2016年02月20日

古事記 現代語譯 古事記(10)

次に「島々の生成」に移ります。
「そこで天の神樣方の仰せで、イザナギの命・イザナミの命御二方に、「この漂つている國を整えてしつかりと作り固めよ」とて、りつぱな矛をお授けになつて仰せつけられました。それでこの御二方の神樣は天からの階段にお立ちになつて、その矛をさしおろして下の世界をかき𢌞され、海水を音を立ててかき𢌞して引きあげられた時に、矛の先から滴(したた)る海水が、積つて島となりました。これがオノゴロ島です」

前段までは天地開闢(かいびゃく)とか天地剖判(ぼうはん)とかいわれる部分でした。
「島々の生成」は、聖書では「神言たまひけるは 天の下の水は一處(ひとところ)に集りて 乾ける土顯(あらわる)べしと 即ち斯(かく)なりぬ」(創世記1章9節)に相当するといって良い部分です。

「整えてしつかりと作り固めよ」は「修理固成」で、古事記伝では「つくりかためなせ」と読んでいます。道文では音読みで「しゅうりこせい」です。
「合気道は『小戸の神業』で、ちょうど、那岐(なぎ)、那美(なみ)二尊が地球修理固成、すなわち伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)と高御産巣日(たかみむすび)、(神産巣日 (かみむすび)、この部分脱落 p.64参照)の神さまが化身されて地球修理固成された道なのです。…これを禊を通して導いていくのです」(『合気神髄』p.50)
「合気道は、真の日本武道であります。それは地球修理固成に神習いて、布斗麻邇(ふとまに)の御霊(みたま)から割れ別れし水、火をいただいて、研修のすえ出生する魂の気を、人類のうちに現わしていくことであります。すなわち合気道は『小戸の神業』をいただくのがもとであります。合気道は宇宙の大虚空の修理固成です。世の始まりの霊を生み出して、さらに進んで天地の修理固成、高御産巣日(たかみむすび)、神産巣日(かみむすび)の神、地球修理固成で伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)の神に化身いたしました。そして有性、無性を問わず、宇宙の営みの大元素を、ことごとく御生みなされたのであります」(『合気神髄』p.64)

修理固成の「修理」は、「壊れたり傷んだりした部分に手を加えて、再び使用できるようにすること、repair」ではなく、「手を加えて整えること、creation」です。それで「つくり」と読んでいます。聖書の「元始(はじめ)に神天地を創造(つくり)たまへり」(創世記1章1節)の「創造」に当たる言葉がこの「修理」です。
「固成」は「かためなせ」で、「完成させよ(成し遂げよ)」という意味です。

この修理固成の業は高御産巣日、神産巣日の神の業(産びの業)でもありました。
「(高御産巣日、神産巣日)二神は、至大天球一切をあまねく修理固成し、宇内(うだい)の系統を大成したまい、万有の根(こん、源<みなもと>)となるべきものを悉く産み出し給うなり」(『武産合氣』p.94)

「島々の生成」の部分では、高御産巣日、神産巣日の二神が伊邪那岐、伊邪那美の二尊に化身して(身を変えて)御業をなされているので、天地開闢と同様、右旋・左旋によってなされると受け止めると開祖の意味されるところが分かって来ます。「海水を音を立ててかき𢌞し」は古事記伝では「塩 コヲロ コヲロにかきなし」で、このコヲロコヲロ(コロコロ)という擬態語にその運動の様子が示されています。

