2017年09月19日

古事記 現代語譯 古事記(16)

「天之武産合氣業」図は、常盛謹書となっていることから、常盛という号を使われていた昭和28年(1953)〜昭和36年(1961)に描かれたものであることが分かります。武産合気の神示は昭和17年(1942)に降されていますが、その前後の関連した道文を列挙します。
「ずーっと以前は、いろいろの人々の熱誠をこめたところの武道をば、私も教えを受けたのでありますが、昭和15年(1940)の12月14日、朝方2時頃に、急に妙な状態になりまして、禊(みそぎ)からあがって、その折に今まで習っていたところの技は、全部忘れてしまいました。あらためて先祖からの技をやらんならんことになりました。・・・それで、それによりまして体育を、この地球の修理固成『美(うる)わしき、この天地(あめつち)の御姿は、主(ぬし、スの神)の造りし一家なりけり』と、世界は一軒の家、けっして他人というものは一人もいない。一日もはやく最も幸福なるところの楽しさ(地上天国)の建設であります。これに行かねばならぬと思っております」(『合気神髄』pp.23-24)
「合気道は・・・。何故なら、神生み島生みから始まっているからであります。だから今迄の武道とは全然違うのです」(『武産合氣』pp.112-113)
「那岐(なぎ)、那美(なみ)二尊の島生み神生みに準じて、このありとあらゆるすべての霊の元、体の元を生みなして、完成されたるところのみ心、み振舞に基いて、武産合気は生れたのです。日本武道のはじめはここに基いています」(『武産合氣』pp.110-111)
「合気道は小戸(おど)の神業(かむわざ)であります。本当に日本の最初の仕組みのもとに禊をはじめ、すべて伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)の神様に神習うて鳥生み、神生み、すべて新しき天の運行を生み出していかなければなりません」(『合気神髄』p.23)

「先祖からの技」は「伊邪那岐、伊邪那美の神様の業(わざ)」であり、武産、結びの技ということが分かります。「小戸の神業」は後で『古事記』の「身禊の段」で触れますが、禊の技です。これに対して「岐美の神業」は結びの技です。
「我々が今やっていることは己れの肉身をもって、伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)の神に神習うて、地球、宇宙組織を営むところを神習うて、全部の立て直しのことに奉仕しなければならない、国家修斎の道である」(『合気神髄』p.139)

結びの技は、呼吸力(イキ・水火の力、気の力)による技とも言い換えることが出来ます。
「左は伊邪那岐(いざなぎ)(補足 にして霊)、右は伊邪那美(いざなみ)にして体、その本能によって( あるがままの真理によって)経綸が行われる。また伊邪那岐は火、伊邪那美は水、宇宙の気( 水火、イキ)をいざないならう」(『合気神髄』p.127)

「誘いならう」から「連行」という言葉が思い浮びます。呼吸力は「摩擦連行作用」を生じさせるものです。
「また、地球修理固成は気の仕組みである。(即ち)息陰陽水火の結びである。そして御名は伊邪那岐、伊邪那美の大神と顕現されて(右に舞い昇り左に舞い降りるみ振舞をされた)、その(それを)実行に移したのが合気、どんなことでも出来るようになってくる」(『合気神髄』pp.88-89)
「こうして合気妙用の導きに達すると、(古事記にあるように)御造化の御徳を得、呼吸が右に螺旋して舞い昇り、左に螺旋して舞い降り、水火(魂魄、霊と体)の結びを生ずる、摩擦連行作用を生ずる。・・・この摩擦連行作用を生じさすことができてこそ、合気の神髄を把握することができるのである」(『合気神髄』p.87)

天の村雲九鬼さむはら龍王の御道ですが、「この武道は、神サンから授かったお道やで、三ヵ月修行したら天下無敵になるんだ」(砂泊諴秀著『合氣道で悟る』p.46)と開祖が言われているように神示で降ろされたものです。その経緯は中西清雲氏が語っています。
合気の植芝を導き 言霊研究にも着手
中西夫妻が修法研鑽に明け暮れていたときに出会ったのが、合気道の開祖・植芝盛平だった。
その出会いは、茨城県岩間町に住んでいた大本教信者・赤沢善三郎という人物の仲介による。中西夫妻に心酔していた赤沢が、彼らの活動を植芝盛平に話したところ、植芝が非常に興味を持ち、昭和12年(1937)のある日、突然、東京・板橋の大山に住んでいた中西夫妻のもとに訪ねてきたのである。
ちなみに、植芝は大正9年(1920)に大本教に帰依し、大正13年(1924)には出口王仁三郎(おにさぶろう)の用心棒として王仁三郎と蒙古へ同行、パインタラ(中国名は内モンゴル自治区の通遼)で遭難し、あやうく救出される一幕もあった。帰国後、植芝は大本教団とは一線を画し、合気道の研鑽に努めていたのである。
植芝は中西夫妻に対して『合気( 原文は合気道。文の繋がりから流名ではなく神人合一・神の愛気という意の合気が正しいと思われる)という気の原理を開眼するために指導を受けたい』と申し入れてきたという。
そのころ、中西夫妻は『日高の法伝(ほうでん)』のために奈良の葛城山で参籠修行しなければならなかったが、それを一時延期して、植芝のために合気道に関係する神々を降ろして秘伝を教授した(武産合気の神示は天の村雲九鬼さむはら龍王のみ言として降ろされた)。また、古来の武具のいわれや合気と気合の相違など、いろいろ伝授したという。
その後、太平洋戦争となり、昭和16年(1941年12月)に赤沢が中西夫妻を岩間町に招聘、夫妻はその地で翌年から本格的に『古事記』(ここにいう『古事記』とは、神より特別に清雲に下賜されたもので、正式名称は『布斗麻邇古事記伝』といわれるものである)をベースにした言霊の解明に挺身することになる。この研究は単に書斎的なものではなく、法座(人間の理性では解決できないような問題があれば、それを担当する神々に降臨を願い、その方法や教示を得るために行う修法)を立てて霊的に順次調べて解明していくという、神秘主義的なアプローチの異色のものだった。
具体的には、清雲が神憑りになって『古事記』の一字一句を口述、光雲がそれを書記するのである。一回で2時間から3時間かかるが、それを毎日、3、4回も繰り返すのである。
『古事記』の解明のために清雲に神懸った担当の神は、常陸言代主命(ひたちことしろぬしのみこと)。その前身は、岩間の愛宕山の十三天狗のひとりであった。
『古事記』の言霊研究は、戦後の昭和23年(1948年、中西清雲のプロフィールでは昭和22年)まで続けられた。さらに各種の祝詞や大祓の言霊の解明なども行った」(月刊『ムー』「古神道を現代に甦らせる中西清雲」1997年4月号p.179)

八千代合気会の皆さんは、「合気の気の原理」について考えてみて下さい。

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2017年07月19日

古事記 現代語譯 古事記(15)

「淡道之穂之狭別島(あはみちのほのさわけじま)といふは 烏うゆ(む声)と結ぶ言霊」(『霊界物語』6-5-28)と出ていますが、「烏うゆ(む声)」は「淡道之穂之狭別島」の霊返し( たまかえし、言霊を約めること。例:フジの霊返しはヒなり)ではなかろうか、というのが大本の方のご意見でした。「烏(う)」と次の「う」は表記が違うので、王仁三郎聖師によると、最初のウと2番目のウは、違うウなのだそうです。この部分は「淡道之穂之狭別島」と称えると、「ウウユ」となり、最後は「ム声」になりますというような、「・・・になる」「至る」というのが自然で、「結ぶ」に近い表現かと思っています、と教えて下さっています。

「天之武産合氣業」図と同じ言霊で示されているのは、「スーウウウウユ−ム 淡道之穂之狭別(あわじのほのさわけ)の行という」(『武産合氣』p.89)です。
⦿(ス)からウが生まれ、ウウウユームと、最期に結ぶ言霊(ム声)に至って、このムスビによって島々の生成(産み出し)が行われるところが武産合気の技の産み出しと同じなので、開祖が取り上げられているようです。これらの言霊の意味は詳しくは分かりませんが、次の部分が参考になるかと思います。
「大虚空一点のヽ(ホチ)あらはれて スの言霊は生れ出でたり ・・・ 主の神の初声(うぶごゑ)にあれし言霊は 宇迦須美の神のウ声なりけり ・・・ 一さいの真中にまして万物の  根本にますスの言霊よ ・・・ むしわかし結び連ぬる活動は ムの言霊の活用なりけり  穏かに強き弱きを引きならす 功(いさおし)はユ声の言霊なるも ・・・ ワ行ウの生言霊は生み生みて 生みの果しを守らす神なり」(『霊界物語』73-1-6)
「ウ列は森羅万象の結びに居り
(中略)
ムームームーム ム結びの神業の鳴り鳴りて 今生(あ)れまさむ国魂の神
ユーユーユーユ ユ白雪よりも清らけき 畏き御子の生れます今日(けふ)はも」(『霊界物語』75-2-8)

恐らく簡略化したものだと思いますが、合気道新聞 第90、98、99、104号には「ウーユームー」「すーうーゆーむー」「すーぅーゆーむ」と書かれている箇所があります。
「言霊と云うのは宇宙組織のひびきのことをいうのであります。スーウーユームー、これをホノサワケの島というのです」(『合気神髄』p.29)
「合気は和と統一に結んでいくのである。・・・これは艮(うしとら)の金神の神の御教(みおし)え、そして小戸の神業で、真人養成の道である。ホノサワケの島。天の浮島( ホノサワケの島)というのは・・・自ら巡るというのが天の、浮島の方は・・・二つのものが水火結んでいく、霊界も顕界も一つにする。(天のは)アオウエイという天の御柱(みはしら)、(浮島は)スーウーユームー(と水火の結び) 合気は気の仕組み、魄と魂、魄は宇宙組織の魂の糸筋を磨いていく、魂に神習うていく己れの岩戸開きである。・・・いつも我々は気を通して魂を磨く。そして太古の昔に舞い戻って太古から立て直しをする」(『合気神髄』pp.140-141)

