2015年09月30日

古事記 現代語譯 古事記(5)

開祖の言葉は、『霊界物語』や『眞訓古事記』に記されている至大天球(たかあまはら、宇宙)の創造の範囲を超えて、更に次のように続きます。
「高天原(たかあまはら)というのは、宇宙の姿である。宇内の生きた経綸の姿、神つまります経綸の姿なのである。一家族も一個人もそれぞれ高天原であり、そして呼吸して生々と生きているのである。 高天原とは一口でいえば、全く至大天球成就すということになる。これ造化開闢(かいびゃく)の極元なり。高天原の意をより理解して、神の分身分業をなしてゆくところに合気道が出来るのである。
宇宙の気、於能碁呂(おのころ)島の気、森羅万象の気、全ての霊素の道をつづめて、そして呼吸を合わせて、その線を法則のようにして、万有の天の使命を果たさせるのである。そしてその道それぞれについて行うところの大道を合気道という。合気道とは、いいかえれば、万有万神の条理を明示するところの神示であらねばならないのである。過去−現在−未来は宇宙生命の変化の道筋で、全て自己の体内にある。これらをすみ清めつつ顕幽神三界と和合して守り、行っていくものが合気道であります。
宇内の活動の根元として七十五声がある。その一つ一つには三つの規則がある。生産霊(イクムスビ、△)足産霊(タルムスビ、○)玉留産霊(タマツメムスビ、□)である。
八力(動静、解凝、引弛、分合。対照力)がアオウエイ(天地結水火)の姿であり、国祖国之常立神(くにのとこたちのかみ、女神、地)の御心のあらわれである。豊雲野大神(とよくもののおおかみ、男神、天)との交流により伊豆能売(いずのめ、 五つは誤り)の神の働きが現れるのである。かくて八大引力が対照交流し動くとき軽く澄めるものは天に昇り、濁(にご)れるもの汚(よご)れるものは下へ地へと降った。天と地が交流するたびに、物化して下降、交流しては下降し、だんだん大地化してきた。これが玉留産霊(タマツメムスビ)の大神の神技である。生産霊、足産霊、玉留産霊の三元がととのうと、宇宙全体の姿が出来上がるのである。
合気とは、言霊の妙用であります。言霊の妙用は一霊四魂三元八力の分霊分身である」(『合気神髄』pp.111-113、『合気道新聞』第158号)

「生産霊(△)、足産霊(○)、玉留産霊(□)の三元が整うと、宇宙全体の姿が出来上がるのである」
聖書のヨハネ伝1章に「万物(よろずのもの)これに由(より)て造らる、造られたる者に一としてこれに由らで造られしは無(なし)」とありましたが、△○□の三元が整い、やっと宇宙全体の姿(宇宙を構成する基本的形象、万物)が出来上がったというのが、開祖が付け加えられている部分です。

「宇内の活動の根元として七十五声がある。その一つ一つには三つの規則がある」
七十五声に三つの規則があるということは、「真素美(ますみ)の鏡」にアオウエイの言霊がそれぞれ「軽、中、重」の三段に分れるという規則があることを指して言われています(http://terakoyajuku.jp/s10/018.htmlhttp://www.walaku.com/bbs144.htm参照)。水茎文字で表わすと、例えば、スは丸(○)の中心に点(・)がありますが、軽のフは点が丸の上部にあり、重のズは丸の下部にあります。
そして、これを△○□に適用すると「天の△が軽、○が中、地の□が重」で、産霊(むすび)の三神を当てると「△が生産霊、○が足産霊、□が玉留産霊」であるということだと思います。開祖は、三角が天(及び火)、四角が地を表わすと言われています(『武産合氣』p.37参照)。

「かくて八大引力が対照交流し動くとき軽く澄めるものは天に昇り、濁れるもの汚れるものは下へ地へと降った」
次の図を見ればこの部分の理解が進むと思います。
三元_軽中重.jpg