道文の「小戸の神業」、「禊」については後に出てきますので、詳しくはそこで触れますが、宇宙と一体となって悉くを万有愛護の心(気)で満たすのが禊で、小戸の神業です。

「天からの階段」は古事記伝では「天浮橋(あまのうきはし)」で、開祖は、これを「アメノウキハシ」と読まれ、次のとおり言霊解を与えておられます。
「天(あめ)の浮橋(うきはし)についていえば『ア』は自ら、『メ』はめぐる。『アメ』は愛、アミ、アーメンにみな通じる。…『ウ』は浮にして縦をなし、『ハ』は橋にして横をなし、二つ結んで十字、ウキハシて縦横をなす。その浮橋に立たなして合気を産み出す。これを武産(たけむす)合気といいます」(『合気神髄』pp.128-129、p.151も同)
「最初は天の浮橋に立たされてというところから始めなければなりません。天の浮橋に立たされて、『ア』は自ら・・・、「メ」は巡ること。自ら巡るを天(あめ)という。水火を結んで火は水を動かし( 霊主体従:火<霊>によって水<身、体>を動かす)、水は火によって働く。それでこの理によって指導せねばなりません」(『合気神髄』pp.99-100)
「ア」は吾(あ)、即ち自(おのずか)らで、「メ」は巡るですから、天の浮橋に立つということは「すみきり」の状態で、正中線(中心軸)を縦にして、自分の心に相手を包むような平らかな(横)気持ちで立つのです。
「また合気道は天(あめ)の浮橋(うきはし)に立たねばなりません。…すなわち和の魂( 相手を包むような愛の気持ち)の錬成をするのであります」(『武産合氣』p.65)

合気神髄p.99の「水火を結んで火は水を動かし、水は火によって働く」は出口王仁三郎聖師からのものです。
「火は水の力に動き 水は火の力によりて流動するなり  何事も水のみにしてはならざらむ 火の助けこそ水を生かすも 火のみにていかで燃ゆべき 光るべき  水の力をかりて動くも 火と水の言霊これを火水(かみ)といひ また火水(ほし)と言ふ 宇宙の大道  水と火の言霊合して水火(しほ)となり 宇宙万有の水火(いき)となるなり  火と水は即ち火水(かみ)なり 水と火は即ち水火(しほ)なり  陰陽の活動 水と火の活用によりてフの霊(みたま、『霊界物語』13-1-1 及び73-1-6「フの言霊」参照)即ち力(ちから)あらはるるなり…火と水を塩梅(あんばい)なして世に出づる 伊都能売神(いづのめのかみ)の活動(はたらき)尊し…火と水の二つの神業ありてこそ 天地活動次ぎ次ぎ起る」(『霊界物語』73-1-12)

「火は水を動かし」と「水は火によって働く」は、技では「魂(火、霊、心)によって魄(水、体、身)を動かす」(『合気神髄』p.131)ということです。
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2016年02月11日

開祖の合気(17)

ところで、開祖が「気形の稽古と鍛錬法(稽古法 and 鍛錬法)」と言われているので、気形の鍛錬法と呼ばれるものが稽古法とは別にあるようです。私は、気形から連想して、これは「気の鍛錬」に分類されると思います。
気形の鍛錬法を道文の中から探すと、次の修法(鎮魂行法)がそれを指しているのではないかと思います。
「武道と神ながら( 武産の神示「愛の氣結び」)の道、これまでの武道はまだ充分それに達してはいなかった。なぜなら、今までが魄の時代であり、土台固めであったからです。すべて目に見える世界ばかり追うと今までのようなことになり、それではいつまでたっても争いが絶えない。目に見えざる世界(註 気形と同意、魂)を明らかにし、この世に平和をもたらす、それこそが真の武道の完成であります。修法は、指を(鎮魂印に)結び目をつぶって下さい。すべて心が定まってくると姿に変わって来る(イメージされるようになる)。深呼吸のつもりで魂で宇宙の妙精(清新の気というよりも愛の気)を集め、それを吸収する。…まず自分の腹中を眺め、宇宙の造り主(の愛の心、愛の気)に同化するようずーと頭に集め、造り主に聞く。すると気が昇って身中に火が燃え、霊気(神の愛の力)が満ちて来る」(『合気神髄』p.128)

気の鍛錬はメンタル面を強くするという意味(何ものにも何事にも動じない胆力を養うという意味)の精神力、気力の鍛錬ではなく、愛し慈しむ心、平安な心に関連した愛の気の鍛錬です。科学的にいえば脳波をミッドα波(α2、9〜11Hz)にする鍛錬のことを述べておられるようです。

