2013年02月26日

合気道を学ぶ人のための古事記入門

井上強一氏と治郎丸明穂(じろうまる あきお)氏が著者で、平成24年(2012)6月にオノコロ塾から出版されました。神保町の書泉グランデや池袋のジュンク堂書店に行けば購入できるようですが、ネット(http://www.queststation.com/products/OTHERS/BOOK/books_kojikinyumon.html)でも申し込めます。
井上強一氏は養神館の二代目館長を務められた方で、現在は合気道親和館館長、治郎丸明穂氏は古事記神話の研究家で、オノコロ塾(『古事記』を通じた神道の勉強会)主宰者です。

開祖が「古典の古事記の実行が合気である」「古事記のご精神をことごとく、全部自己の心に写し取って、心に結んでこれを行うことであります」(『合気神髄』)と話されていることを理解するために、『古事記』に書かれていることを合気道を学ぶ人のために分かり易く解説した本となっています。

奈良時代に変体漢文と万葉仮名で書かれた『古事記』を江戸時代になって読めるようにしたのが本居宣長の『古事記伝』で、私たちが知る『古事記』は本居宣長に依っているとのことです。その後、本居宣長の解説(注釈)した『古事記』は復古神道(古神道)の教義に取り込まれ、出口王仁三郎師が発展させ、これを開祖が学びます。さらに第二次大本事件後、中西光雲、秋山清雲夫妻と交友を結び、ここで開祖は、中西夫妻の『古事記』の言霊解釈に触れ、より深く『古事記』との共鳴性を深めていったのではないか、と書かれていて、流れがよく分かります。

井上氏は、「開祖は古事記神話に登場する神々の営みを、古代の支配者の神格化であるとはとらえていませんでした」「開祖の言葉に触れてみると、神話に登場する神々の営みが、まさに合気道の理合(りあい=技の原理)そのものとして表現されているのです」と書かれていて、「合気道は『古事記』の実行である」という言葉の意味が理解できると述べられています。

「第四章 開祖とたどる古事記神話の世界」で、治郎丸氏は、「(『古事記』の神は)人間の姿ではなく、気の元である」という開祖の言葉を取り上げ、「そもそも神々を生み出すのは産霊(むすび)の力です」と説明されています。
言霊を波動と理解されているので、「言霊の妙用」は「気の妙用」と同じ意味に捉えられていると思います。
その他に「高天原」「造化三神」「神世七代の神々」「四魂の働き」「国生み島生み」「禊ぎ」などの解説が続いています。
「天之浮橋に立つとは天地の結び目に立つこと」「ここに出てくる天之浮橋(あめのうきはし)とは、開祖の言葉に繰り返し登場するものです。天と地を結ぶ波動帯だと考えたらいいでしょうか」という新解釈もされています。

第一章に戻ると、井上氏が「こうしてまとめてみると、合気道の技の理合に関することなら、腑に落ちることはたくさんありますが、開祖の言葉にはさらにその奥があるようで、それは私にも未だなかなか理解することができません。これからが勉強だと思っています。特に技の理合としての呼吸力を超えた、もうひとつ奥の呼吸力があり、それを生み出すのが武産合気であるという開祖の言葉の意味をこれから探求し、いつか本当に理解したいと願っています。この本は私自身がこれから学ぶための入門書なのです」とまとめの言葉を書かれています。

私は、千葉県合気道連盟の集まりで、この本を読まれた方から「分かり易い本だよ」と紹介されました。
開祖の言葉(『古事記』の解釈)を自分の言葉に置き換え、組み立て直すことが出来てはじめて開祖の教え(合気道の理合)が理解できると思います。そのために、八千代合気会の会員もこの本を入門書にして『古事記』の合気道的解釈を学び、技に結びつけることは良いことだと思います。
posted by 八千代合気会 at 05:26| お勧めの本

2013年02月25日

天の浮橋(5)

