2013年12月11日

図説 武術事典

武術家の小佐野淳氏が著者で、平成15年(2003)9月に新紀元社から発行されました。巻末に著者の武術歴が記されていますが、15にも及ぶ流儀の日本と中国の武術を修行されています。

「はじめに」に「世の中には自分で実際に体験してみなければ、真の価値や内容を把握できないものが多い。特に日本武術のように、習得に長い年月を必要とする稽古事は、体験してみて初めてその真価を認識することができる。(略)したがって、本書には書物から得た知識だけでは述べることのできない多くの実技に関する内容についても論述している」と書かれています。

合気道については大東流から派生したという見解のようで、合気道開祖のお名前は出ていませんが、合気道の歴史を学ぶと出て来る「束脩(そくしゅう)」が何であるかが「月謝」との対比で分かります。現在、「束脩」は入会金として、「月謝」は会費として名残をとどめています。
索引が付いているので便利ですが、「当身」「一足一刀の間合い」「入身」「印可」「受身」「演武」「構え」「稽古着」「死合」「素振りと手の内」「正座」「半身」「一重身」「間合いと歩行法」「理合」「礼法」などが、合気道を修める者の一般教養になると思います。
「礼法」については、伊勢貞丈(江戸中期の故実家)の「礼と云は我より目上なる人を崇め敬い、目下なる人をも卑しめず、侮らず、我身をへりくだりて人に誇らず、驕る事なきを礼と云う」を引いていますが、剣道などで正面(神棚や掛け軸がある)に向かって礼をすることの意味が述べられていません。

「打太刀と仕太刀」に、「現代武道の演武を見ると、特に空手道では師範が弟子を突き倒し、あるいは蹴り倒し、また、合気道では師範が弟子をバッタバッタと投げ飛ばしているが、師範が弟子に勝つのは当たり前のことであり、まったく武術の本旨に反する行為である。師範は弟子にハレの舞台を提供し、弟子に花を持たせるのが、その役目である」と書かれている部分は、演武は武術の形を古式に則って演じることとしている古来の武術との考え方の相違が現われていると思います。私も、日本剣道形などの示演での打太刀(剣道では高段者が受け持つ)と仕太刀と合気道の取りと受けの役割の違いについて考えていましたが、合気道は形の示演ではないことが違いの理由だと思います。合気道の演武で受けが脳震盪を起こすような技を施す取りがいるようですが、偽物の演武はしないということに加えて、取りは打太刀(合気道では受け)の気持ちになって演武全体をリードし、受けを取っている人を思いやる気持ちを忘れてはならないと思います。

「演武」に、「(上覧や奉納演武で)見分者に対して剣術で切っ先を向けたり、柔術で見分者の方向に投げ飛ばしたりすることは厳禁事項となっている。これは試合を行うときも同様で、特に戦前の天覧試合などでは天皇の方向に竹刀の切っ先を向けたり、尻を向けたりすることは以ての外で、大相撲の天覧のときにも力士は天皇に尻を向けないよう細心の注意を払って取り組んだ」とあり、合気道の演武でも留意すべきかと思います。

大東流については、「武田惣角が明治30年頃、講道館柔道の技術とはまったく対照的な手技だけによるところの斬新な護身柔術を創作し、大東流と命名した」と紹介されていて、池月映氏と同じ見解を示しています。中沢流神伝護身術との技術的共通点が多い、と書かれています。大東流の方が時期は古いと思いますので、大東流の技が伝わったか同じ発想があったか興味のあるところです。

「柔術の元は相撲や組討ちだとする説があるが、そうではない。柔術は戦国末期に成立した捕縛術としての『捕手』が原形である。だから基本的には裸では取らないし、甲冑も装着しない」と説明されています。これは、ドキュメンタリー番組「SAMURAI SPIRIT」で柔道家が「戦国時代の格闘術である柔術は、1本をとることが相手の息の根を止めることであり、・・・」と説明されていたこととは認識が異なることです。私も「息の根を止める」のは、投げた後で武器(鎧通のような)を用いての話だと思いますので、著者の説と同感です(熊谷次郎直実と平敦盛の一戦を思い浮かべています)。
「捕縄術」に「捕縄は罪人を生け捕りにするために考案された術であり、戦国時代に地方で萌芽した竹内流や夢想流などの捕手術がその原形である」と書かれており、また、「甲冑武術」に「一般に『組打ち』と称されている歩兵の武器によらない最終戦法のことを甲冑武術と言っている向きがある。そこでいうところの『組打ち』とは組みついて打ち取ること、すなわち『組討ち』のことを言っている。組打ちと江戸時代に隆盛する武術との内容は、本来まったく別のものである。ここでは甲冑武術を組打ちに限定して述べる。組んで行う江戸時代の武術は柔術であり、往々にして柔術の起源を『組打ち』に求める説がある。しかし、この説は誤りであり、柔術と組打ちには本質的な繋がりは存在ない。室町時代末期に地方に勃興した捕手術が柔術の原形である」「江戸時代の柔術は無傷の生け捕りが目的であり、敵の首を掻くことはない」とも述べられています。
柔道に限らず合気道でも「一撃必殺」の方にウエイトが移っている人がいるかもしれませんが、合気道指導者講習会で藤田昌武師範から教わったことは「合気道は生け捕りを目的としている」でした。合気道開祖の「合気道は一撃克く死命を制するものを以て、練習に際しては指導者の教示を守り徒に力を競うべからず」は前の方ではなく後の方にこの練習上の注意の主眼があることを認識したいと思います。
国際関係で歴史認識の相違が問題になっていますが、体術系の武道においても歴史認識を正しくして、「けがをさせず、けがをせず」、武道の真髄に近づきたいものだと思います。

「号と諱(いみな)」についても説明があります。ちなみに、武田惣角師の武号は「源正義」で、植芝盛平開祖は「源晴眼」です。
posted by 八千代合気会 at 12:13| お勧めの本