この鎮魂行法は、白井亨の鍛錬法の内観法に当たるものだと思います。白井亨の場合、最初、水行(水垢離)によって心の鍛錬・気の鍛錬をしていましたが、体を壊してから内観法、軟酥の法に加え徳本行者に付いて南無阿弥陀仏の唱名(念仏行)も行っています。
開祖も水行や滝行もされましたが、鎮魂行法をされ、祝詞も上げられました。いずれも瞑想法に加えて声を出されたことが良かったのではなかったかと思います。

科学的に分かっていることは、「愛」「感謝の心」そして「笑い(笑顔)」などが脳波を安定させるそうです。また、このような丹田を意識した呼吸法(内観法)も、15〜30分位続けると脳波計でα2が観測されるようになることが知られています。
α2が出るとセロトニンの分泌が促進され、「相手が向かわない前に、こちらでその心を自己の自由にする。自己の中に吸収してしまう。つまり精神の引力の働きが進むのである。世界を一目に見るのである」(『合気神髄』p.15)という武道に欠かせない集中力が身に付く(ゾーンに入る)ようになるようです。「これを実践して、はじめて、宇宙の力が加わり、宇宙そのものに一致するのである」という状態になるようです。

開祖は、「私は人間を相手にしていないのです。誰を相手にしているのか、強いて言えば神様を相手にしているのです。人間を相手にしてつまらぬことをしたり言ったりするから、この世は上手く行かないのです」(『合氣道技法』p.262)と語られていますが、これは、神様や仏様(サムシング・グレートでも結構です)の存在を信じられる人にはよく分かると思いますが、鍛錬する上で欠かせない心掛けだと思います。脳波を乱さないため増上慢に陥らないために忘れてはならないことです。
相手より強くなろうという執着を捨て、神様が与えられたままの自分と向かい合うのです。そうすると感謝の念が湧いてきて、造り主と同じ万有を愛する気持ちが強くなって来ます。

気の鍛錬は、心と体に活気を与える気(エネルギー)を練る鍛錬です。気が流れるようになると血液の流れが良くなり、体の機能が高まります。心にやる気が湧いてきます。
また、このエネルギーは心(意識)によって導かれ、左右されます。正に「志は気の帥(すい)なり」(孟子 公孫丑上)です。万有愛護の心によって気を導き、気形の稽古によってそれを確かなものにして行きましょう。

このブログでは難しいことを書き連ねていますが、稽古では笑顔で心から楽しいなという気持ちを溢れさせて稽古したいと思います(稽古は常に愉快に実施するを要す)。
私の家族が癌になってから行った病院で笑顔共和国http://www.egao-kyowakoku.co.jp/index.htmlというものがあることを知りました。笑顔共和国憲法やスマイルトレーニングなどのメニューを是非ご覧下さい。「宇宙の気をととのえ、世界の平和をまもり」ということと「笑顔が、家庭内から始まり、社会へと自然に広がる」ということは、脳波で考えると同じことを言っていると思います。また、潜在意識は水面下で皆が繋がっているともいわれています。

八千代合気会の稽古は、皆さんが地上天国にいる気分を味わうものでありたいと願っています。また、気形の稽古に移るためにも、上級者は「そら動かないだろう」とか「それでは駄目です」とかいう相手を否定する言葉を使わず、気持ち良く受身を取って、「おっ、今のはイイネ」と言って後進を導きたいと思います。
もし、動かせない、容易に技に掛かってくれないような人に出会った時には、相手が上級者であれば、どうしたら出来るか、自分の技のどこをどう直すべきかを教えてもらえる絶好の機会だと思って尋ねると良いと思います。そうするとたちまち道場が地上天国に変わります。相手が下級者であれば、これも工夫をする機会、自分が稽古をさせて頂く絶好の機会が与えられたと受け取ることです。すべてそのように受け止めれば、この鍛錬が実りを迎えるようになると信じています。
posted by 八千代合気会 at 23:36| 日記