「(武産の)合気とは、(ス声とス→ウ→ア(天)・オ(地)と分れ、交流する)言霊の妙用であります。言霊の妙用は(天の数歌に示された)一霊四魂三元八力の分霊分身(としての働き)であります」
開祖は、△○□を「モチロ」と読ませています。モチロは「ヒフミ祝詞」の「も(百)ち(千)ろ(万)」で、「天の数歌」では「もも(百)ち(千)よろず(万)」です。△○□全体でモチロです。
「天の数歌(あめのかずうた)」の「一二三四五六七八九十百千万」は「ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここの、たり、もも、ち、よろず」と唱え、次のように天地剖判の様子を表わしています(『大地の母』10巻7章天地剖判、http://shoutakaamahara.blog.fc2.com/blog-entry-23.html)。
・ひと(霊交):一霊四魂/大宇宙の根源に独一真神(天之御中主神、ス神)がましまし、一霊のもとに四魂(奇魂、荒魂、和魂、幸魂)を統べておられる。
・ふた(活力):真神の営みである陰陽(高御産巣日神・神産巣日神)二元の組みあわせによって「八力」が生ずる。
・み(体):八力の複雑微妙な結合により、剛・柔・流の「三元」が生ずる。
・よ(世):泥海のような世界ができる。
・いつ(出):日月星辰(じつげつせいしん)や大地が誕生する。
・むゆ(燃):草木をはじめ、諸生物が萌えいでる。
・なな(地成):人類が生れ、地上の世界が成就する。
・や(弥):その世界がますます発展する。
・ここの(凝):充実安定を表わす。
・たり(足):完成の域に達する。
・もも(諸):さらにもろもろのモノが生ずる。
・ち(血):大造化の血が宇宙をくまなく巡り、生命力が満ちる。
・よろず(夜出):生成発展の光明世界が永遠に開けていく。
「之を大括して略解すれば、霊力体(れいりょくたい)によって世が発生し、水火(すいか)の呼吸(いき)燃え上り、初めて地成り、弥々(いよいよ)益々(ますます)水火の気凝り固りて完全無欠の宇宙天界は完成され」(霊界物語73-1-10)が一(ひと)から十(たり)までで、「△○□の三元が整い、宇宙全体の姿が出来上がる」が百千万(もも・ち・よろず)です。

△○□が「三角に入身して(構えて)、丸く捌いて、四角におさめる」という体の動きを表わすということは広く理解されていると思いますが、その意味で「初めは物の霊(体、魄)、物の霊というのは、モチロ(△○□)。モチロの気の熱せるは合気」(『合気神髄』p.89、合気道新聞 第96号、句読点を訂正、p.52 △○□の気の熟したるを合気)と開祖は説明されています。
「モチロの気の熱せる(=合気)」「△○□の気の熟したる(=合気)」は次の道文で示される「△○□が一体化して…、それが気の流れとともにスミキル(=合気道)」という状態を指しています。
「△○□が一体化して 三角丸四角の融合.jpg(△○□が重なった形象)となり、それが気の流れとともに円転してスミキルのが合気道じゃ」(平成11年刊『植芝盛平伝』pp.266-267)

△○□が一体化したものは、「これ、魂のモチロの中心であります」(『合気神髄』p.69)の「魂のモチロ」だと思います。
さて、それが日頃の稽古の中の何を指しているか、八千代合気会の会員には夜に昼に頭の片隅に置いて考えて頂きたいと思います。何だろう、もっと知りたいなと考えていると、ある時、ピンと来るものを感じるに違いありません。
posted by 八千代合気会 at 00:07| お勧めの本

2015年09月24日

開祖の合気(12)

