2015年07月27日

開祖の合気(9)

開祖が、「それが7年前、真の合気の道を体得し、『よし、この合気をもって地上天国を作ろう』と思い立ったのです」(『合氣道』p.200)と話されている体得時期は、私の推定ですが、昭和25年(1950)のことです。大阪朝日新聞社での教授を切り上げられてから14年経っています。
この間、昭和13年(1938)に『武道』を陸軍戸山学校長の賀陽宮(かやのみや)殿下のご要望によって作成され、「昭和15年(1940)の12月14日、朝方2時頃に、急に妙な状態になりまして、禊(みそぎ)からあがって、その折に今まで習っていたところの技は、全部忘れてしまいました。改めて先祖からの技をやらんならん(やらねばならぬ)ことになりました」(『合気神髄』pp.23-24)という体験をされ、続いて昭和17年(1942)に「武産合気の神示」が降ろされています(『合氣道で悟る』p.42)。

「今まで習っていたところの技は、全部忘れてしまいました」と言われている言葉は、「今まで習っていたところの技の理合は、全部忘れてしまいました」という意味合いが強いと思います。それで「改めて先祖からの技をやらねばならぬことになり」ましたと言われる「先祖」、即ち日本の国の祖神、伊邪那岐・伊邪那美二神の島生み、神生みの技(業)、「ムスビ(産霊、結び)」が根本の理合となった「武産の技」へと変わります。このように理解すると、「合気道とは、宇宙の万世一系の理であります」(『武産合氣』p.28)と開祖が説明されるところが分かり易くなると思います。

ただ、八千代合気会の皆さんが、開祖が「合気」という言葉で表現されていることを理解するには、いきなり理合からよりも合気道の技の方から眺めた方が分かり易いと思いますので、先に開祖の技の特徴から述べたいと思います。
開祖の技は昭和15年(1940)に神示を受けられてから変わっていますので、道文として遺されている昭和25年(1950)頃から後の技と道文を比較すると良いと思います。

この昭和25年(1950)に入門された多田宏先生が開祖の技を受けた時の印象を次のように語られています。
「ある時期、私は不思議なことに気がついた。先生に近寄ったとたん、自分の心と体が何か透明な感じになる。そして先生に触れると、それはよりはっきりして、まるで自分と先生の心と体の境の区別が、無くなったような感じとなるのである。それは先生の修行で得られた、対峙を超えた心から生じる大きな気の力が、我々を包み込んだのであろう」(http://www.asahi-net.or.jp/~yp7h-td/kaiso.html

開祖の最後の内弟子である菅沼守人先生も同じことを別の言葉で表現されています。
「大先生の技には無理が全く無いのですね。投げ飛ばされても気持ちよく受身が取れるのです。まるで吸い込まれる様な感じで。熟達していない人の技だと、変な風に痛かったり怪我をさせられることもありますが、そういうことが全く無く、本当に動きに無理がないのです」(『開祖の横顔』p.30)

山口清吾先生に師事された武田義信先生も同じ感じを受けられています。
「大先生は道場に現れただけで吸い込まれる感じでしたね。山口清吾先生も吸い込まれるんだけど、大先生は『同化する』という感じが強くて、“取る・取られる”の相対的な関係では無く、『一つに成ってしまう』感覚。言葉もね、根源の所、魂で話している感じでしたね」(『秘伝』2010年1月号p.59)

以上のような開祖の技の印象は、次の開祖の道文と良く一致しています。開祖は、そのような感覚(想念)で技を施されていたという考えでこの箇所を読むと良いと思います。
「人の目を見たり、相手の技を見たり、姿を眺めているんじゃ無いですよ。全部自分の腹中へ、身の内へ入れてしまうんですよ。自分の腹の中に在るんだから別に争う必要が無い。大宇宙が自分に在るという事や。全宇宙が自分の腹中に在る事や」(昭和40年頃のラジオ会見記『合気ニュース』142号 p.15)

「合気道は相手が向かわない前に、こちらでその心を自己の自由にする。自己の中に吸収してしまう。つまり精神の引力の働きが進むのである。世界を一目に見るのである」(『合気神髄』p.15)

「合気道においては常に相手がなく、相手があっても、それは自分と一体になっていて、自在に動かせる相手なのです」(『合氣道』p.201)

開祖が、「よし、この合気をもって地上天国を作ろう」(『合氣道』p.200)と思い立たれた「合気」の技は以上のようなもので、「吸収」「一体」「同化」などがキーワードになろうかと思います。