開祖が、岩間で教えられていた頃(昭和30年代以降のことですが)、1時間の稽古の中で合気体操、鳥船・振魂の行を行われた後、3、40分もお話が続いたそうです。岩間での稽古はもっと実技の時間が長かっただろうと思っていたので、このことを聞いた時には正直驚きました。そして、これを聞いたことによって、これだけの時間を掛けられるお話は開祖にとって(私たちにとっても)大変重要なものであったに違いないという思いが一層強くなりました。もう直接畳の上で開祖からお話を聴くこともない私たちは、「寒かった」とか「足が痺れた」とかいうことはないので、「開祖のお話は難しい」というような言い訳をしないで、真の意味を悟りたいものです。

私の推測ですが、開祖の「真の合気の道」の探究は、「ずーっと以前は、いろいろの人々の熱誠をこめたところの武道をば、私も教えを受けたのでありますが、昭和15年(1940)の12月14日、朝方2時頃に急に妙な状態になりまして、禊からあがって、その折りに今まで習っていたところの技は、全部忘れてしまいました。あらためて先祖からの技をやらんならんことになりました」(『合気神髄』pp.23-24)と話されている昭和15年から始まったと思います。これは終戦を挟んで数年間に及び、「それが7年前、真の合気の道を体得し、『よし、この合気をもって地上天国を作ろう』と思い立ったのです」(『合氣道』p.200)と言われている年まで掛かりました。こうして見い出された道は、神が示された道で、崇高な道であり、日本の武術・武道の歴史の中で初めて「神の愛(神は愛なり、武は愛なり)」を極意としたものでした。

昭和6年(1931)に皇武館道場ができましたが、「地獄道場」と呼ばれる程の激しい稽古であったそうですので、その頃はもっと体を動かす稽古に時間が割かれていたと思います。しかし「よし、この合気をもって地上天国を作ろう」と思い立たれた後、、開祖の中で考えの転換があって、寒い道場で長々と話されるスタイルに変わったのではないかと思います。
開祖は、技を盗まれるのがいやで、「技を2回やると盗まれる」とか「演武は、技を盗まれるからわしは嫌いだ」とおっしゃられたという話が伝わっています。しかし、「すべて道はあるところまで先達に導かれますが、それから後は自分で開いてゆくものなのです」(『合気神髄』p.182)とか、「そうだ、その自覚(自己の内に宇宙を宿していることを悟り、全宇宙の霊氣を自覚すること)なくば、合氣道の極意を得ることも、愛の働きを表すこともできない」(『伝承のともしび』p.49)という話も残っていますので、熱心に稽古する者に対して、開祖の合気道は神示(霊感)によらなければ体得も継承もできないと親切に諭されているように思います。
そのような考えの上に立って、技よりも「真の合気の道」に重点を置いて説かれたのだと思います。ご自身を「先達」とか「案内者」と表現されているのは、そのような理由からだと思います。

「これ合気の道と心得、また合気道は神習い、宇内(うだい)万有万神の条理を明示する律法である」(『合気神髄』p.142)

さて、改めて『合気神髄』と『武産合氣』に出てくる言葉の頻度を数えて、頁数で示すと、「天の浮橋」(46)は、「武産合気」(42)、「正勝・吾勝・勝速日」(23)よりも多く、「宇宙の真理(宇宙の真象、宇宙の神髄なども含む)」(48)に匹敵する数です。言葉そのものは、「魂(こん、たましい)」(114)、「禊」(61)、「気」(58)、「和合」(57)、「光・熱・力」(54)、「愛」(53)、「言霊」(40)、「顕幽神(顕界・幽界・神界)」(34)など、「天の浮橋」より多いものありますが、これらはすべて「天の浮橋」に関連付けることが出来る言葉です。
頁数には若干見落としがあるかもしれませんが、「天の浮橋」、「正勝・吾勝・勝速日」、「禊」など『古事記』由来の言葉が多く、「古事記の実行が合気である」という開祖の言葉を裏付けるものとなっています。したがって、「真の合気の道」は、『布斗麻邇古事記』の基本概念(根本的な真理)と同じで、「天の浮橋」に立った神業ということになるでしょう。