6) 合気妙応(合気妙用。合気の妙用)
「合気道とは、天授の真理にして、武産(たけむす)の合気の妙用であります」(『武産合氣』p.28)
「技は、すべて宇宙の法則(天授の真理)に合していなければならないが、宇宙の法則に合していない技は、すべて身を滅ぼすのである。このような技は宇宙に結ぶことはできない。…宇宙に結ばれる技は、人を横に結ぶ愛の恵みの武ともなる。宇宙と結ばれる武を武産の武というのである。武産の武の結びの第一歩はひびきである。五体のひびき( 波動、呼吸)の槍を阿吽(あうん)の力によって、宇宙に拡げるのである。五体のひびきの形に表れるのが『産(むす)び』である。…呼吸の凝結が、心身に漲(みなぎ)ると、己が意識的にせずとも、自然に呼吸が宇宙に同化し、丸く宇宙に拡がっていくのが感じられる。その次には一度拡がった呼吸が、再び自己に集まってくるのを感ずる。このような呼吸ができるようになると、精神の実在が己の周囲に集結して、列座するように覚える。これ即ち合気妙応の初歩の導きである。合気を無意識に導き出すには、この妙応が必要である」(『合気神髄』pp.86-87)
「次に自分の発声するのは発声と同時に宇内(うだい)の魂線にふれて、自己、発声せずとも、大いなる宇内は三音( ア・ウ・オの言霊、『合気神髄』p.111参照)を化して、丸く外部に拡がっていくのを覚えます。その次には一度言霊(ことだま)の発声するに従い、宇内(うだい)は自分に集まって来るのを覚えます。以上のごとき精神実在が明るく自分の周囲に、すべての霊が集結して列座するように覚えます。これすなわち、合気妙応の初歩の導きと存じます」(『合気神髄』pp.74-75)
「即ち人としてつとめをするにも、息を出す折には丸く息をはき、ひく折には四角になる。そして宇宙の妙精を身中にめぐらし六根を浄め働かすのです。丸くはくことは丁度水の形をし、四角は火の形を示すのであります。丸は天の呼吸を示し、四角は地の呼吸を示すのである。つまり天の気(愛)によって天の呼吸と地の呼吸を合わせて技を生み出す」(『武産合氣』p.45)

精神の実在(霊)が己の周囲に集結して列座するように覚えることが合気妙応の初歩の導きであると言われています。丸く息を吐き、四角く息を吸うこと( 逆腹式呼吸による観想法)により、宇宙と一体になる(結ばれる)ことを表しているようです。
開祖の「天の呼吸、地の呼吸」は、山口志道著『水穂伝(みずほのつたえ)』の附言にある「天地は水火(いき<息>、しほ、<塩>)の凝(こり、凝結)なり。故に日月の運行(めぐる)は天の呼吸なり。汐の満干は地の呼吸なり」と同じ概念です。
「それで天の呼吸(日月の息)、地の呼吸(潮の満干)を腹中に胎蔵する」(『武産合氣』p.134)という道文も、宇宙と一体になることの説明です。

この合気の妙応(妙用)が次の「合気の神髄」に繋がります。

7) 合気の神髄
「こうして合気妙用の導きに達すると、御造化の御徳を得、呼吸が右に螺旋(らせん)して舞い昇り、左に螺旋して舞い降り、水火( 魂魄)の結びを生ずる。摩擦連行作用を生ずる。水火の結びは、宇宙万有一切の様相根元をなすものであって、無量無辺である。この摩擦連行作用を生じさすことが、できてこそ、合気の神髄を把握することができるのである」(『合気神髄』p.87)
「合気道は宇宙万世一系の理道であって、一元の元津御親神即ち宇宙の“す”のみ声生れる前、大虚空を作り、その営みより我国の古き神代よりの歴史を生命として、又この歴史を修行の根元として、まつりぎ( 真釣木、真鈎木。まつるぎは誤り。魂魄一体、水火の結びで、バランスが取れていること)の意義をあらわし、かつその実行実在の上に、天の運化により修行する方法が私の合気道であります。これを真の武術と心得まして、この一元より出てくる宇宙の営みのみ姿、水火のむすびつまり天の呼吸(日月の運行)と地の呼吸(潮の満干)とを合し、一つの息として生み出してゆくのを武産合気というのであります。それはどういうことかをいうかというと『す』と『う』の働きによって、自分というものは、この与えられた魂と肉体(魄)との不離一体の交流によって、腹の底から『あ、お、う、え、い』を身体の口より鳴り出さしめるところの形式と、水(魄)と火(魂)との動き、つまり高御産巣日(霊系)、神産巣日(体系)の二神の、右に螺旋(らせん)して舞い昇りたまい、左に螺旋して舞い降りたまう御行為によって、水精火台の生じる摩擦作用の模様と全く同一形式なのであります」(『武産合氣』pp.43-44)