他の武道でも同じ概念が述べられています。
「私のやり方を良く見ていましたか、仏陀が瞑想にふけっている絵にあるように、私が目をほとんど閉じていたのを、あなたは見ましたか。私は的が次第にぼやけて見えるほど眼を閉じる。すると的は私のほうに近づいてくるように思われる。そうしてそれは私と一体になる。これは心を深く凝らさなければ達せられないことである。的が私と一体になるならば、それは私が仏陀と一体( 神人合一)になれば、矢は有と非有の不動の中心に、従ってまた的の中心に在ることになる、矢が中心に在る、これを我々の目覚めた意識を持って解釈すれば、矢は中心から出て中心に入るのである、それ故あなたは的を狙わずに自分自身を狙いなさい、するとあなたはあなた自身と仏陀と的とを同時に射中(あ)てます」(弓道 阿波研造)

「厳に大義を重んじ包容同化の精神を培養し、たとえ敵対者に対しても日ごろ練磨した術技によって己を全うし、相手方の非を是正するところに真の武術の意義が生ずる。術技を通じ包容同化の精神如実に具現しえたとき、自他共に生存の実が生ずるので、真武の下に平和があり、平和の母体として武道が存すべき…」(鹿島神流 國井善弥)

いずれも弓禅一如、剣禅一如という言葉があって、「無念無想」や「無我無念」が説かれる武道です。

しかし、ここで忘れてならないのは、開祖の場合、普通の人が考えている無念無想で一体化(同化)されたのではないということです。
八千代合気会の皆さんは、ここの所を深く考えてみて下さい。次回まで少し時間がありますので、「何故、無念無想ではないのか」とか「無念無想以外に一体化出来る方法があるのだろうか」ということを思い巡らせて下さい。
このようにお願いするのは、どんなに素晴らしい真理であっても、自分から見出さない限り身に付かず、進歩が望めないと思う故です。
「人は各々自分の流儀に従って考えねばならない。なぜなら、人は自分のやり方によって常に真理、あるいは一生を通じて役に立つ一種の真理を見出すのであるから」(ゲーテ)
posted by 八千代合気会 at 16:22| 日記

2015年07月17日

古事記 現代語譯 古事記(1)

國學院大學教授を務められた国文学者の武田祐吉(1886 – 1958)が訳者で、昭和31年(1956)5月に角川書店から角川文庫として出版されました。本のタイトルは『古事記』で、副題が『現代語譯 古事記』になっています。訳者は國學院大學130年史(http://kokugakuin-univ.jp/history/)に掲載されているような方で、本居宣長の『古事記傅(古事記伝)』の写本「眞福寺本」から忠実に現代語に訳されています。130年史には「(『万葉集』や『古事記』の研究、上代歌文の注釈的研究に優れ)昭和25年に『万葉集校訂の研究』で日本学士院賞を受賞。その文献学的方法に基づく堅実な研究は、万葉集および上代文学研究の発展に多大な寄与をなした」と紹介されています。

この本は、既に著作権が切れていて、「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/cards/001518/files/51732_44768.html)で公開されています。また、Amazonのkindleでも無料公開されています。kindleはPC、スマートフォン及びタブレット端末でダウンロードできますので、ダウンロードして『古事記』を開いてみて下さい。

開祖が、「合気道は古事記一巻を体をもって現すものじゃよ」(『氣マガジン』1994年11月号)とおっしゃられていたとのことですので、この第一巻(原本は上巻、上つ巻と読む、この訳本では上の巻。神代の巻ともいう)と『武産合氣』 『合気神髄』及び合気道の技の理合や理念と関連付けて読み進めたいと思います。
ちなみに第二巻は中巻、第三巻は下巻で、『古事記』はこの三巻からなっています。

『古事記傅』(眞福寺本、愛知県真福寺宝生院〔通称:大須観音〕蔵)は、写真がhttp://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53930501.htmlに掲載されています。国立国会図書館の近代デジタルライブラリ−(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920805)で、『校訂 古事記傅 乾(の巻)』(本居宣長の義理の曽孫 本居豊頴 校訂、本居家5代 本居清造 再訂)が読めますので、解釈を知りたいときや原文に遡るときに参考にしたいと思います。読み下し文は『日本神典 かな古事記』(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/906437/32)が参考になると思います。
また、ネット上に紀伝体の古事記全文(原文)が掲載されていて(http://www.seisaku.bz/kojiki_index.html)、検索も出来るるようになっています。