「天之武産合氣業」図には、吉祥丸二代道主が次のような解説を付けられています。
「開祖は、合気道という武道がそのように、心性的にはもっぱら「言霊」により「業」となって産み出されるものと解し、『古事記』にいうところの産霊(むすび)の思想にもとづいて「武産(たけむす)あいき」と称することを好んだ。「天之武産合気業」図において「ホノサワケ」なる語が見えるが、これは『古事記』の国産みと関連する「穂狭別(穂之狭別)」の意であり、要するに産霊をさす。また「合気之母」と自称する語が見えるが、これも産霊を念頭においての謂(いい)であろう」(『植芝盛平生誕百年 合気道開祖』p.11)

愛の言霊「ス」によって結び(相手を腹中に吸収し)、一体となって導く業(技)を産み出すことを武産合気といい、それを「天之武産合氣業」図に示されたのだと思います。

「むすび」について、安岡正篤著『日本の伝統精神:この国はいかに進むべきか』に次のように説明されています。
『しからば神むすびの神の本質・使命というものはどういうものであるか、という事になりますると、これは深い神道上の「神ながらの道」の問題でありますが、かいつまんで申しますと、いうまでもなくこれは「むすびの精神、むすびの道」の一つの代表であります。
「ムスビ」とは糸ヘンのあの結びという字を書き、これを古典に徴(ちょう)しますると、「霊を生む、魂を生む、産霊(むすび)」という字を当てはめたり、これを具象化して、鳥の巣を太陽が暖かく照らして、そこに卵が孵化(ふか)する。「産(う)む」という字と、鳥の「巣」という字と、太陽の「日」という字とを並べて「産巣日(むすび)」とも書いてある。
それらによってもわかりまするように、創造(クリエーション)即ち生命を生み、いろいろの力や業を作り上げてゆく働き、これを「ムスビ」というのであります。
今日の科学によっても明らかでありますように、孤立単独では何物も生まれませぬ。原子と原子とが結びつかなければ(核融合)それは大きな力にはならない。核分裂の原子力もあるではないかと言いますが、これは分裂の奥に融合があるから、分裂の力にもなるのであります。融合統一のない分裂はないのであります。
人間も如何なる英雄、偉人でも単独ではお産ができませぬので、どうしてもやっぱり「縁結び」といって男女が結ばれぬというとお産にはなりませぬ。釈迦も講師も、キリストもみな結ばれて出来た人間であります。
その結び、即ちいろいろの力、生命、徳というものが組み合わさって、新しい力、生命、徳を生んでゆく。その創造を意味する所の「結び」に二種の作用がある。それが「高御産巣日(たかみむすび)」と「神産巣日(かみむすび)」であります』

破壊の武でなく創造の武になると、きっと相手(受け)は「ある時期、私は不思議なことに気がついた。先生に近寄ったとたん、自分の心と体が何か透明な感じになる。そして先生に触れると、それはよりはっきりして、まるで自分と先生の心と体の境の区別が、無くなったような感じとなるのである。それは先生の修行で得られた、対峙を超えた心から生じる大きな気の力が、我々を包み込んだのであろう」(多田宏先生の感想)という気持ちになると思います。

天神楽(あめのかぐら)は「淡路之穂之狭別の行」とも呼ばれていました。開祖は、この時に「スーウウウウユ−ム」と言霊を発しながら舞われたようです(http://blog.goo.ne.jp/takemusu_001/e/a58814cef881d3cce9cbb77e4f9f7ad5参照)。

昭和42年(1967)4月9日に開祖の演武を拝見した時、最初に見せられた技が正面打ち入身投げでした。その時、開祖は、「スーウ〜ウ〜ウ〜ウ」と抑揚のある気合(言霊)を発せられ、360°転換して相手を導かれてから投げられました。今になってやっと、「ムスビ」をお示しになられたのだと感じます。
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2017年07月01日

ほんとうに危ないスポーツ脳振盪

古事記の解説を一度中断して、合気道の安全配慮に関する本を紹介します。
部活動などで夏合宿が始まる時期になりました。柔道事故の統計解析から、合宿の始めに下回生(下級生)が重大事故の犠牲になる確率が高いことが知られています。学生合気道や地域社会指導者研修会で、安全配慮の講義を聞いていると思いますが、この本も参考にして、事故ゼロを続けましょう。

この本の著者は谷諭(たに さとし)医師で、平成28年(2016) 8月に大修館書店から発行されました。
八千代合気会の指導員は地域社会指導者研修会の安全講習で「頭部外傷」と「熱中症」対策について学びましたが、脳振盪は頭部外傷に関連するものです。

著者は、東京慈恵会医科大学付属病院副院長、脳神経外科教授です。スポーツ活動中における頭部外傷、特に「脳振盪」についての権威で、脳神経外傷学会や臨床スポーツ医学会でご専門の脳神経外科領域で先頭を切ってこの問題を取り扱っておられる先生です。

「はじめに」には次のように述べられています。
「ラグビーや柔道で頭に衝撃を受ける、体操で高い所から落ちる、サッカーや野球、バスケットボールで勢いよくぶつかる、スキーやスノーボードで立ち木などに衝突する――。そのようなアクシデントで頭部にケガをすることを、頭部外傷といいます。
結果として頭の骨折や出血に至らない場合でも、衝撃によって脳が激しく揺さぶられると、脳の組織や血管が傷つく脳損傷や脳の活動に障害が出る脳振盪が起こります。
これまでスポーツ医学の世界では、頭のケガ、特に脳振盪に関してはブラックボックスのようなところがありました。それが近年、ようやく注目されるようになったのは、フィギュアスケートの羽生結弦選手の転倒による脳振盪(2014年)、大リーグ(MLB)の青木宣親選手の死球とフェンスへの激突による脳振盪(2015年)などが大きく取り上げられたということもあるでしょう。
それは以前にも、たとえば全日本柔道連盟(全柔連)が20年ほど前に事故に関する調査をしてデータをとりました。すると学校教育現場では、100名以上が命を落とすような頭のケガをしていたことがわかりました。
結局、それは大きく社会に公表されることはなかったようです。現在と比べ、昔はスポーツでのケガなどネガティブアスペクトは、見て見ぬふりをする傾向にあったのです。…しかし現在は、広くリスクを開示し、当然ながら事故に対して真摯に向き合わなければいけないという流れが出てきました」

『「脳振盪」といえば、単に「頭を打って気を失うことでしょう」と考えている人がたくさんいます(医師にもいます)。しかし、それだけでは「脳振盪」を正しく理解したことにはなりません。次のような5つの症状も含めて理解する必要があります』と書かれ、「脳振盪の5つの症状」について説明が加えられています。
1 意識を失う
2 健忘、記憶障害
3 頭痛
4 めまいやふらつき
5 性格の変化、認知障害

この本の目次は次に載っています。
http://www.taishukan.co.jp/book/b241789.html

この本を読むと、脳振盪を発症する機序(メカニズム)がよく分かり、その危険性を理解することが出来ます。
「本書のまとめ−10の提言」も役に立ちます。
 1 頭をぶつけなくても、脳のケガはある
 2 倒れた選手はすぐサイドラインへ
 3 血が出た場合の処置
 4 変な症状があったら脳振盪を疑う
 5 意識消失・健忘があったら病院へ
 6 打撲後は何度も頭痛や吐き気の確認をチェック
 7 帰宅後24時間は、1人にしない
 8 24時間は休み、症状がなくなってから段階的に復帰する
 9 いつまでも頭痛が続くなら、もう一度頭の検査を
 10 頭蓋内にケガを負ったら、競技復帰は原則禁止

2008年5月に起きた柔道の頭部外傷事故で、少年柔道教室の指導者に片襟体落としという技で投げられた小学校5年生の少年が遷延性意識障害(植物状態)を負いました。この事故は、被害者が頭を打っていないのに急性硬膜下血腫になったということと、民事裁判によって2億8千万円で和解した後、刑事裁判でも有罪判決が出たということで画期的なものでした。
「揺さぶられっ子症候群」もそうですが「加速損傷」ということで、頭を打たせていなくても脳の架橋静脈が破綻することに対する注意義務を果していなかったということです。
合気道でも、昭和57年(1982)頃に大学のサークル活動で新入の女子部員が単独で後ろ受身の練習をしていて、300回程繰り返した時に意識を失ったという事故が新聞に載りましたが、今にして思えば「加速損傷」によるものではないかと思います。

また、「脳振盪を何度も繰り返していくと、将来、慢性外傷性脳症といったカテゴリーに入る可能性が高いので、引退したほうがいいかもしれません」、「頭にケガをして急性硬膜下血腫を起こした人は、絶対に同じスポーツに復帰させはいけない」と警鐘を鳴らされています。セカンド・インパクト症候群(セカンド・インパクト・シンドローム)というものの怖さについて、http://sports-doctor93.com/second-impact-syndrome/などを参考にして下さい。

