武産合氣』p.151)
言霊「ア」は吾(あ)であり天(あ)です。「自ずから」ということの他に「吾即天(我即宇宙、神人合一)」ということも表しています。山口志道(1765〜1842)から出口王仁三郎に至る言霊学では、父音(母音のこと。出口王仁三郎までは父音と言っていたが、開祖は母音に変えている)「アオウエイ」は空中水(空水)の霊で、「ハホフヘヒ」は正火(火の本質面)の霊です。空中の水は雨となって天から地に降って縦に流れるので「縦となす」です。火は横に燃え拡がるので「横となす」です。

合気道では、体(水、ミ、身)は縦、心(火、ヒ、霊)は横で、技を施す前も最中も、体の正中線を垂直にし、肩の力を抜き、心もリラックスして、自分と相手の周りの真空の気と一体になるとイメージする(全部むすぶ)ことが重要であると強調されています。この時、縦横の交点は臍下丹田にあると考えるのが妥当かと思います。したがって、これは単なる身体操作について話されているのではないことを悟る必要があります。
これをイメージ図にすれば、「天の浮橋に立たして」の図ようになると思います。

天の浮橋に立たして.jpg


なお、火と水について、山口志道系以外の言霊学では、「『火』は縦に上がる陽の働きがあり、『水』は横に広がる陰の働きがある」としていて、縦横が逆になっています。もし、開祖が、出口王仁三郎聖師に出会わなかったら、合気道で一番重要なことが「天の浮橋」では説明がつかなかったことになります。

開祖の考えを導き出す元となったのは、『霊界物語』の次の部分だと思います。
『霊界物語』10-2-27(霊主体従 酉の巻 禊身の段 言霊解一):
「イザナギの命の御名義は、大本言霊(おほもとことたま)即ち体より解釈する時は、イは気(いき)なり、ザは誘(さそ)ふなり、ナは双(ならぶ)ことなり、ギは火にして即ち日の神、陽神なり。イザナミのミは水にして陰神なり、いはゆる気誘双神(いざなみのかみ)と云ふ御名であつて、天地の陰陽双びて運(めぐ)り、人の息双びて出入の呼吸(いき)をなす、故に呼吸(いき)は両神在すの宮である。息(いき)胞衣(えな)の内に初めて吹くを号(なづ)けて天浮橋(あめのうきはし)と云ふ。その意義はアは自(おのづか)らと曰ふこと、メは回(めぐ)ることである。ウキはウキ、ウクと活用(はたら)き、ハシはハシ、ハスと活用(はたら)く詞(ことば)である。ウは水にしてうき(丸に縦棒のマーク)也。ハは水(ママ、火の間違い。口述か筆録の際に間違った可能性が高い)にして横をなす、即ちはし(丸に横棒のマーク)である」
『霊界物語』73-1-12(天祥地瑞 子の巻 紫微天界 水火<すいか>の活動):
「スの言霊は鳴り鳴りて、遂に大宇宙間に火と水との物質を生み給ふ。そもそも一切の霊魂物質は何れもスの言霊の生むところなり。しかして火の性質は横に流れ、水の性質は縦に流るるものなり。故に火は水の力によりて縦にのぼり、また水は火の横の力によりて横に流る。昔の言霊学者は火は縦にして、水は横なりと言へれども、その根元に至りてはしからず、火も水なければ燃ゆる能はず光る能はず、水もまた火の力添はざれば流動する能はず、遂に凝り固まりて氷柱(ひょうちゅう)となるものなり。冬の日の氷は火の気の去りし水の本質なり、この理によりて水は縦に活用をなし、火は横に動くものなる事を知るべし」

「天の浮橋に立たして」のイメージ図に丸(円)を加えたのは『霊界物語』に記されているマークからの発想ですが、開祖をある霊能者が見たところ半径3 m程の磁場の円の中心に立っているとのことなので、その程度の大きさの円にしてみました。

