2017年07月01日

ほんとうに危ないスポーツ脳振盪

古事記の解説を一度中断して、合気道の安全配慮に関する本を紹介します。
部活動などで夏合宿が始まる時期になりました。柔道事故の統計解析から、合宿の始めに下回生(下級生)が重大事故の犠牲になる確率が高いことが知られています。学生合気道や地域社会指導者研修会で、安全配慮の講義を聞いていると思いますが、この本も参考にして、事故ゼロを続けましょう。

この本の著者は谷諭(たに さとし)医師で、平成28年(2016) 8月に大修館書店から発行されました。
八千代合気会の指導員は地域社会指導者研修会の安全講習で「頭部外傷」と「熱中症」対策について学びましたが、脳振盪は頭部外傷に関連するものです。

著者は、東京慈恵会医科大学付属病院副院長、脳神経外科教授です。スポーツ活動中における頭部外傷、特に「脳振盪」についての権威で、脳神経外傷学会や臨床スポーツ医学会でご専門の脳神経外科領域で先頭を切ってこの問題を取り扱っておられる先生です。

「はじめに」には次のように述べられています。
「ラグビーや柔道で頭に衝撃を受ける、体操で高い所から落ちる、サッカーや野球、バスケットボールで勢いよくぶつかる、スキーやスノーボードで立ち木などに衝突する――。そのようなアクシデントで頭部にケガをすることを、頭部外傷といいます。
結果として頭の骨折や出血に至らない場合でも、衝撃によって脳が激しく揺さぶられると、脳の組織や血管が傷つく脳損傷や脳の活動に障害が出る脳振盪が起こります。
これまでスポーツ医学の世界では、頭のケガ、特に脳振盪に関してはブラックボックスのようなところがありました。それが近年、ようやく注目されるようになったのは、フィギュアスケートの羽生結弦選手の転倒による脳振盪(2014年)、大リーグ(MLB)の青木宣親選手の死球とフェンスへの激突による脳振盪(2015年)などが大きく取り上げられたということもあるでしょう。
それは以前にも、たとえば全日本柔道連盟(全柔連)が20年ほど前に事故に関する調査をしてデータをとりました。すると学校教育現場では、100名以上が命を落とすような頭のケガをしていたことがわかりました。
結局、それは大きく社会に公表されることはなかったようです。現在と比べ、昔はスポーツでのケガなどネガティブアスペクトは、見て見ぬふりをする傾向にあったのです。…しかし現在は、広くリスクを開示し、当然ながら事故に対して真摯に向き合わなければいけないという流れが出てきました」

『「脳振盪」といえば、単に「頭を打って気を失うことでしょう」と考えている人がたくさんいます(医師にもいます)。しかし、それだけでは「脳振盪」を正しく理解したことにはなりません。次のような5つの症状も含めて理解する必要があります』と書かれ、「脳振盪の5つの症状」について説明が加えられています。
1 意識を失う
2 健忘、記憶障害
3 頭痛
4 めまいやふらつき
5 性格の変化、認知障害

この本の目次は次に載っています。
http://www.taishukan.co.jp/book/b241789.html

この本を読むと、脳振盪を発症する機序(メカニズム)がよく分かり、その危険性を理解することが出来ます。
「本書のまとめ−10の提言」も役に立ちます。
 1 頭をぶつけなくても、脳のケガはある
 2 倒れた選手はすぐサイドラインへ
 3 血が出た場合の処置
 4 変な症状があったら脳振盪を疑う
 5 意識消失・健忘があったら病院へ
 6 打撲後は何度も頭痛や吐き気の確認をチェック
 7 帰宅後24時間は、1人にしない
 8 24時間は休み、症状がなくなってから段階的に復帰する
 9 いつまでも頭痛が続くなら、もう一度頭の検査を
 10 頭蓋内にケガを負ったら、競技復帰は原則禁止

2008年5月に起きた柔道の頭部外傷事故で、少年柔道教室の指導者に片襟体落としという技で投げられた小学校5年生の少年が遷延性意識障害(植物状態)を負いました。この事故は、被害者が頭を打っていないのに急性硬膜下血腫になったということと、民事裁判によって2億8千万円で和解した後、刑事裁判でも有罪判決が出たということで画期的なものでした。
「揺さぶられっ子症候群」もそうですが「加速損傷」ということで、頭を打たせていなくても脳の架橋静脈が破綻することに対する注意義務を果していなかったということです。
合気道でも、昭和57年(1982)頃に大学のサークル活動で新入の女子部員が単独で後ろ受身の練習をしていて、300回程繰り返した時に意識を失ったという事故が新聞に載りましたが、今にして思えば「加速損傷」によるものではないかと思います。

また、「脳振盪を何度も繰り返していくと、将来、慢性外傷性脳症といったカテゴリーに入る可能性が高いので、引退したほうがいいかもしれません」、「頭にケガをして急性硬膜下血腫を起こした人は、絶対に同じスポーツに復帰させはいけない」と警鐘を鳴らされています。セカンド・インパクト症候群(セカンド・インパクト・シンドローム)というものの怖さについて、http://sports-doctor93.com/second-impact-syndrome/などを参考にして下さい。

