2014年12月27日

日本人の知らない武士道

ニュージーランド生まれで、剣道錬士七段、居合道五段、なぎなた五段の武道家、また、鹿島神伝直心影流も修めている関西大学准教授のアレキサンダー・ベネット先生が著者で、平成25年(2013)7月に文藝春秋社から文春新書として出版されました。

武士道と武道が同じであるとか、武道と武術は違うとか言われますが、どう違うのか、どこが同じなのかを明確に知りたいと思い、この本を手にしました。
著者は、「武士道と武道とは違います」という見解を持っている方ですが、この本では武道から見た武士道というものを説いていて、「武士道を『実戦』から読み解くとはじめて見えてくるものがある」として「武士道」に言及しています。

著者は、1970年生まれで、17歳の時に交換留学で来日し、千葉市立稲毛高校で剣道を始め、遂には武道や武士道を学問としても修められた方で、論理的である上に武道習得者として体で覚えたものからの説明があって納得が出来る内容で、お奨めできる本だと思います。
1987年といえば、八千代市合気道連盟の前身である八千代市合気道同好会が発足してから4年目で、結構近い場所で同じ時代の空気を吸っていたという親しみと、外国人でありながら日本文化や日本語を深く究められたことに対する畏敬の念を覚えながら読みました。

「はじめに」には次のように書かれています。
「武士道という言葉は誰でも知っているだろう。しかし、それが実のところ何を意味するのか正確に理解している日本人がどれほどいるだろうか」
「私は武道を追及する過程で『武士道とは何か』を問わざるを得なかった。そこから私の武士道研究が始まり、やがて生業(なりわい)にもなった」
「近年、武士道は再評価の気運にある。ブームの感さえあり、関連書籍は口々に『武士道精神の復活』を説いている。その論調の多くは、現代日本のモラルの低下、政治・経済の混迷、男性の軟弱化などを挙げて、『今の日本に欠けているのは武士道精神だ』と訴えている」
「しかし、そうした主張のほとんどは、現代における武士道の意義を指摘しながら、では実際にどうやって武士道精神を復活するのかという具体的な道筋については、ほとんど言及していない」
「結論から言うと、私は自分の体験からその問いに対する答えのヒントが武道にあるのではないかと思っている。理念や精神ではなく、実際に体を使って稽古を重ねる武道を体験して初めて分かる武士道の教えがある。だから、私はこれまで一貫して『武士道の復活』よりも『武道の復活』を訴えてきたし、本書でもその主張を繰り返したいと思う」
更に、「ちょうど2012年度から中学校1・2年の保健体育に武道が必修科目として導入された。武道の実践を訴えてきた私としては歓迎すべきことだが、一方で武道は体罰問題にも見られるように、その“出自”からして暴力や加害と裏表の危険性を宿していることを肝に銘じなければならない」と踏み込み、「そのことを含めて武道の可能性を論じるには絶好の機会だ。それは武士道の再考にもつながるはずである。本書がその一助となれば幸いである」という取り組みが示されています。

武士道については、新渡戸稲造の『武士道』、勝部真長の『山岡鉄舟の武士道』、更に遡って山本常朝の『葉隠』の中の「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」などで知られていると思います。私は、これらの本の間に一貫性が感じられないことから釈然としないものを感じていましたが、この本の序章「変転する武士道」などを読んで、時代の流れ、武士の中の階級の違いなどで変遷や差異があることを理解しました。

その武士道の神髄が「残心」であるとする考えが第一章に述べられています。
剣道の試合で勝った者が「ガッツポーズをした瞬間、あるいはVサインをした瞬間、もしくは飛び跳ねた瞬間、間違いなく一本を取り消され、負けを言い渡される」のは「残心がないふるまいであり、武道精神に反すると判断される」からであるということで、これについての詳しい説明があります。
「勝負の結果がどうであっても、心身ともに油断しない。興奮しない。落ち込まない。平常心を保つ。ゆとりを持つ。節度ある態度を見せる。周りを意識して行動する。負けた相手を謙虚に思いやる。(負かされた相手に、参りました、ありがとうございましたと)感謝さえする。これすべて残心である」
このように説明されると良く理解でき、武道の種目を問わずこの神髄が中学校の授業にも取り入れられると良いと思います。

一刀流の伝書に残心について簡潔に述べられていますが、著者の現代語訳を紹介します。
「残心は文字通り『心を残す』と書き、完全に勝ったと思っても油断してはいけない、という教えである。たとえ手ごたえがあるほど敵を突いたり斬ったりしても、どれぐらいの効果があるかは分からない。ちょっとした隙間から意外なことが起こりうるのは昔も今もよくあることだ。敵を殺して首を取っても安心してはならないというところから、この精神状態を残心と名付けたのだ」
武道(あるいは武術)が、兵法と呼ばれていた時代がありましたが、更に平法と名付けられたのは「この精神状態(平常心)」を養う道(方法)と認識されていたからだと思います。