山口志道は、「天地の間に、眼に見えざる火水(ひみつ)あり。是を火水(かみ)という。水火(いき)ともいふ。神と唱ふるは体(主体)にして、水火と唱ふるは用(働き)なり。故に陰陽(いき)と陰陽と与えて万物を産むなり」(『水穂伝(みずほのつたえ)』)と教えているので、イキの力(呼吸力、気の仕組みの力)はカミの力(神人合一という意味での身心統一の力、結びの力)といっても良いでしょう。それで、「力の大王」という言葉が遣われていると思います。
「最初は天の浮橋に立たされてというところから始めなければなりません。天の浮橋に立たされて、「ア」は自(おのずか)ら・・・、「メ」は巡ること。自ら巡るを天(あめ)という。水火を結んで火は水を動かし、水は火によって働く。それでこの理によって指導せねばなりません」(『合気神髄』pp.99-100)
呼吸力は、「心(火)は身(水)を動かし、身(水)は心(火)によって働く」ところの力です。
「天ノ浮橋とは火と水の交流である。即ち造化の三神であると同時に、那岐那美二尊のみ心の現れである。・・・これが武産合気武技の道であります。そこで空気と魂(たま)の緒の緒結びによって来たるところの念力の大橋(火と水のむすび、十字にして天の浮橋)によって全大宇宙の真の妙精とむすび合うて、わが身心にくいこみ、くいとめて、人のつとめを果すのです」(『武産合氣』p.134)
「天の浮橋」は「念力の大橋」ですから、身を動かすことができる心の働きは念(イメージ)の力と言い換えて良いと思いす。「この理によって指導せねばなりません」とのことですが、この理(呼吸力の理)は詳しくは教えられていません。単に呼吸はコツ(要領)だという教えもありますし、肉体的にリラックス(脱力)した時に出る力だと教えられたりもしています。
開祖が、「合気道技は手取り足取り教えてしまうと凝り固まったものになり個性がなくなってしまうので、自分なりの技を試行錯誤しながら磨くもので、私があなた達の発想を阻害したくないからだ」と言われているので、自由に発想して自得するという努力を求められています。開祖が与えられたヒントを元に、合気道の技の発兆の土台となっている「呼吸力」とは何か、どうしたら発揮できるかということを探究し、口で説明しなくても、技で示せるようになりたいと思います。

山口志道について触れたついでに、道歌の読み方を正しておきます。『合気神髄』では火水に「いき」とルビが振られています。
武産(たけむす)は御親(みおや)の火水(かみ)に合気して その営みは岐美(きみ)の神業(かむわざ)
松竹梅 錬り清めゆく気の仕組 いづここに生るや身変る(ミカエル)の火水(かみ)
どうでしょうか、素直に読めましたか?
posted by 八千代合気会 at 09:40| 日記

2012年10月10日

戦後合気道 群雄伝

加来耕三が著者で、平成20年(2008)5月に出版芸術社から出版されました。副題は『“世界の合気道”を創った男たち』で、二代道主 植芝吉祥丸先生の他、阿部正、塩田剛三、斎藤守弘、藤平光一、大澤喜三郎、井上鑑昭、富木謙治、望月稔などという先生方が取り上げられています。

筆者は、吉祥丸二代道主のよき理解者で、他の人では真似ができない程、吉祥丸道主の人柄をよく伝えています。吉祥丸道主から直接お聞きしたことがありますが、空襲による火災から本部道場を守った話も詳しく書かれていて、改めて吉祥丸道主を身近に感じることができました。
「はじめに」に、「平成11年(1999)1月4日に植芝吉祥丸二代道主がこの世を去り、多くのご教示をいただいた剣道十段・中倉清先生(一時期、植芝盛平の養子となっていた)も、その翌年に逝かれた。阿部正氏が他界されたのは、昭和59年(1984)11月23日。塩田剛三館長が逝去されたのが、平成6年7月17日のことであった。若松町の合気会本部道場を目指して、坂道を歩いていたとき、ふと周りが真空になったような虚ろさを覚えた。合気道の世界で一世を風靡しながら、去っていった人々の顔が、幾人か浮かんだ。『戦後の合気道家たちの活躍を、書き残さなければならない』 それは宗教心に近い、衝動であったといえるかもしれない」と執筆の動機が書かれています。

