2017年01月11日

古事記 現代語譯 古事記(14)

「あなたのからだは、どんなふうにできていますか」とお尋ねになられている部分は身体の構造的な面からの解釈もあるでしょうが、言霊学では「成成不成合處一處在(成り成りて、成り合はざる処、一処あり)」を「鳴り鳴りて、鳴り合はざる声」とし、「成成而成餘處一處在(成り成りて、成り余れる処、一処あり)」を「鳴り鳴りて、鳴り余れる声」と解釈しています。それで、鳴り余れる声と鳴り合はざる声とを合わせて五十音、七十五声、無量無辺(万のものを表す)の音声を生むのが、島生み・神生みの業であるというのが言霊学の考えです。
出口王仁三郎聖師によれば、鳴り鳴りて鳴り合はざる声(アーといつまでも他の音に変化しない声)はア声で伊邪那美の命、鳴り鳴りて鳴り余れる声はウ声で伊邪那岐の命とされています。
「『古事記』三巻、其解釈法は高低深浅種々に分れて、十有二種にも達するが、最も高遠なる解釈法は、一部の言霊学書としての解釈である。伊邪那岐、伊邪那美二神が島を生み、国を生み、山川草木風雨等の神々を生むということも、そはただ表面の辞義であって、内実は五大母音(アイウエオ)の発生から、五十正音の発達を説き、更に語典、語則の綱要を説明して居るので、言わば一部の言霊学教科書なのである。
言霊学より岐美二神の働きを解すれば、伊邪那美の命は鳴り鳴りて鳴り合わざる声、即ち『ア』声である。又伊邪那岐の命は鳴り鳴りて鳴り余れる声、即『ウ』声である。岐美二神は、各々『ア』『ウ』の二声を分け持ちて、一切の声を産み出し玉うので、いやしく音韻学上の知識ある人は、一切の声音が此の二声を基本とすることは熟知する所である。二大基礎音が一たび増加して五大母音となり、二たび増加して五十正音となり、三たび増加して七十五音声となり、四たび増加して無量無辺の音声となり、同時に森羅万象一切は成立する」(『大本略義』理想の標準)
ウ声の場合、ウーと鳴り合はざる声にもなると思いますが、ウアでワ声に変じるので鳴り余れる(他の音に変化する)声としています。
「鳴々而(なりなりて)鳴合はざるはあの声ぞ 鳴余れるはうこゑなりけり  うあのこゑ正しく揃ひて結び合ひ 変転(はたらき)するは美斗能麻具波比(みとのまぐはひ)  うあの声結びてわ声に変化(はたら)くは 阿那邇夜志愛上袁登古袁(あなにやしえーをとこを)といふ」(『霊界物語』6-5-28)

それで、伊邪那美の命から声を出された時、アウとなって他の音声に変化しなかったので、伊邪那岐の命から声を出し直されてウアとして淡路のホノサワケの島をお生みになられています。
島生みはこの淡路のホノサワケの島が最初で、続いて伊豫の二名の島(いよのふたなのしま)を生まれますが、言霊学では淡路のホノサワケの島の言霊(ム声)が分かれて伊豫の二名の島の言霊(ミメモマの四声)になるというように、次々と島(言霊)が生み出されて行きます。
「淡道之穂之狭別島(あはみちのほのさわけじま)といふは 烏うゆ(む声)と結ぶ言霊  伊予之国二名島といふ意義は 母音む声(註 大本言霊学ではアオウエイを五大父音〈ふおん〉という)にい(声)を結び み声(伊予国愛比売)に変化し  むゑ結び め声(讃岐飯依比古)に変化し  むおを結び も声(阿波国大宜津比売)に変化し  むあを結び まごゑ(土佐国健依別)に変化す  この故に むごゑの父音( イヱオア)みめもまの 四声に変化を身一而(みひとつ) 面四有(おもよつあり)と称ふなり」(『霊界物語』6-5-28)

開祖は、ホノサワケが豊葦原の「中津國(高天原と黄泉の国の間にある国)」とされています。通常、中津国は日本の国土のことを指しますが、開祖は、「天の浮島」という表現をされ、天の浮橋と同じ意味で使われています。「合氣之母 常盛謹書」と書かれた「天之武産合氣業」図から、「天の村雲九鬼さむはら龍王(が示されたところ)之御道」で、ムスビによる「天之武産合氣業」をホノサワケとされていることが分かります。

天之武産合気業.jpg
posted by 八千代合気会 at 12:28| お勧めの本