この上巻にはたくさんの神々が出てきます。これらの神名については「古事記の系譜/神代」(http://j-myth.info/memo/kojiki_ge_kami.html)に良くまとめられています。『武産合氣』と『合気神髄』には、これらの一部の神名しか出ていませんが、そのほとんどが「このことはすべて猿田毘古の大神のお導きにして、昭和17年12月16日、午前2時より3時の間、日本中の神々が現れて合気の出現を寿ぎたまう。大和魂の錬成、松竹梅の剣法、天地合体して両刃の剣、精神の発動によって世の濁りを洗う。それには第一にこの大東亜戦争を止めさせねばなりません。あまりにいうことが大きいのではじめお受けしかねましたが、各地からいうてくるので御神意により、岩間に36畳敷きの合気神社を建てました」(『合気神髄』pp.129-130)と話されている合気道の創出に関連する神々(:合気神社に祀られている43柱の神々と推測)であると思いますので、その都度触れて行きたいと思います。

この本の「上の巻」の目次は次のとおりです。
序文
・過去の時代(序文の第一段)
・古事記の企畫(序文の第二段)
・古事記の成立(序文の第三段)
一、 イザナギの命とイザナミの命
・天地のはじめ
・島々の生成
・神々の生成
・黄泉の國
・身禊
二、 天照らす大神とスサノヲの命
・誓約
・天の岩戸
三、 スサノヲの命
・穀物の種
・八俣の大蛇
・系譜(スサノヲの命の系譜)
四、 大國主の命
・兎と鰐
・赤貝姫と蛤貝姫
・根の堅州國
・ヤチホコの神の歌物語
・系譜(出雲系の系譜)
・スクナビコナの神
・御諸山の神
・大年の神の系譜
五、 天照らす大神と大國主の命
・天若日子
・國讓り
六、 ニニギの命
・天降
・猿女の君
・木の花の咲くや姫
七、 ヒコホホデミの命
・海幸と山幸
・トヨタマ姫

『古事記』については偽書説もありますが、開祖が「これが宗教の奥義であると知り、武道の奥義も宗教(:宇宙の真理)と一つなのであると知って法悦の涙にむせんで泣いた」(『武産合氣』p.131)とおっしゃられている「宗教の奥義・武道の奥義」が述べられているという観点から読みたいと思います。
開祖は、合気道そのもの(武道の奥義)に立脚して宗教の教え(古事記の言霊解:布斗麻邇言霊『古事記』)で説明されています。「私の武産の合気は、宗教から出て来たのかというとそうではない。(宇宙の真理に基づいた)真の武産から宗教を照らすのです。未完の宗教を完成へと導く案内であります」(『武産合氣』p.192)とおっしゃられている言葉からその立脚点が分かります。そのため、合気道の稽古を続けている人は、『古事記』を読んで、「ああ、このことか」と肯くところがあるはずです。

このホームページの「合気道開祖の教え」に「合気道の霊的・精神的系譜」を載せていますが、中村孝道(こうどう、たかみち) → 望月幸智 → 大石凝真素美 → 出口王仁三郎へと伝えられた言霊75声による解が開祖の言霊解であろうと思います。これは、「五十音に濁音を加へたる七十五音の表を『ますかがみ(一名ますみかがみ)』といひ、各音の『みたま』をしるしたるを『ことたま』と云ふ、…按ずるに『ことたま』といふことを称ふる一派の音義説は、これにもとづきたると、五十音図とありて同じからず。この『ことたまますかがみ』の説は、其起源詳ならず、或は日向の老人某より、参河国崇福寺僧大周に伝へたりといひ、或は京都の医師、野山千秋、其祖父元成より受けたるものといふ。之を世に広めたるは、中村孝道といひし京都の人にて、晩年江戸に来りて之を称へ、一時世に行はる。其著、言霊或問あり」(『国書解題』の「ことたまますかがみ」の項)とあるとおり、言霊学の主流である50音によるものとは異なっていますので、『霊界物語』や大石凝真素美の書物、中村孝道の書物に遡らなければなりません。
開祖は、『古事記』を「神典」 「極典」と表現されていますが、大石凝真素美などの書物にある言葉です。

序文から読む前に、八千代合気会の会員は、「青空文庫」などを開いてこの本が読めるような準備をお願いします。
posted by 八千代合気会 at 17:52| お勧めの本