合気道の今日があるのは、世にいわれているように、決して開祖が宗教的普及法を用いて広めたからではなく、二代道主が、その意志を持って一般に普及するよう邁進されたお陰であることがよく理解できます。あるいは、開祖と二代道主の組み合わせが良かったのだと思います。筆者は、開祖を浄土真宗の親鸞、二代道主を蓮如に擬えています。
この本を読むと、植芝守央三代道主が、尊敬の気持ちで先代のことを話されるのも頷けます。恐らく、父親としては開祖よりも二代道主の方がふさわしい生活を送られたと思いますので、合気道の稽古を続けたいと思う道友にとって見習うべき点を数多く発見すると思います。二代道主のような人格を身に付ければ、家庭もうまく治まるし、その結果、合気道の稽古も続けられると思います。

この本を入手したのは、『合気会報』(『合気会誌』とも呼ばれる)が昭和25年(1950)に発刊された時の経緯を知りたかったからです。創刊号の開祖の言葉が載っているので引用します。合気道新聞に引き継がれるまで、月刊で出されたそうで、ガリ版刷りであったということに郷愁を覚えます。
「・・・合気は總(すべ)て気によるものであります。精神は風波の如きものなのであります。精神に病気を起さず、精神が遊びにつかって居る力を統一するのが合気であります。世の中は總て自我と私欲の念を去れば自由になるのであります。戦わずして勝つのが合気であります。『まさ勝、あ勝』 与えられた自己の使命に打ち勝つのであります。正しきに勝ち、報本(報恩?)の意義を忘れず、正の道を進むのであります」
「気」というものには様々な意味があるため、吉祥丸道主は、この言葉を遣うのを避けられましたが、開祖がどのような意味で遣われたかということでは知りたいところです。

昭和32年(1957)7月に『合気道(合氣道)』が光和堂から出版された時には、返品が山のようにあったそうです(その原因がこの本に書かれていますが割愛します。)。それで、読売新聞に、直販のための小さな広告を載せたら、全国津々浦々から、書留や切手、現金入りの封書が送られてきて、半月もしないうちに初版は品切れとなったそうです。
この広告を出した読売新聞を国立国会図書館で調べてみたら、9月19日の一面下段広告に載っていました。この本には値段が350円と書かれていますが、新聞広告では230円でした。ちなみに、私が持っている昭和42年(1967)4月発行のものは350円でした。

開祖が創られた合気道には分派がありますが、分派の様子にも触れられています。合気道が自分に取って何であるかということをはっきりすると、分派の中の真実が見えて来ると思います。このことを大変残念なことと悔やむことも出来るでしょうが、人間界のことなので、反対のものがあって初めて切磋琢磨するという面があることを考えて、すべて受け入れるということも一つの道だと思います。
その点で、吉祥丸道主は、すべて受け入れながらやって来られたと思います。
「(昭和44年)6月14日、道場長と理事長を兼任していた吉祥丸は、この日、『合気会道主の道統を継ぐ』ことを『合気会』理事会において、全員一致で承認されるにいたる。 −二代道主の、誕生であった。合気会はこれから、象徴たる開祖を失い、大分裂の混沌とした局面へ雪崩込む。藤平光一の独立とそれらにまつわる阿部正の廻状事件、決闘騒動、全国の盛平高弟による分派独立の余波。しかし、これらはいずれも、現代合気道史=二代道主・植芝吉祥丸の、出発点の物語として語られるべきかもしれない。『戦後』の合気道史は、多くの波乱を孕みつつも、開祖の入神、二代道主の誕生とともにおわった、と見るべきであろう」という文章で本が閉じられています。筆者も、吉祥丸道主が新しい道を踏み出されたことを肯定的に捉えています。

この本を読んで、合気道というものが、自分が好きで、好きな時にやっていれば良いというものから、ここまで育てられた先達と同じ気持ちになって正しく伝えて行かねばならないものであるという気持ちにさせられました。
posted by 八千代合気会 at 19:47| お勧めの本

2012年10月02日

天の浮橋(1)

『武産合氣』の「合気道とは」(p.28)に、「真の武」や「三元」と共に次のとおり「天の浮橋」について述べられています。

「合気道はどうしても『天之浮橋に立たして』の天の浮橋に立たなければなりません。これは一番のもとの親様、大元霊、大神に帰一するために必要なのであります。またほかに何がなくとも、浮橋に立たねばならないのです」(『武産合氣』p.29)