摩擦連行作用(摩擦作用)は、連行という言葉から分かるように、受けが吸い込まれるような感じを受ける作用のことです。
私は、これが無念無想、精神統一というような意味での心身統一の力ではないと考えていますが、八千代合気会の会員の皆さんの理解は如何でしょうか。「御造化の御徳」は「愛の情動、人を横に結ぶ愛の恵み」ですから、愛の情動が十分に働いているものです。開祖が霊体統一と表現されるときには、霊(愛の情動)主体従ですので、そのような観点から後述の「合気の魂の円」や「合気の稽古」「合気の鍛錬」を理解すると良いと思います。

「水火のむすびつまり天の呼吸と地の呼吸とを合し、一つの息として生み出してゆく」という言葉は、「呼吸力」という言葉の元になっているものだと思います。山口志道は、「水火」と書いて「イキ」と読ませていますので、「呼吸力」は「イキ(水火)の力」であって、「気(火)の力」だけではなく、「水(魄)と火(魂)の結びの力」を表した言葉であると思います。
山口志道は、日月の運行(天の呼吸)が海水に働いて潮の満干(地の呼吸)を引き起こす現象からヒントを得て、天の呼吸、地の呼吸の概念を導き出した思われます。開祖が、この概念を引き継いでおられれば、潮汐力のように作用する力が呼吸力で、受けが吸い込まれるような感じを受ける作用を及ぼす力ということになります。

この結びの力が、開祖の合気の神髄です。

「いづとみづ十(あいき)と生りし黄金橋 富士と鳴門の仕組なるかな」(昭和35年(1960)日本テレビ制作の映画『合気道の王座』)
黄金橋が天の浮橋(水精火台)、富士(火)が中心(天之御中主神)、鳴門(水)が右旋左旋(高御産巣日神、神産巣日神)で、水(瑞、魄)火(厳、魂)の結び(十、合気)の力を詠んだ道歌です。
posted by 八千代合気会 at 22:34| 日記

2015年09月15日

古事記 現代語譯 古事記(4)

古事記の序文に相当する部分は、道文に「一霊四魂三元八力の大元霊が一つなる大神の御姿である。大神は一つであり、宇宙に満ちみちて生ける無限大の弥栄の姿である。すなわち天なく地なく宇宙もなく大虚空宇宙である。その大虚空に、ある時ポチ(ゝ)一つ忽然として現わる。このポチこそ宇宙万有の根源なのである。そこで始め湯気、煙、霧よりも微細なる神明の気を放射して円形の圏を描き、ポチを包みて、始めて「ス」の言霊が生まれた。これが宇宙の最初、霊界の初めであります。そこで宇内は、自然と呼吸を始めた。神典には、数百億万年の昔とあります。 そして常在(すみきり)、すみきらいつつ即ち一杯に呼吸しつつ生長してゆく、ゆくにしたがって声がでたのである。言霊が始まったのである。キリストが『太初(はじめ)に言葉ありき』といったその言葉がそれで、その言霊がスであります、これが言霊の始まりである。このス声は、西洋にはこれに当てる字はなく、日本のみにある声である。これが生長してス、ス、ス、ス、即ち上下左右のス声(+)となり、丸く円形に大きく結ばれていって(丸に十字の形)呼吸をはじめるのである。ス声が生長して、スーゥとウ声に変わってウ声が生まれる。絶え間ないスの働きによってウの言霊が生じるのである。ウは霊魂のもと物質のもとであります。言霊が二つにわかれて働きかける。御霊は両方をそなえている。 一つは上に巡って(ウァと)ア声が生まれ、下に大地に降って(ウォと)オの言霊が生まれるのである。上にア下にオ声と対照で気を結び、そこに引力が発生するのである」(『合気神髄』pp.110-111、『合気道新聞』第158号、2012年4月4日の「真の合気の道(2)」掲載)と詳しく述べられています。