2015年07月08日

開祖の合気(8)

大東流の「相手を無力化する技術」「敵の力を無にする技術」(佐川幸義宗範による定義)という合気は素晴らしいもので、確実に伝承されているようですが、古武道というベールに包まれていて熟達するための方法など核心の部分が部外者に公開されないため、諸説ある考えを特集した武道雑誌が売れているのではないかと思う程です。
その大東流の合気ほどには開祖の合気が何であるかが理解されていないために、Wikipedia「合気道」にある次のような「大東流の合気」も包含したような定義のまま混乱した状態に留まっているように思えます。

***
「合気」の歴史的考察
日本における武術用語としての「合気」は、江戸〜明治・大正期の剣術書などに認められる。それらは彼我の技量や気迫などが拮抗し膠着状況に陥る、または先手を取られ相手の術中に嵌るといった、武術的には忌避すべき状態を差す言葉であった。しかし明治以降、「合気之術」など積極的な意味の使用例が現れる。この頃の「合気」には「読心術や気合の掛け声をもって相手の先を取る」といった意味付けがなされていた。大正期には各種武術書に同様の意味合いで「合気」の使用が見られ、「合気」が武術愛好家の間で静かなブームになっていたという。

大東流合気柔術では、相手の力に力で対抗せず、相手の“気”(攻撃の意志、タイミング、力のベクトルなどを含む)に自らの「“気”を合わせ」相手の攻撃を無力化させるような技法群やその原理を指す。なお大東流は初め「大東流柔術」と称していた。この名称に「合気」の文字が加わったことが確認できるのは、1922年(大正11年)、武田惣角が盛平に授与した目録が初めてである。
惣角は同年綾部の大本教団にいた盛平のもとを訪れている。この時に出口王仁三郎が「合気」を名乗るよう盛平に勧め、盛平は「合気」を大東流の名に加えることを惣角に進言、以後惣角もこれを容れて「大東流合気柔術」を名乗った、とする証言がある。

合気道においては上記の意味合いも踏まえ、そこから更に推し進めて「他者と争わず、自然や宇宙の法則(=“気”)に和合することによって理想の境地を実現する」といった精神理念を含むものになった。(盛平は「合氣とは愛なり」と語っている。)
大東流における「合気の技法」的なものから、合気道の体捌きである入身・転換、技に入るタイミング、相手に掴まれた部分を脱力して相手と一体化する感覚など、相手や自然の物理法則との調和・また宗教的な意味合いでの「宇宙の法則」と和合を図ろうとすることなど、技法から理念まで全てを広く「合気」と表現する傾向がある。
***

このWikipediaに書かれているような意味であると理解して、稽古の中で工夫しようとすれば、「合気とは敵と闘い敵を破る術ではない。世界を和合させ人類を一家たらしめる道である。すなわち、合気道の極意は、おのれを宇宙の動きと調和させ、おのれを宇宙そのものと一致させることにある。修行者は、このことを日常の鍛練を通して悟るべきである」という開祖の言葉と合わせて考えてみて、さて、鍛練と言われてもどうしたら良いものかと考え込んでしまうのではないでしょうか。

相手を無力化しておいて敵と闘い敵を破る術ではないと嘯(うそぶ)き、無力化することが理想の境地を実現しているのだなどと言えるのでしょうか。開祖の言葉は理念で、実際は違うというのならそれまでの話ですが…。

稽古の時に開祖が長々と話されたことで、当時の弟子は閉口したようですが、その話の中に開祖の合気が述べられています。
開祖が実際に話される時にはテープに録音されているように紀州弁ですが、道話や言志録としてまとめられているものは標準語になっているので、編集者がいて分かり易い標準語に直していると思います。その段階で間違いが生じたり本にする際に誤植があったりしたのでしょうか、一部分かり辛い所があると思います。また、お話をされている段階では分かっていても補足しなければ伝わらない部分もあるので、その点に注意しながら解きほぐしてみます。

開祖の合気は弓道の阿波研造範士などの説かれる極意の話とよく似ていますが、阿波範士ほど言葉の意味するところが難解ではありません。武道の真理(宇宙の真理)を宗教の真理を表す言葉を使って説明されているので、宗教の言葉が分かってくると理解し易くなると思います。
ただし、言霊と同じで、一音多義的な表現があって、Wikipediaに書かれているように技法から理念までを広く表現されていますが、そのことを弁えれば、鍛練法まで明らかにされています。
『合気神髄』と『武産合氣』の中には次のような言葉が出てきます。数字はページを表しています。