そのセカンド・インパクト症候群によるものだと思われますが、平成4年(1992)に大学の春合宿で次のような事故が起こっています。
http://repository.tokaigakuen-u.ac.jp/dspace/bitstream/11334/249/1/kiyo_hw011-012_03.pdf
「翌3月10日は、午前6時に起床し、午前6時20分から、準備運動の後に武器(杖)を使用した練習が午前7時20分ころまで行われた。その後、大学構内へ移動し、朝食後、午前10時30分から第2体育館で、日頃の練習と同じく、準備運動・受け身の練習後に、2人1組となって、入り身転換、両手持ち呼吸法、座技第1教及び第2教四方投げ、正面打ち入り身投げの順に、主将及び副将による演武を挟んで各練習が行われた。Aは、卒業生である合気道2段のB(分離前共同被告)と組み手相手となり、上述の順序に従って練習を行った。Bは、Aを相手にしたのは当日が初めてであったが、四方投げの最中にAの息が上がってきたため、同人に対し乱れた着衣を整えるように指示して休息をとらせ、再度四方投げの練習を続けた。Aは、主将である被告Tの号令により四方投げの練習を終え、正面打ち入り身投げの演武を見学した後に、再びBと正面打ち入り身投げの練習を開始した。そして、午前11時30分頃、AとBが互いに技を掛け合って練習し、Bの投げが通算して3ないし4セット目に入ったとき(投げが約10回目となったとき)、Aは意識が朦朧となり、立ち上がろうとするも立ち上がれない状態となった。そのため、部員らがAを体育館の板の間に移動させて約5分間様子をみていたが、同人の意識がなくなり、いびきをかき始め、頬を叩いて呼びかけても応答しない状態となった。そこで、Aは、直ちに部員らによって、松山赤十字病院、さらに、愛媛県立中央病院へ救急車で搬送され、緊急手術が行われた結果右側頭部に急性硬膜下血腫が認められ、それを除去するなどの処置が行われた。その後も、Aは集中治療室で治療を受けたが、3月16日には肺炎を、18日には多臓器不全を起こし、意識が回復しないまま、翌19日午後2時5分死亡した。
 なお、本件事故から約1年前である平成3年3月5日、合気道部の春合宿中に、同部員Hが、上級生の部員を相手に組み手練習をしていたところ、頭部を数回畳で打ち、急性硬膜下血腫の傷害を負って入院するという事故(以下「Hの事故」という)が発生している。また、昭和62年8月にも、当時1回生が3回生の部員に練習中に投げられ、脳内出血で1週間程入院する事故が発生している」
これは、私の出身合気道部で起こった事故で、直接、加害者から聞いたところでは、四方投げの時に頭を打っていたかもしれない、というものです。裁判では、「(Aが)いつ頭を打ったか分からなかった」と答えていますので、加害者が安全と考えていた軽い頭打ちはあっても硬膜下血腫を引き起こす(と思っている)ような強い頭打ちがあったとは認識していないという答弁であったようです。
最後の入身投げの時は、抵抗なく(受身も取らず)投げられた(倒れた)後、立ち上がろうとしたということなので、私は、セカンド・インパクト症候群による事故だと推測しています。

それを裏付けるようなことが判決で触れられています。
『また、判決は、「頭部を床畳に打ちつけるような危険な練習が伝統的、恒常的に行われていたかどうか」については、「合気道部においては、少なくとも、本件事故前において、練習中に下級生部員が頭部を床畳に打つことの危険性についての認識が甘かったといわざるを得ず、その結果、練習中に下級生部員が床畳に頭部を打つことが稀とはいえない状況にあったことが窺え、(中略)、右認識の甘さが本件事故発生の下地となったとの批判は免れ難く、・・・同部の指導的立場にあった関係者には強い反省が求められる」としているが、最終的には、諸般の事情を考慮して、「上級生らが故意又は重大な過失に基づき下級生の頭部を床畳に打ちつけるような危険な練習が伝統的、恒常的に行われていたとまでは認めるに足りない」としている』

この裁判の初審で、加害者は賠償金を支払うことで和解しています。主将も訴えられましたが、二審では将来がある身なので、ご遺族にお願いして外して頂きました。この論文の要約に「大学の課外クラブ活動においては高度の自主性が求められること、これに参加する学生は自主的判断能力・自立的行動能力が備わっていることから、個々の具体的なクラブ活動については、原則として学生が自らの判断で対処し、自分自身で責任を負うべきであり、大学は事故防止の直接的、具体的な安全配慮義務を負うものではない。こうした判例の考え方は、大学の課外クラブ活動の実態を考慮するならば、おおむね妥当なものと評価できる」と書かれていることは、大学(と顧問)の責任に対する判決の妥当性を論じています。

事故が起こってしまうと(起こしてしまうと)、命を失ったり重い後遺障害で、被害者だけでなく家族も大変な重荷を負います。事故前は和気藹々としていた部員や会員の間でも被害者のことを思う人と加害者を擁護する人に分かれ、乖離が生じます。
私も、先輩として時々、指導をしたことがあり、この春合宿には『合気ニュース』の事故事例を持参して、安全配慮を促すつもりで駆けつけましたが、合宿所に着いた時は事故を起こしてしまった後で、その時の何とも言えない気持ちを25年間引きずっています。
参考:「合気道における事故の研究」(合気ニュース80号と同一内容)
     https://www.jstage.jst.go.jp/article/budo1968/21/1/21_60/_pdf
    合気ニュース80号の抜粋 http://ameblo.jp/lomeon/entry-11525511018.html

私は、再発防止や予防のためには、過去の事故情報を共有すべきだと思います。文部科学省で情報をまとめたというような公的なものは発表されていませんが、次のサイトが参考になると思います。
学校リスク研究所 http://www.dadala.net/index.html
全国柔道事故被害者の会 http://judojiko.net/

「合気道は安全な武道です」と言えるためには、「安全配慮をすれば」という条件が付きます。この本に書かれているようなことを指導者が知っていることは勿論必要ですが、合気道の稽古方法が組み稽古なので、広く合気道の稽古をしている人が読んで、相手にケガをさせないような安全配慮をして頂きたいと思います。

参考(激突事故):事故防止、用心にまさるものなし https://note.mu/doushuppan/n/n2e138d52cbd4

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2017年01月11日

古事記 現代語譯 古事記(14)

「あなたのからだは、どんなふうにできていますか」とお尋ねになられている部分は身体の構造的な面からの解釈もあるでしょうが、言霊学では「成成不成合處一處在(成り成りて、成り合はざる処、一処あり)」を「鳴り鳴りて、鳴り合はざる声」とし、「成成而成餘處一處在(成り成りて、成り余れる処、一処あり)」を「鳴り鳴りて、鳴り余れる声」と解釈しています。それで、鳴り余れる声と鳴り合はざる声とを合わせて五十音、七十五声、無量無辺(万のものを表す)の音声を生むのが、島生み・神生みの業であるというのが言霊学の考えです。
出口王仁三郎聖師によれば、鳴り鳴りて鳴り合はざる声(アーといつまでも他の音に変化しない声)はア声で伊邪那美の命、鳴り鳴りて鳴り余れる声はウ声で伊邪那岐の命とされています。
「『古事記』三巻、其解釈法は高低深浅種々に分れて、十有二種にも達するが、最も高遠なる解釈法は、一部の言霊学書としての解釈である。伊邪那岐、伊邪那美二神が島を生み、国を生み、山川草木風雨等の神々を生むということも、そはただ表面の辞義であって、内実は五大母音(アイウエオ)の発生から、五十正音の発達を説き、更に語典、語則の綱要を説明して居るので、言わば一部の言霊学教科書なのである。
言霊学より岐美二神の働きを解すれば、伊邪那美の命は鳴り鳴りて鳴り合わざる声、即ち『ア』声である。又伊邪那岐の命は鳴り鳴りて鳴り余れる声、即『ウ』声である。岐美二神は、各々『ア』『ウ』の二声を分け持ちて、一切の声を産み出し玉うので、いやしく音韻学上の知識ある人は、一切の声音が此の二声を基本とすることは熟知する所である。二大基礎音が一たび増加して五大母音となり、二たび増加して五十正音となり、三たび増加して七十五音声となり、四たび増加して無量無辺の音声となり、同時に森羅万象一切は成立する」(『大本略義』理想の標準)
ウ声の場合、ウーと鳴り合はざる声にもなると思いますが、ウアでワ声に変じるので鳴り余れる(他の音に変化する)声としています。
「鳴々而(なりなりて)鳴合はざるはあの声ぞ 鳴余れるはうこゑなりけり  うあのこゑ正しく揃ひて結び合ひ 変転(はたらき)するは美斗能麻具波比(みとのまぐはひ)  うあの声結びてわ声に変化(はたら)くは 阿那邇夜志愛上袁登古袁(あなにやしえーをとこを)といふ」(『霊界物語』6-5-28)

それで、伊邪那美の命から声を出された時、アウとなって他の音声に変化しなかったので、伊邪那岐の命から声を出し直されてウアとして淡路のホノサワケの島をお生みになられています。
島生みはこの淡路のホノサワケの島が最初で、続いて伊豫の二名の島(いよのふたなのしま)を生まれますが、言霊学では淡路のホノサワケの島の言霊(ム声)が分かれて伊豫の二名の島の言霊(ミメモマの四声)になるというように、次々と島(言霊)が生み出されて行きます。
「淡道之穂之狭別島(あはみちのほのさわけじま)といふは 烏うゆ(む声)と結ぶ言霊  伊予之国二名島といふ意義は 母音む声(註 大本言霊学ではアオウエイを五大父音〈ふおん〉という)にい(声)を結び み声(伊予国愛比売)に変化し  むゑ結び め声(讃岐飯依比古)に変化し  むおを結び も声(阿波国大宜津比売)に変化し  むあを結び まごゑ(土佐国健依別)に変化す  この故に むごゑの父音( イヱオア)みめもまの 四声に変化を身一而(みひとつ) 面四有(おもよつあり)と称ふなり」(『霊界物語』6-5-28)

開祖は、ホノサワケが豊葦原の「中津國(高天原と黄泉の国の間にある国)」とされています。通常、中津国は日本の国土のことを指しますが、開祖は、「天の浮島」という表現をされ、天の浮橋と同じ意味で使われています。「合氣之母 常盛謹書」と書かれた「天之武産合氣業」図から、「天の村雲九鬼さむはら龍王(が示されたところ)之御道」で、ムスビによる「天之武産合氣業」をホノサワケとされていることが分かります。

天之武産合気業.jpg
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2016年04月20日

古事記 現代語譯 古事記(13)