開祖の説明は、次に示す霊界物語73-1-1 「天祥地瑞子 天之峯火夫の神」から取られています(ルビ付きの霊界物語はhttp://reikaimonogatari.net/参照)。
「天もなく地もなく宇宙もなく、大虚空中に一点のヽ(ホチ)忽然と顕れ給ふ。このヽたるや、すみきり澄みきらひつつ、次第々々に拡大して、一種の円形をなし、円形よりは湯気よりも煙よりも霧よりも微細なる神明の気放射して、円形の圏を描きヽを包み、初めて⦿(ス)の言霊生れ出でたり。この⦿の言霊こそ宇宙万有の大根元にして、主の大神の根元太極元となり、皇神国の大本となり給ふ。我日の本はこの⦿の凝結したる万古不易に伝はりし神霊の妙機として、言霊の助くる国、言霊の天照る国、言霊の生くる国、言霊の幸はふ国と称するも、この⦿の言霊に基くものと知るべし。キリストの聖書にヨハネ伝なるものあり。ヨとはあらゆる宇宙の大千世界の意なり、ハは無限に発達開展、拡張の意なり、ネは声音の意にして宇宙大根本の意なり。ヨハネ伝首章(第一章)に曰く、『太初(はじめ)に道(ことば、 ギリシア語のロゴス)あり、道は神と偕(とも)にあり、道は即ち神なり。この道は太初に神と偕に在き。万物これに由(より)て造らる、造られたる者に一としてこれに由らで造られしは無(なし)』( 聖書の明治元訳の引用)と明示しあるも、宇宙の大根元を創造したる主(ス)の神の神徳を称へたる言葉なり。清朗無比にして、澄切り澄きらひスースースースーと四方八方に限りなく、極みなく伸び拡ごり膨れ上り、遂に⦿は極度に達してウの言霊を発生せり。ウは万有の体を生み出す根元にして、ウの活動極まりてまた上へ上へと昇りアの言霊を生めり。またウは降つては遂にオの言霊を生む。⦿の活動を称して主の大神と称し、また天之峯火夫(あまのみねひを)の神、またの御名を大国常立神言(おほくにとこたちのみこと)と奉称す。大虚空中に、葦芽(あしがひ、 葦の芽)の如く一点のヽ発生し、次第々々に膨れ上り、鳴り鳴りて遂に神明の形を現じたまふ。⦿神の神霊は⦿の活動力によりて、上下左右に拡ごり、⦿極まりてウの活用を現じたり。ウの活用より生れませる神名(しんめい)を宇迦須美(うがすみ)の神と言ふ、宇迦須美は上にのぼり下に下り、神霊の活用を両分して物質の大元素を発生し給ひ、上にのぼりては霊魂の完成に資し給ふ。今日の天地の発生したるも、宇迦須美の神の功なり。ウーウーウーと鳴り鳴りて鳴極まる処に神霊の元子生れ物質の原質生まる。故に天之峯火夫の神と宇迦須美の神の妙の動きによりて、天津日鉾の神大虚空中に出現し給ひ、言霊の原動力となり七十五声の神を生ませ給ひ、至大天球を創造し給ひたるこそ、実に畏き極みなりし」

更に遡れば、前述の大石凝真素美著『大日本言靈』(大石凝翁全集. 4 「大日本言靈」)や次の同著『眞訓古事記』などに辿り着きます。開祖の言葉の「神典」はこれらの書を指しています。
「抑々(そもそも)此世が未だ開闢せざりし極元の時には唯スといふ物が、至大浩々(ひろぎひろぎて)神々露々(ゐき)烈々恒々湛々(ゐき)として、十八稜團(こんぺいとう、 正方形6個と正三角形8個でできる立方八面体)の象(かたち)を造りて、ス…ス…ス…ス…ス…と呼吸(いき)をして億々恒々極乎として居たる者也。是を一言にスといふ也。故に現在のスも億萬劫々々年度の昔の人のス聲同一事成る。故に今スという聲を説く時は其の一切が明に爰(あらは)れ生れ出る也。言霊の巻を見れば明也。
其スの性質は蒸氣よりも煙よりも香よりも猶微細なるスといふ物也。此のスが人の一呼吸の間に、三百七十五息(ゐき)をしつゝ、浩々恒々(ひろぎひろぎ)てゐる故に、敢へて死ぬる暇がない( 生き通しに生き居る者也ける)。故に億兆萬々劫々幾々劫大約(おほつな)の昔より極乎として居る時に、至大浩々湛々の域に機が起り、十八稜團の瘤の麓の所に對照力が起る。此の對照力が幾々億萬劫々劫数の限り起り、全く張り詰めて球の形を顯はす。是を至大天球(たかまがはら)といふ也。此の天球の中心部に、即ち上下左右縦横無盡に起る對照力の中心點に大氣が結晶して地球と成りし也。此地球は至大天球の中心部に成り定まり玉ひし故に天之御中主神と名のり玉ふなり。故に天之御中主神は此の地球を以て御神體と定め玉ひ、此の至大天球を造營しつゝ、ひたし居り玉ふ氣形透明體なるスを以て、大御心とし玉ふ也」