合気道の合気.jpg


少し、「相手を無力化する技術」「敵の力を無にする技術」から離れて、フレッシュな目で道文を眺めてみて下さい。
posted by 八千代合気会 at 17:54| 日記

2015年07月02日

柔道事故

名古屋大学大学院准教授の内田良先生が著者で、平成25年(2013)6月に河出書房新社から出版されました。帯には「29年間で118名の中高生が学校柔道で死亡 なぜこの暴力的文化が放置されてきたのか。事故データの検証、全柔連・被害者家族らへの取材を通じ、『リスク回避』への道を探る」と書かれています。
柔道と同じコンタクトスポーツ(力を抑制せず相手に直接接触する形式)に分類され、相手を畳に投げるということで頭部損傷事故の危険性を有する合気道において、防げたはずの痛ましい事故を防ぐことができたらと願って、夏合宿前のこの時期に取り上げます。八千代合気会の会員のみならず、このブログを読んで下さっている心ある人に届いて、重大事故の再発防止に役立てて頂ければ幸いです。そのような事故の多くは、4月〜7月、合宿では合宿が始まったばかりの初期に起こり、決まって下級生が被害者になっています。

著者は、専門が教育社会学で、社会学の研究でスポーツ事故のデータをカードに写し、それらを分析していて、柔道事故(発生率)の多さに驚かされます。そのデータが巻末に「学校管理下の柔道死亡事故 全事例」として一覧表にまとめられていますが、1983年度〜2011年度(29年間)で118件でした。スポーツ全般の事故事例は7,000件でしたので、わずか1.7%だと感じられるかもしれませんが、中学校の発生率では2.385(10万人あたり)で2位のバスケットボールの0.382と比べて6.2倍の高さであることが分かります。高校ではラグビーの3.840に次ぐ3.450で、3位の野球の0.973を大きく引き離しています。
「柔道事故の最大の特徴は、柔道固有の動作に起因する死亡が大多数を占めていることである。これを『柔道固有』の死亡と呼ぼう。一方、運動時には突然死や熱中症といった、運動に共通して起こりうる死亡がある。これを『運動共通』の死亡としよう。『柔道固有』は、中学校で全体の80.0%(32件)、高校では全体の62.8%(49件)と、いずれも高い割合を示している。そして『柔道固有』の内訳を見てみると、中学校の32件のうち、投げ技・受け身の衝撃によって頭部外傷(急性硬膜下血腫など)が生じて死に至ったケースが30件、その他(寝技で窒息死、投げ技・受け身で臓器損傷等)が2件、高校では49件のうち前者が46件、後者が3件となっている。『柔道固有』とは、そのほとんどが、頭部外傷によるものであることがわかる」
「ここから見えてくるものは、柔道部の活動において、中高それぞれの学校段階での初心者(1年生)が、柔道固有の動作の過程で頭部を損傷し、死に至るケースが多いという実態である」
「このとき熱中症については、『運動共通』の死因であるとの理由から、特段に分析の対象とすることはなかった。しかし、スポーツ全般に生じる熱中症についても、実は柔道部の死亡率が高いということがわかったのである」

この本の目次は次のとおりです。
はじめに
1 事例の足し算から見えてきたこと
2 柔道事故を覆う二重の闇
3 安全な柔道を求めて
第1章 柔道事故の実態と特徴
第2章 事故はなぜ起きるのか
第3章 声をあげた被害者たち
第4章 柔道界・政界からの提言
あとがき

著者の研究は、平成22年(2010)3月の「全国柔道事故被害者の会」の設立と結び付き、柔道事故の社会問題化に発展してきました。この全国柔道事故被害者の会の設立趣旨は、「私たちは、同じ柔道事故の被害者家族として、柔道事故に遭われた方への支援と、柔道事故の被害者を二度と出さないために、この会を設立いたします。私たちの活動が、一人でも多くの柔道事故の被害者の方の支えになり、そしてその活動により、柔道の安全が確立され、悲しい事故・事件がなくなる事を願ってやみません」というもので、内田先生や脳神経外科の先生方の協力を得ながらシンポジウムを開いて、事故の再発防止に取り組まれています。
柔道日本代表女子選手への暴力・パワーハラスメント問題で全日本柔道連盟(全柔連)の役員が代わって、全柔連とも再発防止に関する協議会が持たれるようになりました。