「天之浮橋に立たして」は、『古事記』の「ここに天(あま)つ神、諸(もろもろ)の命(みこと)もちて、伊邪那岐命(いざなぎのみこと)、伊邪那美命(いざなみのみこと)、二柱(ふたはしら)の神に、この漂へる国を修め理り(つくり)固め成せ、と詔りて(のりて)、天の沼矛(ぬぼこ)を賜ひて、言依(ことよ)さしたまひき。故(かれ)、二柱の神、天の浮橋に立たして、その沼矛を指し下ろしてかきたまへば、しほこをろこをろにかき鳴して(海水をコロコロとかき鳴らして)引き上げたまふ時、その矛の末(さき)より垂り(しただり)落つるしほ、累なり(かさなり)積もりて島と成りき。これ淤能碁呂(おのごろ)嶋なり。その嶋に天降(あも)りまして、天の御柱を見立て、八尋殿(やひろどの)を見立てたまひき」という箇所からの引用で、「天之浮橋にお立ちになって」(尊敬語)という意味です。

「天の浮橋に立つ」ということが、合気の神髄を理解し技の上に表すために、第一に、あるいは唯一の重要なことであると述べられています。

「真の武(産)」は「宇宙の真理に基づいた武(産)」で、宇宙の真理は『布斗麻邇古事記』や『霊界物語』に述べられているというのが開祖の考えですから、『古事記』に書かれている「天之浮橋に立たされて」ということが、真の合気の道を表現する重要なものになっています。開祖が、『古事記』の中にこのことを発見された時には法悦の涙を流されたのではないかと思います。
開祖は、稽古の時にこのことをよくお話なさったそうで、これが何かということについて他のいくつかのブログでも触れられていますので、探求者には参考になると思います。

『武産合氣』の前述の言葉に続く部分には、「大神さまに自己を無にして、自分は鎮魂帰神の行いにかなうように努めることであります。一番の神業(かむわざ)は、大神にして創造主(つくりぬし)たる神に同化、帰一和合すること、つまりその方法は与えられたつとめを尽くすこと、精霊のご神霊にむすんでゆくことである。大宇宙に同化することになるのであります」と述べられています。

「天の浮橋に立たねば武は生まれません。神と万物が愛と熱と光と力によって、同根一体となって業を生むのが武の本義であり。またこれが善の大愛であるところの主(ス)の大神の目的であり、御働きであります。」(『合気神髄』p.73)
「真の武道には相手もない、敵もない。真の武道とは宇宙そのものと一つになることだ、宇宙の中心に帰一することです。」(『合氣道技法』p.261)

このように道文を羅列してみると、「天の浮橋に立つ」ということは、同根一体、真空の気に空の気が結ばれること、我即宇宙、神人合一などと同じ意味であることが分かります。

開祖が行われた神楽舞(『武産合氣』口絵写真「杖をもって言だまを発声しつつ合気神楽舞」参照)は、この宇宙と一体になるための行(儀式)であったと聞いています。
YouTubeの「Aïkido Hikitsuchi Michio Sensei」 http://www.youtube.com/watch?v=e7dQ_wSrWfU の13:40辺りに引土道雄先生の神楽舞が示されていますが「しほこをろこをろにかき鳴して」という仕草が見えます。また、「これは神楽舞である。神楽舞とは・・・邪気邪念を祓い清め、処理するところの胎動である」という説明もあります。

「天地と一体になるには天の浮橋に立たなくてはいけません。天の浮橋に立つには座っていてもできますから・・・」と開祖が説明されているDVDがありますが、まず体軸(正中線)を垂直にし、肩の力を抜くところから始めるのが良いと思います。稽古の初めに、このようにして同根一体(天地同根、万物一体)になっておく(天の浮橋に立つ)と、
「すなわち常に勝っている境地です。相手に対して、勝つか負けるか、などということはないんです。それだから、合気道においては常に相手がなく、相手があっても、それは自分と一体になっていて、自在に動かせる相手なのです」(『合氣道』p.201)
という境地で稽古が出来るようになります。
posted by 八千代合気会 at 13:35| 日記