ちなみに、ス声が拡がるこの部分は宇宙のビッグバンと捉えられますが、ビッグバン宇宙論が提唱されたのは1927年で、『大日本言靈』が大石凝翁全集で出版されたのが大正13年(1924)ですから、西洋科学(ビッグバン宇宙論)の影響は受けていないようです。
また、万葉集の言霊を詠んだ歌から、古くから言霊の力が認識されていたようですが、これは仏教の真言(マントラ)やキリスト教の聖書の言葉「神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった」(創世記1章3節)からも分かるように日本に限ったことではないというのが定説のようです。
開祖の場合、幼少の頃、真言密教に関心を抱かれたとのことですので、真言の延長で言霊を抵抗なく受け入れることが出来たのではないかと思います。

posted by 八千代合気会 at 14:34| お勧めの本

2015年09月09日

開祖の合気(11)

開祖は、「斯く打込んで来る敵に向かって、いつも自分の心に敵を包むやうな雄大な気持ちで対すれば、敵の動作を見抜く事が出来る。其の処で、それに合して右、或いは左に体をかはす事も出来る。又敵を自分の心に抱き込んだら、自分が天地より受けた処の道に敵を導く事が出来る」(『武道練習』)と教えられています。この文章は昭和8年(1933)のものですが、大正14年(1925)の黄金体と化す体験を踏まえて一段と工夫が進まれたことと思います。そして、神示を受けられた時にはどの方向を目指せば良いかがはっきりとされたのではないでしょうか。

「眞の武は武産の意義を明(あきらか)にするにあり」(武産合気の神示、『合氣道で悟る』p.44)
「稽古をば疑ふほどに工夫せよ 解(わか)りたるあとが悟りなりけり」(二刀流兵法問答)

それでは、『合気神髄』と『武産合氣』の中の合気に関連する言葉を順に拾い上げて、開祖の合気に対する理解を深めて行きましょう。
開祖の言葉は用語の定義が確かなので、自分の言葉でそれぞれの項目ごとに「合気の○○とは、つまり…である」というように概念化すると理解し易くなると思います。

1) 合気の起源
神示に「武産の武を、法座を以って使命付けられてゐるものは、汝一人以外に過去現在にない。この有難い使命を、精神を以って達成する様、努力を以って貫け」(『合氣道で悟る』p.34、43)とあります。この神示にある「精神」は「心を込めて」という意味ではなく「万有愛護の大精神」ということです。
「この至仁至愛の一大気の運化をもって合気の起源となす。ゆえに至仁至愛、万有愛護の大精神をもって合気とは名づくるものなり」(『合気神髄』pp.51-52)
「至仁至愛の一大気の運化は、また合気の起源であります」(『合気神髄』p.123)

多田宏先生の言葉の「対峙を超えた心から生じる大きな気の力」を「至仁至愛の一大気の力」「至仁至愛、万有愛護の大精神の力」に換えれば分かると思いますが、これが「過去現在(の武道界)にない」ところです。そして、これが開祖の合気の起源です。

「自己の愛の念力(念彼観音力)をもって相手を全部からみむすぶ」(『武産合氣』p.128)愛の働き(運化)が開祖の合気の起源(本)です。
「合気とは愛の力の本にして 愛はますます栄えゆくべし」という有名な道歌は、「合気とは愛が力の本にして 愛はますます栄えゆくべし」と読み替えると、「合気の起源」を詠ったものであることが分かります。