なお、用語として剣道や合気道では「残心」で良いと思いますが、弓道では「残身」が使われているようです。
「残心はほとんどの武道に共通する心身の構えである。たとえば弓道における残身(ざんしん)は、矢を射った後も心身ともに構えと集中力を崩さずに、目は矢が当たった場所を見据えることになる」
弓道の場合は「残身」がその状態を良く言い表していると思います。

第二章「理想のリーダー像」、第三章「死の覚悟」、第四章「人を活かす」と続きますが、第四章の中の「フローの状態で自己統御」に次のように書かれています。
「そうした日本の武術と精神作用について世界中の学者が研究の対象としてきた。たとえば戦闘について研究している人類学者リチャード・ヘイズは戦闘状態における心理的な反応と武術訓練による精神コントロールの関係を検証した。そして、『平常心』『不動心』といった精神状態が、戦闘効率を上げるために重要なはたらきをすることを科学的に明らかにした。脳からアルファ波が出ている時は、精神的に冷静かつ最も集中力が発揮できる状態にあることは知られている。日本の伝統的な武術訓練は、この“アルファ波状態”に誘う効果を持つことが分かっている」
「アメリカの軍隊はアルファ波を利用した訓練を導入している」
「スポーツの世界におけるイメージトレーニング、メンタルトレーニングも、脳のアルファ波状態を目指して行われる。これは心理学で言う『フロー』の状態である。心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱したフローは活動への没入状態を指し、『ゾーン』『ピーク体験』とも呼ばれる。高度の集中と感覚の拡大、まったき自己統御、時間感覚の喪失といった意識変容を伴い、スポーツ選手や武道者らに広く共有される感覚である」

終章「武士道の光と影」の中の「なぜ礼をするのか」の次の言葉と併せて読んで、我々日本人も武道についてもっと科学的に、もっと論理的にアプローチしなければ、次の代に武道の大切な部分が継承できなくなるのではないかと心配になりました。
「海外で人間形成や精神修養といった本質が継承されながら、日本ではそれが衰退しているのはなぜだろうか」
「立礼ひとつとってみても、日本人には当たり前の日常習慣であり、意識することなく頭を下げている。しかし、そうした習慣を持たない人間にとっては、立礼の意味を問う必要が生じる」
「日本人が無意識にやっている簡単な動作のひとつひとつについて、彼らはその意味を問い、学び、理解し、実行する。そうしたプロセスを取ることで、より深い礼儀作法の体得が可能になるという逆説的な事態が生じる。これは外国人である私自身が経験したことである」
「柔道に伴う言葉と行為の意味を伝える必要から、たとえばフランスやドイツでは柔道の指導法が非常に発達している。対象が子どもなら、子どもに合わせた指導法の開発を怠らない。日本では『伝統だから』『昔からそうなっているから』で済ませてしまっていることを、海外の実習者は意識化できる。さらに日常生活で柔道の教えを生かすという精神修養の習慣が教育システムのなかに取り入れられている。これは武道の体系を言語化し、知的に理解することを指す。理解することによって、稽古や試合、日常生活における言動規範の必然性を知ることができる。理解することが武道に内発的に取り組む姿勢を導き出すのである」
「フランスでは柔道を『教育的価値』の高いスポーツとして積極的に宣伝している。例えば漫画のキャラクターを用いて、柔道を通じて体得することを目指す8つの事項をわかり易いかたちで示している。その8つとは、礼儀正しく、勇気、誠実、名誉、謙虚、尊敬、自己管理、友情である。つまり、遊ばせながら、柔道を楽しませながら、適度に規制を加えていくことで、柔道を通じて自己を表現していくことの喜びを体感させ、学ばせている」

日本武道協議会制定の「武道の理念」には、「武道は、武士道の伝統に由来する我が国で体系化された武技の修錬による心技一如の運動文化で、柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道、少林寺拳法、なぎなた、銃剣道を修錬して心技体を一体として鍛え、人格を磨き、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う、国家、社会の平和と繁栄に寄与する人間形成の道である」と規定されいます。
八千代合気会の会員は、市立図書館に置いてあるので、この本を読んでから、この理念の規定(武道の定義)を自分なりに書きなおして分かり易くしてみましょう。その上で、それを稽古や平素の生活にどのように取り入れるか、どのように生かしていくかを考えてみると、「日本人が理解し、行っている武士道」に変わると思います。
posted by 八千代合気会 at 10:01| お勧めの本