2019年01月21日

合気道の創始−命名(5)

ここで、大東流でいう合気と合気道で使っている合気との違いをはっきりさせておいた方が良いかと思います。
ご自身富木謙治先生の系統の合気道をされていて、合気道の研究者でもある志々田文明先生が、2003年の博士論文で「合気の概念」についてまとめておられます。
『満洲国・建国大学に於ける武道教育 -- その実態と教育力』という論文のp.189に次のように書かれています。
「建国大学 武道教育」でネット検索すれば、「[PDF]満洲国・建国大学に於ける武道教育 - 早稲田大学リポジトリ」が見つかりますので、338頁ありますが、八千代合気会の会員も是非読んでみて下さい。

『2) 合気の概念
合気武道という名辞が他の武道と識別されるのは、「合気」という概念にある。ここではこの言葉について歴史的に考察する。合気という言葉は、日本の江戸時代の武術伝書、例えば1764年の起倒流柔術書「燈火(原文は灯火)問答」に見ることができる。 そこでは「あいき(相気)」を、技の攻防の際に相手と気節(原文は気筋)があって、戦うのに困難な状態になる意味で用いている。
「合気」という用語の使用は、1800年代の多くの武術伝書にも見いだすことができるが、これらの意味も「燈火(原文は灯火)問答」と同義である。こうした意味内容を転換させたのは1892年の「武道秘訣合気之術」であり、ここで合気の意味は武道の奥義であり「敵より一歩先んずる」こととしている。「先んずる」前提として「敵人読心の術」と「掛声の気合」が説明されているが、具体的内容については記していない。
大東流柔術において合気の意味をどのように定義付けていたかは現在ではあまり明確ではない。それは同流中興の祖武田惣角が、日本武術の秘密主義の伝統に従ってその内容を書物として残さなかったことによる。しかしながら、高弟の一人佐川子之吉は「合気をかける」としばしば1913年のノ−トに記しており、大東流柔術において合気という言葉や技法が大東流合気柔術改称以前から指導されていたことが知られる。合気という言葉のこうした不明確性が、大東流合気柔術教授代理・植芝の合気の解釈に曖昧さを生んだ。
しかし植芝流が大きくなるにつれて、植芝の門下生や後継者たちはその曖昧さを補うように合気道における合気という言葉に次のような解釈を行なった。つまり「合気」が気を合わせる文字の構成のために生まれた天地の気に合わせる道という解釈や、体験的悟境から生まれた自然の動きや動きのリズムに合わせるという「神人(原文は天人)合一」の解釈などである。』(pp.189-190)

この論文にあるように、武田惣角師以前の「合気」「相気」と大東流の「合気」は意味が違っています。私も大東流の合気については、後年、佐川幸義宗範によって定義付けがされるまで、定義が明確でなかったところが様々な解釈を生んでいるように思います。それで、一応、大東流の合気を「内部の働きで相手の力を抜いてしまい、相手を無力化する技術」(木村達雄著『透明な力』p.54、63)としておきたいと思います。

この「相手を無力化する技術」が、武田惣角師も修行した一刀流でいう「合気」と定義が違っていることから、一刀流と同じ時代に存在した武術ではなく、大東流は武田惣角師が明治になってから創った武術であると思います。一刀流の合気は次のように述べられています。

「第五項 合気
(一) 合打 敵と打合つてどうしても合打となって中々勝負がつきにくいことがある。われが面を打つと敵も面を打ち、敵が小手を打つにわれも小手を打ち、われ突に出ると敵も突いてくる。われが一尺進むと敵も一尺進み、われが五寸退くと敵も五寸退く、いつまでたつても合気となつて勝負がつかない。遂には無勝負か共倒れになることがある。これは曲合(拍子?)が五分と五分だからである。こんな時は合気をはずさなければならない。合気をはずすのには先ず攻防の調子を変えなければならない。(中略)
(二)  敵の太刀に逆らい出合に合気となるようなことがない留めの法がある。敵の打込む太刀の心を知つて、これに反撥せず快よく引受け、敵の力を誘いながら受留めると自然に敵の働らきの尽きる所がある。ここは合気をはずす塩合の所である。この塩合を味わうのには留を小さく留るのである。留を大きく留めると、合気をはずしてから次の転化に出るのに暇がかかって役に立たなくなり、そこにわが隙を生じ不利になる。(中略)
(三) 交わす 留めが利かない場合もあるから、その時には交わすことを法とする。敵が打出す強い太刀に逆らわず、われは斜に左右前後に体を交わし、少しも敵の太刀に拮抗せずそらしてやると、敵の力が強ければ強い程のめつて出るから、その隙をわれから楽に打取ることができる。このかわりぎわに敵の力を利用し、その行く方向にむけて敵の首にわが心の綱をかけて引摺り出し、その後ろから押しやると、なお更烈しくそれてゆくものである。(中略)
(四) 和而不同 敵の強い刀に逆らつてわれからも強く出で、敵の打を中途で強く受止めると兎角合気となって味がない。逆らい争うて勝つのは上乗の勝ではない。敵が望んで打つて来たらそれに和し育て敵の刀の行く方向にわれからも助勢し、その心意と太刀技とを力いつぱいに尽させて流してやると、われは聊(いささ)かの働らきにて大きく勝ち得るものである。これもまた敵の曲合の利をやわらかにわが懐にとりこむ所であり和して同ぜず平らかに勝つ所である。平らかに和して自ら勝つから兵法を平法といい、剣術を和術という。和する所が勝つ所であり、勝つてまた後によく和するのである。(後略)」(笹森順造著『一刀流極意』pp.587-589)

『燈火問答』は、『起倒流燈火問答』と題した本で、直接確認することは出来ませんでしたが、英語ではhttp://kishinjukujujutsufrance.blogspot.com/2017/12/normal-0-0-2-false-false-false-fr-ja-x.htmlに概略が載っています。

「There, "aiki" (相気) is used to refer to the difficult state of engaging in attack and defense when in the same kisetsu* as the opponent.
The use of "aiki" (合気) can be found in many martial arts writings of the 1800s, with the same meaning as in the Touka Mondou.**

* kisetsu 気節is a compound of "ki (気)", in this case meaning "feeling, intention", and "setsu (節)", which carries a sense of both "time/rhythm" and "joint/break". In this context, it refers to the ebb and flow of intention and timing between attack and defense. 気節が合う, then, is talking about both opponents engaging in attack, or both opponents engaging in defense, or matched in permutations thereof, creating a stalemate.

** This meaning of "aiki" matches with the one reference to 合気 found in Yagyu Shinkage-ryu, indeed, in a document dating to the early 1800, there it refers to a state of stalemate created by both opponents embodying 攻防一致, a unity of attack and defense.」

江戸時代には、「合気」と「相気」は同じ意味で使われていたことが分かります。「合気」が柳生新陰流で使われていたと注に書かれていますが、一刀流の間違いではないかと思います。
posted by 八千代合気会 at 10:04| 日記