2) 合気の使命
「武とはすべての生成化育を守る愛である。でなければ合気道は真の武にはならぬ。…合気道の修行に志す人々は、心の眼を開いて合気によって神の至誠を実際に行うことである。…人を直すことではない。自己の心を直すことである。これが合気なのである。それはまた合気の使命であり、自己自身の使命でなければならぬ」(『合気神髄』pp.150-151)
「万有愛護の使命の達成を除いて、合気の使命は他にはありません」(『武産合氣』p.140)
「(スの)大神の御心(みこころ:愛)にかなう御経綸の武を生むのが合気の使命であります」(『合気神髄』p.73)

「正勝吾勝 御親心(みおやごころ)に合気して すくい活かすはおのが身魂ぞ」
吉祥丸二代道主が、「自己の人格形成を目指す求道でなければならぬ」とされた合気道で求める(数ある要素からなる)人格の第一は「万有愛護の心」を指しているようです。人が兼ね備えるべき智仁勇の三徳は「仁」を中心にということになります。

「愛」という言葉は日本語になりきっていないようです。“God is love”の“love”という英語も限定的な意味で使っているのではないでしょうか(Godを「神」ではなく、「救い主」「贖い主」と訳すと分かり易くなるでしょうか)。
マザー・テレサは、「愛の反対は憎しみではなく無関心です」と言っているので、関心を持つことが愛の行いになりますが、「すべての生成化育を守る愛」ということは関心を持って「育む」「慈しみ育てる(導く)」というような意味になるでしょうか。合気道の技であれば、相手を型に嵌めて制しようとせず、行きたい所に行かせるという無抵抗の技になると思います。
そのような技であれば、相手は心地よいと感じることでしょう。

3) 合気の根本の目的
「ただ強ければよい、負けなければよい、と力と力で争い、弱いもの小さいものをあなどり、それを乗り取ろうとする侵略主義になろうとしている、その魔を切り払い、地上天国建設精神にご奉公をするのが、合気の根本の目的なのであります」(『武産合氣』p.111)

相手も自分も心地よい稽古をすれば、その場がそのまま地上天国となり、道場を離れても隠すことのできない人格となって表われ、好感を持たれるようになることでしょう。

4) 合気の根源(合気の根元)
「伊邪那岐、伊邪那美の造化の結びの神の化身の現れである。無性(むしょう、魂、祭)と有性(うしょう、魄、政)の大原則ことごとく宇宙の営みの元を生み出した。それが合気の根元となる。つまり、古典の古事記の実行が合気である」(『合気神髄』p.19)
「この(草薙の神)剣こそ祭政一致の根源であって、武の現れである。合気の根源である」(『武産合氣』p.152)

この合気の根源は、「神人合一の結び」「祭(魂)政(魄)一致」「魂魄和合(後述の「合気の魂の円」の項参照)」ということのようです。「大東流の合気、合気道の合気」と言っている人の「合気道の合気」の元(根元)になっている概念、理合です。

5) 合気の原理(合気の理)
「植芝先生は、じゅんじゅんと私達に合気の原理を説明して下さる。『…真の武道には相手もない、敵もない。真の武道とは、宇宙そのものと一つになることなのです。宇宙の中心に帰一する( 自己の中心に吸収してしまう)ことなのです。…』」(『武産合氣』p.192)
「全人類を大きく和合包摂し、総合渾一化して神人一体(合気の理)を傷つけないようにするところに、宇宙や万物の無限の発展完成が約束されている」(『合気神髄』p.36)
「合気道を修行する者は、また万有万神の条理を武道に還元さすことが大切なこととなってくるのである。それは万有万神の条理から来る真象を眺めることである。真象を通して合気道の技は、合気の原理( 真象、結びによる神人一体、宇宙組織の魂のひびきを神習うての無限の力)を通して創造することが可能であるから、どんな微妙なる宇宙の変化にも、よく注意していなければならない」(『合気神髄』p.38)

「神人一体」「神人合一の結び」「宇宙そのものと一つになる」が合気の原理(理合)であるとのことです。
posted by 八千代合気会 at 14:50| 日記