柔道事故の裁判においては、軽い脳震盪でもセカンド・インパクトによって死に繋がることを知らなかったとか、頭を打たせなくても加速損傷により脳の架橋静脈が切れて急性硬膜下血腫を誘発することを知らなかったとかいう理由は認められなくなりました。従来は、畳の上で稽古中の事故には過失がないという判決でしたが、脳神経外科的な知見が明らかになり、責任を問われるように変わりました。

そのようなきっかけを作られた著者の研究は貴重だと思います。
著者は、ウェブ上でも研究成果を発表され、警鐘を鳴らしておられますので、ご覧下さい。
学校リスク研究所 http://www.dadala.net/
部活動リスク研究所 http://www.rirex.org/

平成24年度に中学校の正課に武道の授業が取り入れられましたが、その際、柔道の授業で大外刈りを禁止するなどの措置が取られたのも著者の研究に負うところ大であると思います。その著者が危惧されていることは、武道必修化になったことにより、かえって事故事例(エビデンス)に基づいた的確な実態把握がおざなりになるのではないかということです。
私は、前述のシンポジウムに出席して、武道界に根強く残る「試合至上主義」や「武道修得のためには命の一つや二つという価値観」があることに気付かされました。これも、事故を起こす要因になっています。

合気道における重大事故防止を考えるときにも、どのような状況で事故が起こっているかという過去の事例を知ることは大切なことです。
『合気ニュース』No. 80に「合気道における事故の研究」(志々田文明)が載せられ、その抜粋があります。
http://ameblo.jp/lomeon/entry-11525511018.html
同じ論文が公表されています。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/budo1968/21/1/21_60/_pdf
ここで、「合気道などのスポーツによる事故の場合、大抵は事故者は個人であり、それをとりまく関係者は複数の人間及び団体である。後者が腰を据えて事故の因果関係を分析し、それを報告書としてまとめ、内外に明らかにしようとしない限り、事故の再発を防ぐことは難しいといわざるをえないであろう。筆者が強く提言したい点はこの点である。航空機事故のような詳細な事故報告書が作成されていても事故はくり返されるのである。それさえもなく、あるいはあるとしても少なくとも上記関係者の間で、特に指導者や研究者の間で気軽に参考書として活用できない現状は早急に改善されなくてはならないだろう」と述べられていて、私も同感です。

合気会が公益財団法人になり、公認道場には重大事故などの不祥事の報告が求められていると思いますので、公認道場については情報が集まると思いますが、死亡事故のようなものは、論文にあるように大学と高校で起こっているようです。

恥を忍んで、私の出身合気道部の事故事例が公表されているのでお知らせします。
「大学における課外クラブ活動中の事故と安全配慮義務」 
http://repository.tokaigakuen-u.ac.jp/dspace/bitstream/11334/249/1/kiyo_hw011-012_03.pdf
裁判は、被告が国(大学)、顧問、主将、加害者で、「重大な過失」を問う裁判でした。主将については、将来があるので、ご遺族にお願いして一審判決後に被告から外して頂きました。そして、加害者との和解後に国(大学)と顧問に対して二審が行われ、「本判決は、大学の安全配慮義務は課外クラブ活動に及ぶかの問題に関する論旨の展開には問題があるが、それ以外の、課外クラブの主将の安全配慮義務、課外クラブの顧問の安全配慮義務、国立大学の安全配慮義務の法的根拠、大学の安全配慮義務の及ぶ範囲,安全配慮義務の内容、程度については、従来の判例と同様に、おおむね妥当な判断をしている」となっています。裁判で争われた範囲内での判決の妥当性はそのとおりだと思います。
事故の再発防止の観点からは、「裁判所の認定した事実」が事故事例になりますのでご覧下さい。「原告の主張」で「事故の約1年前にHの事故を経験するなどして」とあるのは、1年前の春合宿で同じ急性硬膜下血腫を起こす事故があり、入院し、癲癇の後遺症を残す重大事故を起こしていることを指します。それで、私は、これをしっかりした再発防止策が実施されていなかったことによる事故と受け止めています。
事故が起こったのが平成4年(1992)で、当時は脳震盪の危険性がまったく認識されていなくて、加害者も頭を打っていることは分かっていたようですが、加害者だけでなくおそらく被害者もそれが危険だと思ってもいなかったようです。稽古中に少なくとも2回以上頭を打っていたようなので、明らかにセカンド・インパクトによる事故だと思います。