次に続くのが、成婚の段です。
「その島にお降りになつて、大きな柱を立て、大きな御殿をお建てになりました。
そこでイザナギの命が、イザナミの女神に「あなたのからだは、どんなふうにできていますか」と、お尋ねになりましたので、「わたくしのからだは、できあがつて、でききらない所が一か所あります」とお答えになりました。そこでイザナギの命の仰せられるには「わたしのからだは、できあがつて、でき過ぎた所が一か所ある。だからわたしのでき過ぎた所をあなたのでききらない所にさして國を生み出そうと思うがどうだろう」と仰せられたので、イザナミの命が「それがいいでしよう」とお答えになりました。そこでイザナギの命が「そんならわたしとあなたが、この太い柱を𢌞りあつて、結婚をしよう」と仰せられてこのように約束して仰せられるには「あなたは右からお𢌞りなさい。わたしは左から𢌞つてあいましよう」と約束してお𢌞りになる時に、イザナミの命が先に「ほんとうにりつぱな青年ですね」といわれ、その後(あと)でイザナギの命が「ほんとうに美しいお孃さんですね」といわれました。それぞれ言い終つてから、その女神に「女が先に言つたのはよくない」とおつしやいましたが、しかし結婚をして、これによつて御子 水蛭子(ひるこ)をお生みになりました。この子はアシの船に乘せて流してしまいました。次に淡島(あわしま)をお生みになりました。これも御子(みこ)の數にははいりません。
かくて御二方で御相談になつて、「今わたしたちの生んだ子がよくない。これは天の神樣のところへ行つて申しあげよう」と仰せられて、御一緒に天に上(のぼ)つて天の神樣の仰せをお受けになりました。そこで天の神樣の御命令で鹿の肩の骨をやく占い方で占いをして仰せられるには、「それは女の方が先に物を言つたので良くなかつたのです。歸り降つて改めて言い直したがよい」と仰せられました。そういうわけで、また降つておいでになつて、またあの柱を前のようにお𢌞りになりました。今度はイザナギの命がまず「ほんとうに美しいお孃さんですね」とおつしやつて、後にイザナミの命が「ほんとうにりつぱな青年ですね」と仰せられました。かように言い終つて結婚をなさつて御子(みこ)の淡路(あわじ)のホノサワケの島をお生みになりました」

大きな柱は「天之御柱(あめのみはしら)」、大きな御殿は「八尋殿(やひろどの)」です。
合気道では、天之御柱は皆空(みなくう)の中心、自己の正中軸で、宇宙の中心と感得されるものです。八尋殿はムスビによって島生み、神生みを行われる建物で、武産合気の道場と理解して良いかと思います。道文に産屋とあるのも、この八尋殿から来ています。産屋はお産をするための小屋ですが、武産の武の場合、結び(産び)によって武を産み出す道場になります。合気道の産屋と固有名詞で呼ぶときは、合気神社の隣にある現在の茨城支部道場を指します。
したがって、これらは合気道の根本的な理合「結び」を示すものとして大変重要です。その理合が、天之御柱をイザナギの命が左から廻られ、イザナミの命が右から廻られた部分にも示されています。

開祖が古事記の営みによって合気道の理合や技法を説明されるのは、イエス・キリストが譬(たと)えによって教えや信仰のあり方について語っておられるのと同様、聞く者の理解力に応じて具体的で目に見えるように理解できるためだと思って下さい。
開祖の信仰が神道にあったからとかある特定の宗教にあったからと考えて理解しようとする眼を閉じてしまわないで、あるいは開祖が武道の秘密主義によって大切なことを隠されようとしているためだなどと諦めてしまわないことを願います。

「合気道の……〈ここでは結び〉とは、正に古事記の営みの……のようだ」と譬えられているのです。
「(古事記の)タカアマハラというは全大宇宙のことであります。宇宙の動きは、高御産巣日神、神産巣日神の右に舞い昇り左に舞い降りるみ振舞の摩擦作用の行為により日月星辰(じつげつせいしん)の現れがここに存し、宇宙全部の生命は整って来る。そしてすべての緩急が現れているのです」(『武産合氣』pp.77-78)
「こうして合気妙用の導きに達すると、(古事記にあるように)御造化の御徳を得、呼吸が右に螺旋して舞い昇り、左に螺旋して舞い降り、水火(魂魄、霊と体)の結びを生ずる、摩擦連行作用を生ずる。…この摩擦連行作用を生じさすことができてこそ、合気の神髄を把握することができるのである」(『合気神髄』p.87)
「また、地球修理固成は気の仕組みである。(即ち)息陰陽水火の結びである。そして御名は伊邪那岐、伊邪那美の大神と顕現されて(右に舞い昇り左に舞い降りるみ振舞をされた)、その(それを)実行に移したのが合気、どんなことでも出来るようになってくる」(『合気神髄』pp.88-89)

この結びは、手と手が触れる接触点や自分の臍と相手の臍とを結ぶ中間点で出来るものではなく、宇宙の中心、皆空の中心、自己の正中軸、即ち天之御柱を右旋して舞い昇る相手の気と左旋して舞い降る自分(宇宙)の気との摩擦作用( 包容同化といってもよい)によって生じるものです。相手の攻撃は、後ろ足で地を蹴って、その反発力を手(剣先、拳先)に伝えようとして上昇して来ます。それを受入れながら同時に相手を皆空の中心(腹中)に吸収する(結ぶ)と下降の気となって、これに相手が導かれ(連行され)下に倒れます。

八千代合気会の皆さんにはこれだけの説明で分かると思いますが、直ぐに分からなくても結構です。分からないなりに、ここから得られるイメージを大切にして、摩擦連行作用とは何だろうかと考え、こうだろうかと工夫を重ねて下さい。
そのイメージ作りのために、なぜ右旋が昇りで左旋が降りになるのかということについて図示しながら説明を加えます。

私が古神道を学んだ時に講師の先生から、気は右回りに昇って、左回りに降る、と教えてられました。開祖の話とぴったり一致しているので、その先生に、気が見えるのですか、と不思議に思ってお尋ねしたら、昇り龍、降り龍もそのように彫られているという答でした。また、樹木は右回りに上に伸び、雷は左回りに落ちるとも言われましたが、昇り龍・降り龍は必ずしもそのように彫られていないようです。植生も朝顔は上から見て左巻きです。
それで、これは古神道の解釈だと思い至りました。
右旋・左旋と上昇・下降の関係は古神道では常識のようで、『古神道入門』などを著わされている小林美元先生が「地の気は陰の気であり、天の気は陽の気である」、「地の気は時計回り(上から見て右回り)で上昇し、天の気は時計と逆回り(上から見て左回り)で下降するエネルギーである」と教えられています。
古神道の右旋が上昇で、左旋が下降というのは、陰陽五行説からではないかと思われます。

古事記の成婚は天之御柱を廻って行われましたが、平成26年(2014)に高円宮家の次女典子さまと、出雲大社権宮司の千家国麿さんがご結婚された時も天之御柱の周りを国麿さんは左回りに典子さまは右回りに廻られました。

この報道記事に基づいて右旋・左旋のイメージを絵にしたものが次の図です。右旋しながら上昇して、左旋しながら下降するとしたら図のような螺旋階段を昇降することになります。昇り龍も写真のものは右旋です。
気の交流1.jpg


このように陰の気は右旋して上昇し、陽となり、陽の気は左旋して下降し、陰となるということを、開祖が合気道の結びの説明に用いられています。
気功で、右回りの気はエネルギーの集中を左回りの気はエネルギーの開放を意味しているそうです。多田宏先生が開祖から受けられた印象のとおりではないでしょうか。
「ある時期、私(多田先生)は不思議なことに気がついた。先生(開祖)に近寄ったとたん、自分の心と体が何か透明な感じになる。そして先生に触れると、それはよりはっきりして、まるで自分と先生の心と体の境の区別が、無くなったような感じとなるのである。それは先生の修行で得られた、対峙を超えた心から生じる大きな気の力が、我々を包み込んだのであろう」

開祖が「スミキリ」と言われたりするのも、この回旋のイメージをお持ちだからと思います。
「腹中に吸収して」と言われるものは、左半身で入身すると相手が右回りに腹中に入ってきて、それを迎えて一体になって左回りに技を施すと摩擦連行作用によって相手が導かれて倒れるということかと思います。
この時、表層筋の動きだけに気を用いると上手く行かないと思います。脊柱にその名も回旋筋(深層筋)というものが付いていますが、深層筋から動くということも必要だと思います。この時の構えや足運びは「うぶすな(産土。「うぶす」は誤り)の社の構え」(『合気神髄』pp.69-70)で、この記述とも一致します。
この辺りまで考えを及ぼすと、開祖が古事記の営みで説かれるところは奥が深いと思います。各々の理解に応じてという所以かと思われます。

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2016年03月31日

古事記 現代語譯 古事記(12)

「天地の為に心を立つ、生民の為に命を立つ、往聖(去聖)の為に絶学を継ぐ、万世の為に太平を開く」という北宋の儒家 張横渠(ちょう おうきょ)の言葉がありますが、「去聖のために絶学を継ぐ」ということが出来るので、開祖は、疑いもなく直弟子ではない我々後世のために幾重にも重なる言葉で教えを遺されていると心得て、理解に努めたいと思います。
「なぜこのわしの教えることを筆記しようとしないのだ。油断するな。君ら内弟子たる者が身近におって、このわしの話や教えというものを書き残し、記録しなければ、将来と後世にこの植芝の教えや心というものを誰が伝えるのだ! これからは努めて記録するように。それが必ず君らの修業の糧となるであろう。そして、君たちにおいては武術の修業ばかりでなく、油断なく古今の聖賢の教えを尋ね、努めて心の修業と養成を自己の成長に課すことが大切である」(『伝承のともしび』pp.131-132)

そうするためには、開祖のように直接内流や間接内流を受け、稽古の中で想像力を働かせ、工夫して行くことだと思います。
直接内流とは、アウグスト・ケクレ(有機化学者)が1匹の蛇が自身の尻尾に噛み付きながら回っている夢を見てベンゼンの環状構造を思いついたとのと同じように、夢やひらめき(直感や霊感)を受けることです。
間接内流とは、アイザック・ニュートン(物理学者、数学者、自然哲学者)がリンゴの木から実が落ちるのを見て万有引力の法則を思いついたように、何かを見たり読んだり、或いは人の話などからヒントを得ることです。
科学的なアプローチをするのであれば、「仮説を立てて検証する」を繰り返すことでしょうか。
「例えば、天地の真象をよく見て、自らこの真象によって悟る。悟ったらすぐに行う。行ったらすぐに反省し、という具合に順序をたてて、悟っては反省し、行っては反省するというようにして、だんだん向上していただきたい」(『合気神髄』pp.164-165)

開祖が古事記や宗教の教えからイメージを膨らませて天の浮橋に立つという概念を形作られているので、この部分は我々もイメージを膨らませて自分のものにすることが肝要です。
「故に正覚にて自己の思ふままに天地 春夏秋冬 万有を利用し、又 万有の真性 姿態 言行も見直し、聞直し、清く善美に武技に直して達行する事を得、又 天地人和合のつるぎ(祭政一致の両刃の天の叢雲の神剣)と現はれ、自己の想ふままに自己を清練なすにあり」(昭和13年刊『武道』序文)