「つまり古典の古事記の実行が合気である。四魂の動き、結びて力を生ず。愛を生み、気を生み、精神科学が実在をあらわす。神の言葉、そのものが気である」(『合気神髄』p.19)
「合気道は、精神(霊)科学であります。精神科学は、天の浮橋に立って、島うみ神うみから始まるのです。これは言霊の妙用によってなすのです」(『武産合氣』p.74)

「古事記の実行」は「精神科学(目に見えないものの原理)が実在(技)に現れる」こと、「言霊(神の言葉、そのものが気)の妙用」によって成り立っているということで、これは「天の浮橋に立って、島うみ神うみから始まる」と示されています。

それで、これから少し精神科学を行ってみます。
まず、『月刊武道』(2013年2月号)に東邦大学医学部の有田秀穂教授が、「最適な覚醒状態」についての記事を書かれているので、引用します(「脳を活性化する」)。この方は、日本におけるセロトニン研究の第一人者です。
「他方、ゾーンという特殊な覚醒状態がアスリートによって体験されることがある。リラックスしているのだけれども、ものすごく集中している。平常心が維持出来て、異常な緊張も、無用な不安もない。心と体が完全に一体化していて、自然に体が動いているように感じる。これが、『最適な覚醒状態』の極まった状況といえる」
「平常心是道(びょうじょうしんこれどう)」「リラックス」「心身統一」など、我々にも聞き慣れた言葉が出て来ます。

「ゾーン」はhttp://blog.apneaworks.com/?cid=41446 (篠宮龍三オフィシャルブログ)に詳しい説明がありますが、昔、巨人軍の川上哲治選手や世界のホームラン王の王貞治選手が「ボールが止まって見える」とか「ボールの縫い目が見える」と言い、近年ではイチロー選手が「本当にボールが止まって見える」と言った時の感覚を表すスポーツ心理学の用語です。

「医学では脳の覚醒状態をどのようにして評価するか。昔から知られている方法は、脳波測定である。目を開けて覚醒している時にはβ(ベータ)波が発現し、目を閉じるとα(アルファ)波に変化し、閉眼し続けると、やがてα波からθ(シータ)波に徐々に変わり、ウトウトとした眠気が感じられるようになる。姿勢も維持出来なくなり、意識が遠くなり、人は睡眠状態に入る。この時には脳波はδ(デルタ)波が中心になる。このように意識状態は脳波によって客観的に評価できる」
「最適な覚醒状態」の時に発現する脳波はα2波(ミッドアルファ波 mid-range alfa wave)です。α波は、α1波(ファーストアルファ波 fast alfa wave)、α2波、α3波(スローアルファ波 slow alfa wave)に分けられ、周波数はそれぞれ11〜13 Hz、9〜11 Hz、7〜9 Hzです。
「脳波がα2波の時には、通常の覚醒におけるβ波の状態ではなく、少し大脳皮質の活動が抑制されている、とはいっても、眼をつぶっているほどの抑制ではない。すなわち、“リラックスした覚醒状態”、ここがポイントである。大脳皮質の認知機能が少し抑制され、意図的に身体をコントロールしようという働きが抑えられている。それはゾーンにおける自然に身体が動く体験に通じる。決して意図しているわけではないにもかかわらず、良いパフォーマンスが自然に出来る。それがセロトニン神経の活性化によってα2波が出ている状態である。『最適な覚醒状態』の極まった状況といえる。弓聖・ 阿波研造師範のいう『それが射る』の状況である」

有田教授の説明から、「天の浮橋」に立つことを脳波で表現すると、α2波が発現している状態といえるのではないでしょうか。
posted by 八千代合気会 at 18:57| 日記