このような事故を起こす人には特徴があるように思います。それは意外と力任せの技を掛けている人より、技が切れると思われている人が、受けが崩れてから最後まで(あるいはスピードを落とさずに)投げつけることによって起こしているようです。大学などに事故が偏っているのは、合気道に強さ(破壊力)を求めるからではないかと思います。空手等に比べ、打突による破壊力がないところに物足りなさを感じているのかもしれませんが、受けと取りの役割が決まっている合気道では、取りとなる上級生(先輩)の責任は重大です。
この事故があってから、八千代合気会では受けが崩れてからどうこうするという技の稽古を封印して、攻撃の起りを捉えて相手が崩れるまでの稽古に切り替えました。また、激突事故を防ぐため、投げる方向を統一して道場の外側に投げるようにしましたので、ご協力下さい。

中には、他の道場や大学時代の稽古の経験がある人で、このような稽古を物足りなく思う人も居て、そのような人に限って相手に怪我をさせています。それを注意すると、「ここ(八千代合気会)の会員は受けが下手です」という答えが返ってきますが、大学の事故の後、被害者の死に顔を見ている責任者の注意を素直に受け止めて欲しいと思っています。
もう一つの問題点は、怪我をさせる人が熱心に教える人であることです。それで、怪我をした人が、させた人を庇って、「私が受け身を失敗しました」という報告を上げることです。例え、それが尊敬する人であっても、事故の再発防止という点で誰がどうしたという事実を話さなければ改善されません。

「大先生の技には無理が全く無いのですね。投げ飛ばされても気持ちよく受身が取れるのです。まるで吸い込まれる様な感じで。熟達していない人の技だと、変な風に痛かったり怪我をさせられることもありますが、そういうことが全く無く、本当に動きに無理がないのです」(『開祖の横顔』p.30 菅沼守人先生談)
開祖のような技でなくても安全配慮だけは心がけたいものです。

事故の再発防止に関しては、合気道界では国際武道大学の立木(たつぎ)幸敏先生が第一人者で、『合気道探求』第44号に「頭を打ってしまった時に」を、第48号に「熱中症の予防」をまとめられています。また、次の『国際武道大学 武道・スポーツ科学研究所年報 第17号』のp. 24にも「合気道の安全指導」としてまとめられています。
https://budo-u.repo.nii.ac.jp/?

内田先生の本の「あとがき」に、全国柔道事故被害者の会の村川義弘会長の言葉を借りて、「全日本柔道連盟と文部科学省は、柔道の危険を放置してきたことと、長きにわたって暴力的文化に手をつけずに容認してきたことの責任がある。そして、私たち日本人も同様に責任がある。私たちは、暴力を受け入れ、暴力が続くことを容認してきたのだから」と書かれています。ここで「暴力」を「体罰」と置き換えると、私たちも「体罰」なら致し方ないと思ってきたことでしょう。村川会長は、「悪いこともしていないのに体罰と言うのですか?」「教師や指導者、監督という絶対的支配力を持つ者が事故の管理下にある相手に対して行う『暴力』は、すなわち『虐待』です」とした上で、「すべての指導者、すべての教育者は、大人の理性を持って『虐待』の連鎖を断ち切ってください」と訴えられています。

合気道においても、「受身三年」だとかいう思いで相手(受け)を強くしてやろうという気持ちで強く投げることは、現在では「虐待」になると反省を促したいと思います。
『合気道探求』に、ある講習会で「私を始め参加者全員が(筆者註:あらあら)…の四方投げの受け身で後頭部を打ってしまい」という体験談が載せられていますが、その投げた方がどんな素晴らしい先生であっても、この行為は見習ってはなりません。こういう悪しき指導方法の連鎖は、断ち切らなければなりません。

内田先生の言説を引いて、千葉大学副学部長の藤川大祐教授がおっしゃられている言葉の一部を変えて結びとします。
「本来道場は合気道を学ぶ人たちのためにあり、学ぶ人の安全を守ることは大前提であるはずである。学ぶ人のための道場で学ぶ人の安全が守れないのでは、逆説的すぎる。安全対策の優先順位が低すぎるのなら、高めなければならない」
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/special/CO015131/20150604-OYT8T50445.html 参照

posted by 八千代合気会 at 14:49| お勧めの本