「オノゴロ島」は古事記の表記が「淤能碁呂嶋」で、古事記伝で「おのごろしま」と振り仮名が付いているものです。「自(おの)ずから(自然と)凝り固まってできた島」の意味なので、「自凝島とも表記されています。日本書紀では「磤馭慮島(おのころじま)」なので、「おのころじま」「おのころしま」という読み方もあります。
霊界物語では「自転倒嶋」又は「自転倒島」という字が当てられていて「日本」のことだとしています。
「それゆゑ日本国は、地球の艮(うしとら)に位置して神聖犯すべからざる土地なのである。もと黄金(きん)の円柱が、宇宙の真中に立つてゐた位置も日本国であつたが、それ(竜体)が、東北から、西南に向けて倒れた。この(竜の形をした)島を自転倒嶋(おのころじま)といふのは、自(おのづか)ら転げてできた島といふ意味である」(『霊界物語』1-3-21)
「いよいよ本巻より、古称自転倒島(おのころじま)すなはち現代の日本国内における、太古の霊界物語となりました」(『霊界物語』16-0-1)

道文では「おのころしま」又は「おのころじま」と読まれ、「地球」と括弧書きがされています。川面凡児(神道家)が「自転(おのころ)島」と書き、球形にして自転をなす地球と捉えていたのと同じです。武道においては大地(地球)の上に真っ直ぐ立つということの重要性から、開祖は、おのころ島を日本ではなく地球とされたと思います。
「それで自分がみそぎのため、音声を言葉を、つまり自分の心のひびき、五音五感五行五元五臓五体の順序に、自己の魂の緒の動きは悉く宇宙にひびきつらぬき、又天地、オノコロ島(地球)にひびき、すべての国々、すべての万有万神にも自分の魂より発する処の言語も又、その魂の糸筋(魂の緒)のむすびによって、悉く人の思う通りに世界に通じることになる」(『武産合氣』pp.183-184)
「右足をもう一度、国之常立神(くにのとこたちのかみ)の観念にて踏む、右足は、淤能碁呂島(おのころしま)、自転公転の大中心はこの右足であります」(『合気神髄』pp.69-70)
「一切の力は気より、気は空に結んでありのままに見よ。箱に中に入れるな( 目に見える体の中にだけ留まると思うな)。気は(体外にも出ていて)いながらにして淤能碁呂島(おのころじま)を一のみに出来る。気の自由を第一に悟れ。気の流れを知りつくせ」(『合気神髄』p.131) 

高天原(タカアマハラ)と淤能碁呂(オノコロ)の母音に着目したのは日月神示の岡本天明が最初のようですが、これらを天明に倣ってアイウエオ(天火結水地)に当てはめると全体像が分かって来ます。
 ア(天)−高天原(宇宙) TA-KA-A-MA-HA-RA
 イ(火)−天に近いもの(陽、魂、霊)
 ウ(結)−産す MU-SU
 エ(水)−地に近いもの(陰、魄、体)
 オ(地)−淤能碁呂(地球) O-NO-KO-RO

そして天の浮橋 A-ME-NO-U-KI-HA-SHI を見ると天火結水地の母音(A I U E O)をすべて含み、開祖によるここまでの説明はありませんが、「天地の和合を素直に受けたたとえ、これが天の浮橋であります。片寄りがない分です」(『合気神髄』p.69)という道文の理解の助けになると思います。 
「天の浮橋とは、火と水の十字の姿である」(『武産合氣』p.48)
「天地の精魂凝りて 十字道 世界和楽の むすぶ浮橋」
「天の浮橋、舞い上がり舞い下がるところの気を動かすことが肝要であります。地球の動きでもそう。天運循環して、ここにはじめて教えの中心があるのであります」(『合気神髄』p.28) 
「いづとみづ 十(あいき)と生りし黄金橋 富士(火)と鳴門(水)の仕組なるかな」
「そして天の浮橋にたたされたならば、全大宇宙と自分というものは別のものではなく、一つになっている」(『武産合氣』p.102)

これで、この段の古事記の営み(古事記に書かれている宇宙の営み、運化、経綸)は「右旋・左旋運動(循環運行、天運循環、すみきり、自転・公転)」であることが分かったと思います。
開祖は、稽古の前に杖(じょう)を持って神楽舞を舞われました。それは天神楽(あめのかぐら)といわれているとおり、天の浮橋に立って「塩コヲロコヲロにかきなし」という所作を含むものです。この営み(動き)の共通性が開祖の天地と一体、神人合一を導き出すものになっています。それだけ、この部分の古事記の営みは合気道にとって重要なものです。
「私たちは顕(けん)、幽(ゆう)、神(しん)の三界にわたって、これを守り、行じてゆく責任があります。神楽舞の始め(start)は『天(あめ)の浮橋(うきはし)に立たして(お立ちになって)』という。水火のむすびであります」(『武産合氣』p.187)
開祖は、天神楽を舞われることにより、水火のむすびの状態になられてから稽古に入られたと聞いています。
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2016年03月11日

古事記 現代語譯 古事記(11)

水は横に流れ、火は縦に燃え上がる性質を持っているとするのが大多数の言霊学者の考えですが、大本教はこれと逆です。天の浮橋に立つという開祖の教えは、水(体、身)を縦にし火(霊、心)を横にするということで、大変重要なものですが、開祖も大本に行かれなければこの発想は出て来なかったのではないかと思います。
「スの言霊は鳴り鳴りて、遂に大宇宙間に火と水との物質を生み給ふ。そもそも一切の霊魂物質は何れもスの言霊の生むところなり。しかして火の性質は横に流れ、水の性質は縦に流るるものなり。故に火は水の(補足 縦に伸びる)力によりて縦にのぼり、また水は火の横の力( 横に伸びる力)によりて横に流る。昔の言霊学者(げんれいがくしゃ)は火は縦にして、水は横なりと言へれども、その根元に至りてはしからず、火も水なければ燃ゆる能はず光る能はず、水もまた火の力添はざれば流動する能はず、遂に凝り固まりて氷柱(ひょうちゅう)となるものなり。冬の日の氷は火の気の去りし水の本質なり、この理によりて水は縦に活用をなし、火は横に動くものなる事を知るべし」(『霊界物語』73-1-12)

この考えは、山口志道の水穂伝からのものです。
「息(いき)胞衣(えな)の内に初(はじめ)て吹(ふく)を号(なつけ)て、天浮橋(アメノウキハシ)といふ。言(いふ)心は、アは自(おのつから)と云ことなり。メは回(めぐる)ことなり。ウキはウキ・ウクと活用(はたらき)、ハシはハシ・ハスと活用(はたらく)詞(ことば)にて、ウは水にして竪(たて)をなし、則 sp-018-16.gif(ウキ)なり。ハは火にして横をなす、則、sp-019-16.gif(ハシ)なり」(『水穂伝』火之巻一)
これらの記号は「布斗麻邇御灵(ふとまにのみたま、御灵は御霊)」の図にあるもので、山口志道が荷田訓之から伝えられた「稲荷古伝」の形を用いてその意味を解いたものです(http://kotodamart.eco.coocan.jp/mizuhonote02.htm参照)。

なお、霊界物語の次の箇所(下線部)は間違っているようです。大本教の霊界物語に詳しい方に確認しましたが、どうして違っているかは分からないとのことです。
「イザナギの命の御名義は、大本言霊(おほもとことたま)即ち体( 本体、本質)より解釈する時は、イは気(いき)なり、ザは誘(さそ)ふなり、ナは双(ならぶ)ことなり、ギは火にして即ち日の神、陽神なり。イザナミのミは水にして陰神なり、いはゆる気誘双神(いざなみのかみ)と云ふ御名であつて、天地の陰陽双びて運(めぐ)り、人の息双びて出入の呼吸(いき)をなす、故に呼吸(いき)は両神在(いま)すの宮である。息(いき)胞衣(えな)の内に初めて吹くを号(なづ)けて天浮橋(あめのうきはし)と云ふ。その意義はアは自(おのづか)らと曰(い)ふこと、メは回(めぐ)ることである。ウキはウキ、ウクと活用(はたら)き、ハシはハシ、ハスと活用(はたら)く詞(ことば)である。ウは水にしてsp-018-16.gif(うき)也。ハは(ママ、火の間違い)にして横をなす、即ちsp-019-16.gif(はし)である」(『霊界物語』10-2-27)

古事記などにある那岐・那美二尊が天の浮橋の上に立って島生み、神生みの修理固成の業をなされたように、開祖は、合気道においても最初に天の浮橋に立たねばならないと教えられています。そこから生まれてくるものが武産合気( ムスビによる武技で、それにより技がどんどん産み出される武道)になるからです。
「この道は、天の浮橋に最初に立たなければならないのです。天の浮橋に立たねば合気は出て来ないのであります」(『合気神髄』p.26)
「この合気も、また天の浮橋に立ちまして、そこから、ものが生まれてくる。これを武産合気といいます。「オ」の言霊(『霊界物語』6-5-28 立花の小戸のあはぎが原に鳴る おこゑ を天の浮橋といふ)、「ウ」の言霊、これは天の浮橋・・・。言霊とはひびきですから、宇宙のひびきをことごとく身の内に受け止めるのです。それで霊界をこの人の鏡に映しとる」(『合気神髄』p.27)
「オ」の言霊( 下に大地に降ってオの言霊が生まれる)は地ですから大地に真っ直ぐ立つこと、「ウ」の言霊は結ぶ(宇宙のひびきをことごとく身の内に受け止める)ことと理解して良いと思います。