そのセカンド・インパクト症候群によるものだと思われますが、平成4年(1992)に大学の春合宿で次のような事故が起こっています。
http://repository.tokaigakuen-u.ac.jp/dspace/bitstream/11334/249/1/kiyo_hw011-012_03.pdf
「翌3月10日は、午前6時に起床し、午前6時20分から、準備運動の後に武器(杖)を使用した練習が午前7時20分ころまで行われた。その後、大学構内へ移動し、朝食後、午前10時30分から第2体育館で、日頃の練習と同じく、準備運動・受け身の練習後に、2人1組となって、入り身転換、両手持ち呼吸法、座技第1教及び第2教四方投げ、正面打ち入り身投げの順に、主将及び副将による演武を挟んで各練習が行われた。Aは、卒業生である合気道2段のB(分離前共同被告)と組み手相手となり、上述の順序に従って練習を行った。Bは、Aを相手にしたのは当日が初めてであったが、四方投げの最中にAの息が上がってきたため、同人に対し乱れた着衣を整えるように指示して休息をとらせ、再度四方投げの練習を続けた。Aは、主将である被告Tの号令により四方投げの練習を終え、正面打ち入り身投げの演武を見学した後に、再びBと正面打ち入り身投げの練習を開始した。そして、午前11時30分頃、AとBが互いに技を掛け合って練習し、Bの投げが通算して3ないし4セット目に入ったとき(投げが約10回目となったとき)、Aは意識が朦朧となり、立ち上がろうとするも立ち上がれない状態となった。そのため、部員らがAを体育館の板の間に移動させて約5分間様子をみていたが、同人の意識がなくなり、いびきをかき始め、頬を叩いて呼びかけても応答しない状態となった。そこで、Aは、直ちに部員らによって、松山赤十字病院、さらに、愛媛県立中央病院へ救急車で搬送され、緊急手術が行われた結果右側頭部に急性硬膜下血腫が認められ、それを除去するなどの処置が行われた。その後も、Aは集中治療室で治療を受けたが、3月16日には肺炎を、18日には多臓器不全を起こし、意識が回復しないまま、翌19日午後2時5分死亡した。
 なお、本件事故から約1年前である平成3年3月5日、合気道部の春合宿中に、同部員Hが、上級生の部員を相手に組み手練習をしていたところ、頭部を数回畳で打ち、急性硬膜下血腫の傷害を負って入院するという事故(以下「Hの事故」という)が発生している。また、昭和62年8月にも、当時1回生が3回生の部員に練習中に投げられ、脳内出血で1週間程入院する事故が発生している」
これは、私の出身合気道部で起こった事故で、直接、加害者から聞いたところでは、四方投げの時に頭を打っていたかもしれない、というものです。裁判では、「(Aが)いつ頭を打ったか分からなかった」と答えていますので、加害者が安全と考えていた軽い頭打ちはあっても硬膜下血腫を引き起こす(と思っている)ような強い頭打ちがあったとは認識していないという答弁であったようです。
最後の入身投げの時は、抵抗なく(受身も取らず)投げられた(倒れた)後、立ち上がろうとしたということなので、私は、セカンド・インパクト症候群による事故だと推測しています。

それを裏付けるようなことが判決で触れられています。
『また、判決は、「頭部を床畳に打ちつけるような危険な練習が伝統的、恒常的に行われていたかどうか」については、「合気道部においては、少なくとも、本件事故前において、練習中に下級生部員が頭部を床畳に打つことの危険性についての認識が甘かったといわざるを得ず、その結果、練習中に下級生部員が床畳に頭部を打つことが稀とはいえない状況にあったことが窺え、(中略)、右認識の甘さが本件事故発生の下地となったとの批判は免れ難く、・・・同部の指導的立場にあった関係者には強い反省が求められる」としているが、最終的には、諸般の事情を考慮して、「上級生らが故意又は重大な過失に基づき下級生の頭部を床畳に打ちつけるような危険な練習が伝統的、恒常的に行われていたとまでは認めるに足りない」としている』

この裁判の初審で、加害者は賠償金を支払うことで和解しています。主将も訴えられましたが、二審では将来がある身なので、ご遺族にお願いして外して頂きました。この論文の要約に「大学の課外クラブ活動においては高度の自主性が求められること、これに参加する学生は自主的判断能力・自立的行動能力が備わっていることから、個々の具体的なクラブ活動については、原則として学生が自らの判断で対処し、自分自身で責任を負うべきであり、大学は事故防止の直接的、具体的な安全配慮義務を負うものではない。こうした判例の考え方は、大学の課外クラブ活動の実態を考慮するならば、おおむね妥当なものと評価できる」と書かれていることは、大学(と顧問)の責任に対する判決の妥当性を論じています。

事故が起こってしまうと(起こしてしまうと)、命を失ったり重い後遺障害で、被害者だけでなく家族も大変な重荷を負います。事故前は和気藹々としていた部員や会員の間でも被害者のことを思う人と加害者を擁護する人に分かれ、乖離が生じます。
私も、先輩として時々、指導をしたことがあり、この春合宿には『合気ニュース』の事故事例を持参して、安全配慮を促すつもりで駆けつけましたが、合宿所に着いた時は事故を起こしてしまった後で、その時の何とも言えない気持ちを25年間引きずっています。
参考:「合気道における事故の研究」(合気ニュース80号と同一内容)
     https://www.jstage.jst.go.jp/article/budo1968/21/1/21_60/_pdf
    合気ニュース80号の抜粋 http://ameblo.jp/lomeon/entry-11525511018.html

私は、再発防止や予防のためには、過去の事故情報を共有すべきだと思います。文部科学省で情報をまとめたというような公的なものは発表されていませんが、次のサイトが参考になると思います。
学校リスク研究所 http://www.dadala.net/index.html
全国柔道事故被害者の会 http://judojiko.net/

「合気道は安全な武道です」と言えるためには、「安全配慮をすれば」という条件が付きます。この本に書かれているようなことを指導者が知っていることは勿論必要ですが、合気道の稽古方法が組み稽古なので、広く合気道の稽古をしている人が読んで、相手にケガをさせないような安全配慮をして頂きたいと思います。

参考(激突事故):事故防止、用心にまさるものなし https://note.mu/doushuppan/n/n2e138d52cbd4

posted by 八千代合気会 at 12:32| お勧めの本