この天の浮橋に立つということは2012年10月2日〜2014年4月23日のブログにまとめてありますが、概念的には空間と時間(宇宙。宇:空間、宙:時間)の中心に立つことです。開祖が「私の真の姿を認めてくれたのは、五井先生と出口王仁三郎聖師だけだ」とおっしゃられた白光真宏会の五井昌久先生は、天の浮橋に立つということについて「タテ、ヨコ十字交差の真中に立つ、ということですよ」と言われ、「この言葉はピッタリあてはまらないのだけれど、無限次元の中心というところかな」と言われたそうですが、そのとおりだと思います(http://www1.vecceed.ne.jp/~kyusei/sub47.htm)。三次元の空間だけでなく、過去・現在・未来の中心にも立つのです。
想念(自己の思い)の世界でのことだと思いますので、これは何だろうというところから始めて、技の中で工夫して行けばと思います。
「我々は魂の気の養成と、また、立て直しをしなければなりません。合気は宇宙組織を我が体内に造りあげていくのです。宇宙組織をことごとく自己の内に吸収し、結ぶ。そして世界中の心と結んでいくのであります。仲よく和と統一に結んでいくのです。…すべては結びでやる。それでないと本当の強さは出てきません。それでないと皆さんの稽古が無駄になってしまうのです。
それには合気道は天地の合気、神武以前の天と地を結んでしまうのであります。声なき声をもって、魂の気を組織しなければいけません。天の浮橋、舞い上がり舞い下がるところの気を動かすことが肝要であります。地球の動きでもそう。天運循環して、ここにはじめて教えの中心があるのであります。
その中心はどこにあるかといえば、自己にあるのです。智恵正覚を満天に豊満して、本当の力をもって一飲みにしてかからなければ本当の合気は難しいのです」(『合気神髄』pp.28-29)
「合気の仕儀は、宇宙の気、淤能碁呂島の気、森羅万象の気を貫いて、息吹して、そしてこの三界を守り、かつは大地の息に己の息を合わし、息において生み出す。言霊の妙用の息を私の行によって悟ってともに。気のみわざ 魂(たま)の鎮(しず)めや禊技(みそぎわざ) 導きたまえ 天地(あめつち)の神」 (『合気神髄』p.92) 
「天の浮橋に立った折には、自分の想念を天にも偏せず、地にも執(つ)かず、天と地との真中に立って大神様のみ心にむすぶ信念むすびによって進まなければなりません。そうしませんと天と地との緒結び、自分と宇宙との緒結びは出来ないのであります」(『武産合氣』p.72)

空間だけでなく時間ともなるとなかなか概念がまとまらないかもしれませんが、量子力学的な捉え方をして波動とか波動エネルギーで考えれば、空間・時間の中心と広がりを持った空間・時間との連続性が理解しやすくなるのではないかと思います。

「大地に真っ直ぐ立つ」ということについては、俳優の榎木孝明さんがオーラの泉で「正中の理」を説明されているので参考になると思います。[古武術]の所を見て下さい。
http://aura.happylife7.com/a/8b.html
また、次の「正中線とは何か?」ももう少し進んだ人のためになると思います。
https://www.youtube.com/watch?v=7CyqGrvKo8I(正中線とは何か?正中線の正体とは)
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2016年02月20日

古事記 現代語譯 古事記(10)

次に「島々の生成」に移ります。
「そこで天の神樣方の仰せで、イザナギの命・イザナミの命御二方に、「この漂つている國を整えてしつかりと作り固めよ」とて、りつぱな矛をお授けになつて仰せつけられました。それでこの御二方の神樣は天からの階段にお立ちになつて、その矛をさしおろして下の世界をかき𢌞され、海水を音を立ててかき𢌞して引きあげられた時に、矛の先から滴(したた)る海水が、積つて島となりました。これがオノゴロ島です」

前段までは天地開闢(かいびゃく)とか天地剖判(ぼうはん)とかいわれる部分でした。
「島々の生成」は、聖書では「神言たまひけるは 天の下の水は一處(ひとところ)に集りて 乾ける土顯(あらわる)べしと 即ち斯(かく)なりぬ」(創世記1章9節)に相当するといって良い部分です。

「整えてしつかりと作り固めよ」は「修理固成」で、古事記伝では「つくりかためなせ」と読んでいます。道文では音読みで「しゅうりこせい」です。
「合気道は『小戸の神業』で、ちょうど、那岐(なぎ)、那美(なみ)二尊が地球修理固成、すなわち伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)と高御産巣日(たかみむすび)、(神産巣日 (かみむすび)、この部分脱落 p.64参照)の神さまが化身されて地球修理固成された道なのです。…これを禊を通して導いていくのです」(『合気神髄』p.50)
「合気道は、真の日本武道であります。それは地球修理固成に神習いて、布斗麻邇(ふとまに)の御霊(みたま)から割れ別れし水、火をいただいて、研修のすえ出生する魂の気を、人類のうちに現わしていくことであります。すなわち合気道は『小戸の神業』をいただくのがもとであります。合気道は宇宙の大虚空の修理固成です。世の始まりの霊を生み出して、さらに進んで天地の修理固成、高御産巣日(たかみむすび)、神産巣日(かみむすび)の神、地球修理固成で伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)の神に化身いたしました。そして有性、無性を問わず、宇宙の営みの大元素を、ことごとく御生みなされたのであります」(『合気神髄』p.64)

修理固成の「修理」は、「壊れたり傷んだりした部分に手を加えて、再び使用できるようにすること、repair」ではなく、「手を加えて整えること、creation」です。それで「つくり」と読んでいます。聖書の「元始(はじめ)に神天地を創造(つくり)たまへり」(創世記1章1節)の「創造」に当たる言葉がこの「修理」です。
「固成」は「かためなせ」で、「完成させよ(成し遂げよ)」という意味です。

この修理固成の業は高御産巣日、神産巣日の神の業(産びの業)でもありました。
「(高御産巣日、神産巣日)二神は、至大天球一切をあまねく修理固成し、宇内(うだい)の系統を大成したまい、万有の根(こん、源<みなもと>)となるべきものを悉く産み出し給うなり」(『武産合氣』p.94)

「島々の生成」の部分では、高御産巣日、神産巣日の二神が伊邪那岐、伊邪那美の二尊に化身して(身を変えて)御業をなされているので、天地開闢と同様、右旋・左旋によってなされると受け止めると開祖の意味されるところが分かって来ます。「海水を音を立ててかき𢌞し」は古事記伝では「塩 コヲロ コヲロにかきなし」で、このコヲロコヲロ(コロコロ)という擬態語にその運動の様子が示されています。

道文の「小戸の神業」、「禊」については後に出てきますので、詳しくはそこで触れますが、宇宙と一体となって悉くを万有愛護の心(気)で満たすのが禊で、小戸の神業です。

「天からの階段」は古事記伝では「天浮橋(あまのうきはし)」で、開祖は、これを「アメノウキハシ」と読まれ、次のとおり言霊解を与えておられます。
「天(あめ)の浮橋(うきはし)についていえば『ア』は自ら、『メ』はめぐる。『アメ』は愛、アミ、アーメンにみな通じる。…『ウ』は浮にして縦をなし、『ハ』は橋にして横をなし、二つ結んで十字、ウキハシて縦横をなす。その浮橋に立たなして合気を産み出す。これを武産(たけむす)合気といいます」(『合気神髄』pp.128-129、p.151も同)
「最初は天の浮橋に立たされてというところから始めなければなりません。天の浮橋に立たされて、『ア』は自ら・・・、「メ」は巡ること。自ら巡るを天(あめ)という。水火を結んで火は水を動かし( 霊主体従:火<霊>によって水<身、体>を動かす)、水は火によって働く。それでこの理によって指導せねばなりません」(『合気神髄』pp.99-100)
「ア」は吾(あ)、即ち自(おのずか)らで、「メ」は巡るですから、天の浮橋に立つということは「すみきり」の状態で、正中線(中心軸)を縦にして、自分の心に相手を包むような平らかな(横)気持ちで立つのです。
「また合気道は天(あめ)の浮橋(うきはし)に立たねばなりません。…すなわち和の魂( 相手を包むような愛の気持ち)の錬成をするのであります」(『武産合氣』p.65)

合気神髄p.99の「水火を結んで火は水を動かし、水は火によって働く」は出口王仁三郎聖師からのものです。
「火は水の力に動き 水は火の力によりて流動するなり  何事も水のみにしてはならざらむ 火の助けこそ水を生かすも 火のみにていかで燃ゆべき 光るべき  水の力をかりて動くも 火と水の言霊これを火水(かみ)といひ また火水(ほし)と言ふ 宇宙の大道  水と火の言霊合して水火(しほ)となり 宇宙万有の水火(いき)となるなり  火と水は即ち火水(かみ)なり 水と火は即ち水火(しほ)なり  陰陽の活動 水と火の活用によりてフの霊(みたま、『霊界物語』13-1-1 及び73-1-6「フの言霊」参照)即ち力(ちから)あらはるるなり…火と水を塩梅(あんばい)なして世に出づる 伊都能売神(いづのめのかみ)の活動(はたらき)尊し…火と水の二つの神業ありてこそ 天地活動次ぎ次ぎ起る」(『霊界物語』73-1-12)

「火は水を動かし」と「水は火によって働く」は、技では「魂(火、霊、心)によって魄(水、体、身)を動かす」(『合気神髄』p.131)ということです。
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2016年01月31日

古事記 現代語譯 古事記(9)

古事記伝の「此の三柱(みはしら)の神は みな獨神(ひとりがみ)成りまして み身を隠したまひき」は「この御三方は皆お獨(ひとり)で御出現になつて、やがて形をお隱しなさいました」ですが、霊界物語では「この三柱神者(みはしらのかみは)並独神成坐而(すになりまして)、隠身(すみきり)也」(『霊界物語』13-0-3)と読んでいます。
ここでも、元は大石凝真素美がそう読んだからのようです。
「此の天之御中主神、高御産巣日神、神産巣日神 此の三柱の神が獨神(す)に成りまして隠身(すみきり)玉ふと申す」(『眞訓古事記』)

どちらで読んでも同じような意味ですが、「この三柱の神は すになりまして すみきりなり」と読むと少し動きが出て来ます。
眞訓古事記には次のように書かれています。
「又 玉ふといふ四聲に澄極(すみきり)と描く時は 只 獨が澄む事となる。又 住極(すみきり)と書く時は 動物が巣に久しく住み極(き)り居る事のみに聞こゆる也。又 炭切(すみきり)と描く時は 仕事となる。此のすみきりといふ事は 蜻蛉が宙宇に中(すま)して 敢て進退上下左右せず 唯 中して居るを能く見る時は、其の四枚の羽を紙の薄さ程に扇ぎて 空氣を叩いて居る也。是を 嗚呼善くすみきりて居るトンボ哉と云ふ也。又 善き獨樂を廻して 其の獨樂が風を起こしつゝ盛に廻り居りて 敢て飛び走らず、唯 一所に止まりて隆々(るる)盛々(るる)と廻り居るを よくすみきり居る獨樂也と云ふ類の、其の動き目が敢て目立たざるを以て、すみきり居ると云ふ也。古事記の爰(ここ)にすみきり玉ふと云ふは、此の三柱神はスに鳴りまして 極乎恒々烈々として、現在 大造化を行ひつゝ 天上天下億兆萬機の往來を一身に保ちて、晝夜を止めず萬機を運轉し玉ひつゝ居玉へども、其の全部を見る事は敢て能はず。愚者は此の天球、地球の大造化の極乎恒々たるを見て 一種の器械の如くに思ひ居る也。
かゝる大々活機を日本語に 唯 四聲に収めすみきり玉ふといふ也。此の四聲に正當する字は決してない故に、衆人は 唯 鼻頭の一少部分許りを見て居る也。其の全身は隠れて居て決して見えないといふ事を示す為に 隠身の二字を用ひる者なり」

したがって、まったく隠れられて何もされていないのではなく、現在も右旋・左旋され造化の業を行われているという意味が強くなります。
開祖は、それを「大神は一つであり宇宙に満ちみちて生ける無限大の弥栄(いやさか)の姿である(『合気神髄』p.110」と、現在も造化の業を行われていることを「弥栄」という言葉で表わされています。

「すみきり」を、合気道では「独楽(こま)が最高にフル回転しているさい直止しているごとく映るのと同様に、<気・心・体>が一如となって自在に発動されつつある時には無心無我、魂が静かに澄み切ってある状態に達することをいう」(『植芝盛平 生誕百年 合気道開祖』p.20)と捉えています。眞訓古事記にある独楽(獨樂)の説明と同じです。
これは吉祥丸二代道主による説明ですが、開祖もそうおっしゃられていたのだと思います。

「独楽が最高にフル回転している」から類推すると、この理合は次の道文に関係しています。
「自分の中心を知らなければなりません。自分の中心、大虚空(皆空)の中心、中心は虚空にあるのであり、自分で書いていき、丸を描く。…きりりっと回るからできるのです」(『合気神髄』p.154)
心の状態や意識に関わる理合ですが、体的な技法や鍛錬法としても成り立ちます。「すみきり」を、心を澄ました無念無想とだけ捉えずに、現在も造化の業(愛の働き)を行われていると意味を拡大して、万有愛護の精神が溢れるものと受け取るべきでしょうか。

今年の箱根駅伝を制した青山学院大学が、コアトレーニング(身体のコア<核>となる脊柱<体幹>に近い部分から意識的、優先的に鍛えるトレーニング方式)を取り入れていることはよく知られていることです。参考になるかと思います。開祖の「自分で書いていき」とコアトレーニングの「意識的」にという部分が共通しています。神経伝達から考えても、脊柱に近い部分の筋肉に命令が達するのに要する時間の方が手足の末梢部に達するまでの時間よりも短いので、コアを意識したりコアから動いた方が、動きが早くスムーズになると肯けるところです。

この「すみきり」は次の道文に出ています。
「そして常在(すみきり)、すみきらいつつすなわち一杯に呼吸しつつ生長してゆく」(『合気神髄』p.111)
霊界物語の相当する部分も、もう一度併せてお読み下さい。
「天もなく地もなく宇宙もなく、大虚空中に一点のヽ (ほち) 忽然と顕れ給ふ。このヽたるや、すみきり澄みきらひつつ、次第々々に拡大して、一種の円形をなし、円形よりは湯気よりも煙よりも霧よりも微細なる神明の気放射して、円形の圏を描きヽを包み、初めて⦿(ス)の言霊生れ出でたり。この⦿の言霊こそ宇宙万有の大根元にして、主 (ス) の大神の根元太極元となり、皇神国 (すめらみくに) の大本 (だいほん) となり給ふ」(『霊界物語』73-1-1)

「すみきり」を「常在」と書くときは、次第次第に拡大して、元の雲や霧などの水の粒子がより微細になって全体に散らばって(満ち満ちて)存在している状態を指しています。一方、「澄みきり」と書けば、霧や雲の蒸気が拡散して晴れ渡った青空が現れたイメージです。
開祖が「常在」を当てられているので、「(宇宙)一杯に」ということを表現されていることが分かります。

次に「すみきらい」とは何でしょうか? 
長い間、私には漢字でどう書くのか良く分かりませんでした。それで、思い付いて古語辞典を開いてみました。古語辞典には「霧(き)らふ《上代古語》」があって、霧や霞が一面に立ちこめるという意味でした。それで、「すみきらい」は「澄み霧らひ」という古語だと思います。
霊界物語には、他に「澄切り澄渡りつつ」とか「澄みきり澄み徹(とほ)らひつ」という表現も見られます。

「すみきり、すみきらいつつ」は即ち「一杯に呼吸しつつ生長してゆく」ことで、ムスビの働きを表しています。合気道のムスビは、「腹中に吸収して(すになりまして)、同化・一体化する(すみきりなり)」ということになります。このようなことを見いだされて(道文にはそこまでは書かれていませんが)、開祖は法悦の涙を流されたのではないかと思います。

「昔、この世界の一番始めの時に、天で御出現になつた神樣は、お名をアメノミナカヌシの神といいました。次の神樣はタカミムスビの神、次の神樣はカムムスビの神、この御三方は皆お獨(ひとり)で御出現になつて、やがて形をお隱しなさいました」と、たったこれだけの短い文章の中に合気道の大切な理合や動きが述べられています。
古神道の神道理論を打ち立てられた方々が古事記の中に宇宙や地球の成り立ち、即ち神の御業(宇宙の営み)が書かれていると考えたように、開祖が見出された真の合気の道の理合や技法が古事記に書かれているというのが開祖のお考えです。

もう一度、開祖の言葉を味わってみましょう。
「無性(むしょう、魂、実体のないこと)と有性(うしょう、魄、実体があること)の大原則ことごとく宇宙の営みの元を生み出した。それが合気の(理合や技法の)根元となる。つまり、(そのことが書かれている)古典の古事記の実行が合気である」(『合気神髄』p.19)

このスミキリは、次の段の「天からの階段にお立ちになつて(天の浮橋に立たして)」とも関連しています。
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2016年01月11日

古事記 現代語譯 古事記(8)

「宇宙の営みが自己のうちにあるのを感得するのが真の武道なのであります」(『武産合氣』p.77)
この道文を読んでいて、「私の武産の合気は、宗教から出て来たのかというとそうではない」と言われているのと意味するところが同じであると感じました。開祖が体得された真の合気の道は、宗教の教え(記紀などに根拠を置いた古神道の教義)から導き出されたものではなく、真の武道を究めようとして稽古・工夫を重ねた末に感得されたものです。そして、その感得された武道の奥義が宇宙の営み(古事記などに書かれている宗教の真理)そのものであったということです。
私達も稽古、研鑽を積んで、そのような気付き(感得)がある稽古にしたいものだと思います。また、合気道の理合や技法から見て古事記を読み解きたいと思います。

ところで、その奥義である、開祖がおっしゃられる古事記の営み(宇宙の営み)が古事記伝を読めば分かる程度のものであれば良かったのですが、霊界物語を副読本にしても分からないようなことも述べられているので、開祖がおっしゃられることは「ひじょうに分かりにくい」となってしまうのも否めないところです。それは、とりもなおさず、開祖が真剣に取り組まれた証でもあると思います。
これから解説する「右旋・左旋(螺旋運動、円転)」と「すみきり」は、そのような色合いが濃いものです。

吉祥丸二代道主が「円転の理」と名付けられた合気道の動きの右旋、左旋運動は中国武術の動きにヒントがあったかもしれないと思っています。
開祖が中国の八卦掌を学ばれたという説が取り上げられています(Aikido Journal “The Elusive Chinese Influence on Aikido,” by Stanley Pranin http://blog.aikidojournal.com/2012/09/18/the-elusive-chinese-influence-on-aikido-by-stanley-pranin/ 参照)。八卦掌であったということまでは同意できなくても、開祖が満州や蒙古で目にされた中国武術の舞のような動きがヒントになっているということは考えられることです。開祖が中国で柔術を教授されたことが『入蒙記』に記録されているので、そのような時に彼の地の武術を目にすることがあったかもしれない、と私は思います。
「さうして守高(開祖)は王連長や王参謀に暇あるごとに柔術を教授してゐた。守高に柔術を学ぶものは支那将校の中四五名はあつた」(『霊界物語』NM-4-24)

この合気道の技を特徴づけている円転、螺旋運動は古事記のこの箇所には記述がなく、前に示したように霊界物語に「高鉾の神は左旋運動を開始し、神鉾の神は右旋運動を開始して円満清朗なる宇宙を構造し給へり」と書かれています。
道文では、次のように述べられています。
「タカアマハラというは全大宇宙のことであります。宇宙の動きは、高御産巣日神、神産巣日神の右に舞い昇り左に舞い降りるみ振舞の摩擦作用の行為により日月星辰(じつげつせいしん)の現れがここに存し、宇宙全部の生命は整って来る。そしてすべての緩急が現れているのです」(『武産合氣』pp.77-78)

高鉾の神・神鉾の神は、神漏岐(かむろぎ)命・神漏美(かむろみ)命のように男神・女神(陽と陰)を意味する総称的な神名のようで、高御産巣日神・神産巣日神の亦の名ではありません。それで、開祖が拠り所にされたのは霊界物語そのままよりも大石凝真素美の『眞訓古事記』や『弥勒出現成就経』の次の部分ではなかったかと思います。
「かく天地が成り定まる時は、其の地球の中心より上へ天球の底に向ひて、右旋して登り行く機が起る也。是を高御産巣日神と申す也。是と同時に、天球の底より下に左旋して、地球の中心に旋り入る機が起る。是を神産巣日神と申す也。高御産巣日と云ふは、下より上にむすぶ義(こころ、意味)也。神産巣日と云ふは、上より下にむすぶ義也」(『眞訓古事記』)
「然り而して 中心なる地球より 右に螺旋して 天底に昇騰する 氣機あり。其名を高皇産霊の神と謂ふ矣。亦天底より 左に螺旋して 地球に降り着(つ)く氣機あり。其名を神産霊(神皇産霊)の神と謂ふ矣。然り而して経緯 輪廓 條理 脉絡 明細に組織し、極然として濔縫(弥縫、びほう) 紋理する矣」(『弥勒出現成就経』)

勿論、霊界物語もこれらの大石凝真素美の本をベースにしている(これらの本の内容が出口王仁三郎聖師の頭の中に刻み込まれていた)と思います。

右旋・左旋について、なぜ右旋が昇りで左旋が降りになるのかということは後に詳述するつもりですが、古事記のこの箇所には螺旋運動のことは書かれていません。大石凝真素美は、明治まで生きていた人ですから、科学的知見である天体が渦を巻いていることからヒントを得たのかもしれませんが、ムスビ(産霊)によって宇宙が創られることを考えての説明になっています。ここは神名を『日本書紀』から取って高皇産霊、神皇産霊の神と書いた方がこれらの神々の働き(ムスビ)を表していて分かり易いと思います。造化の神ですので、このようなムスビの働きに関する考えが出てきても不思議ではありません。開祖は、その動きが武産合気(ムスビの武)の理や動きと同じであるということで説明されていることが分かります。

合気道の理合ということにスポットを当てて見ると、開祖が古事記の中に書かれていることの諸々を取り上げてその理合を説明されても、この「ムスビ」という一つのものにまとまって来るように思います。私達もそう思って読むと理解出来るようになると思います。
例えば、「これが武産(たけむす)合気の『うぶすな(産土。うぶすは誤り)』の社(やしろ)の構えであります。天地の和合を素直に受けたたとえ、これが天の浮橋であります」(『合気神髄』p.69)ですが、産土の社の構えが天地の和合(ムスビ)を素直に受けた構えで天の浮橋に立つことである、とおっしゃられています。この産土神のご神徳が万物を生み成せる産霊(ムスビ)の力であることを考え併せると、開祖が説明されていることの意味が良く分かって来るのではないでしょうか。

この螺旋運動は「すみきり」という合気道の理合とも関連しています。合気道の稽古や理合から解釈して、古事記の営みに対する理解の度合を深めましょう。
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2015年12月28日

古事記 現代語譯 古事記(7)

武田祐吉が、「昔、この世界の一番始めの時に、天で御出現になつた神樣は、お名をアメノミナカヌシの神といいました。次の神樣はタカミムスビの神、次の神樣はカムムスビの神、この御三方は皆お獨(ひとり)で御出現になつて、やがて形をお隱しなさいました」と書いている部分は、本居宣長の古事記傳「天地(あめつち)の初發(はじめ)の時 高天原(たかまのはら)に成りませる神のみ名は天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ) (訓高下天云阿麻效下此。「高の下の天は阿麻<あま>と読む、以下同じ」という意)  次に高御産巣日神(たかみむすびのかみ) 次に神産巣日神(かみむすびのかみ) 此の三柱(みはしら)の神は みな獨神(ひとりがみ)成りまして み身を隠したまひき」の現代語訳です。

古事記の「高天原」を、武田祐吉は「天」と訳しています。一般的にはその理解で宜しいかと思いますが、開祖は「宇宙の姿、全大宇宙」を意味していると捉えられ、その宇宙と一体となることを説かれています。関連する道文を挙げてみましょう。
「高天原(たかあまはら)というのは、宇宙の姿である。宇内の生きた経綸の姿、神(かん)つまります経綸の姿なのである」(『合気神髄』p.111、『武産合氣』p.87)
「高天原ということは、全大宇宙であるが、ことごとく魂のふりかえによって、地上は立派な営みの斎場(さいじょう。神道で祭祀を行う清浄な場所、いつきのにわ)にならなければならぬ」(『武産合氣』p.59、p.77も同)
「天をさがしても地をさがしてもタカアマハラはどこにもありません。ではどこにあるのか。大宇宙がタカアマハラであります」(『武産合氣』p.72)
「生き通しの生命を腹中に胎蔵し(過、現、未の全部を引きしめて)、宇宙も悉く腹中に胎蔵して、自分が宇宙となるのであります。自分が宇宙と一体となるのであります。それはとりもなおさず高天原と一体です」(『武産合氣』p.70)

宇宙と一体(神人合一)なので高天原は自分自身にもなります。
「タカアマハラはまた自己であり、(補足 彼我の対立なく)みな共に手を取合って」(『武産合氣』p.98)

古事記の「高天原」を、開祖は「タカアマハラ」と読まれています。合気神社の例大祭であげる天津祝詞(あまつのりと)も「タカアマハラ」ですが、神社本庁の祝詞では「タカマノハラ」と唱えられているので、「訓高下天云阿麻效下此」と書かれていても本居宣長は当時の祝詞そのままに読みを付けたのではないでしょうか。
「全大宇宙を高天原と称す。…この義(こころ)を声にあらわし、タとは対照力(たいしょうりょく)、カは掛け貫く力(p.120 内部の光が輝いて来る)、アとは神霊顕彰(けんしょう、彰らかに顕る)、宇宙全く張りつむるなり。マとは全く張りつめて、玉となることをいう。またこの極微点の連珠糸(さぬき)となす。神霊元子が活気臨々(かっきりんりん)として活動している義(こころ。気は誤り)を称して、一言にハという。これは活気臨々、至大熙々(きき)というなり。またその造化の機が運行循環している義(気は誤りか。こころ)を称して、ラという。即ち循環運動のことである。 タ(対照力)  カ(掛け貫く力)  ア(神霊顕彰、而して宇宙為る)  マ(全く張りつめたる玉)  ハ(神霊活気臨々、至大熙々)  ラ(循環運行)  かくして至大天球成就畢(おわ)るというなり」(『武産合氣』pp.92-94)
「つまりタカアマハラは造化器官で、すべてのものを生み出す家なのです」(『武産合氣』p.120)

霊界物語でも主に「タカアマハラ」と読んでいますが、言霊で「タカマガハラ」と解いているのもあります。これらが開祖の言霊解の基礎となっています。
「ここに宇迦須美(うがすみ)の神(ウの言霊)⦿(ス)の神の神言(みこと)もちて、大虚空中に活動し給ひ、遂にオの言霊を神格化して大津(おおつ)瑞穂の神を生み給ひ、高く昇りて(補足 アの言霊を神格化して)天津(あまつ)瑞穂の神を生ませ給ひぬ。大津瑞穂の神は、天津瑞穂の神に御逢ひてタの言霊、高鉾(たかほこ)の神カの言霊、神鉾(かむほこ)の神を生ませ給ひぬ。高鉾の神は太虚中に活動を始め給ひ、東に西に南に北に、乾坤(けんこん)巽艮(そんごん)上下の区別なくターターターター、タラリタラリ、トータラリ、タラリヤリリ、トータラリとかけ廻り、神鉾の神は、比古神(ひこがみ)とともにカーカーカーカーと言霊の光かがやき給ひ、茲(ここ)にいよいよタカの言霊の活動始まり、高鉾の神は左旋運動を開始し、神鉾の神は右旋運動を開始して円満清朗なる宇宙を構造し給へり。茲において両神の活動は無限大の円形を造り給へり。この円形( まる)の活動をマの言霊と言ふ、天津真言(まこと)の大根元はこのマの言霊より始まれり。高鉾の神(タ)、神鉾の神(カ)、宇宙に現れ給ひし形( 神霊顕彰。ア)をタカアと言ひ、円満に宇宙を形成し給ひし活動をマと言ひ、このタカアマの言霊、際限なく虚空に拡がりて果てなし、この言霊をハと言ひ速言男(はやことのを)の神と言ふ。両神は速言男の神に言依(ことよ)さし給ひて、大宇宙完成の神業を命じ給ふ。速言男の神は右に左に廻り廻り鳴り鳴りて螺線形をなし、ラの言霊を生み給ふ。この状態を称してタカアマハラと言ふなり。高天原の六言霊(ろくげんれい)の活動によりて無限絶対の大宇宙は形成され、億兆無数の小宇宙は次で形成さるるに至れり。清軽なるもの、霊子の根元をなし、重濁なるものは物質の根元をなし、茲にいよいよ天地の基礎はなるに至れり」(『霊界物語』73-1-2)
「復(ま)たこの至大天球を全く張り詰めたる億兆劫々数の限りの対照力(たたのちから)は、皆悉く両々相対照してその中間(なかご)を極微点(こごこ)の連珠糸(さぬき)にてかけ貫き保ち居るなり。この義(こころ)を声に顕はして「対照(タ)」「掛貫力(カ)」「全く張り詰め玉と成る(マ)」といふなり。故(か)れこの至大天球は極微点の連珠糸なる神霊分子を充実して以て機関とし、活機臨々乎(かっきりんりんこ)として活きて居る也。この義を称して一言に「神霊活機臨々(ガ)」と言ふ也。復たその膨脹焉(ぼうちょうえん)として至大熈々(しだいきき)たる真相を一言に「至大熈々(ハ)」と言ふ也。復たその造化の機が運行循環しつつ居る義を称して一言に「循環運行(ラ)」と言ふ也。故にこのタカマガハラと言ふ六言の神霊機を明(あきらか)に説き明かす時は、天地開闢の秩序を親しく目撃したる如く聞く者の心中確乎として愉快に感得するに至るべし」(『霊界物語』75-0-2)

比較してみると、『霊界物語』75-0-2の言霊解にないアの言霊について開祖が「神霊顕彰、而して宇宙為る」(『武産合氣』p.120)、「神霊顕彰 宇宙全くはりつめる」(『武産合氣』p.93、p.120)という解を与えていることが分かります。これは『霊界物語』10-2-27の「アの言霊は天(あめ)也、海(あま)也、自然也、○(わ)也、七十五声の総名(そうみょう)也、無にして有也、空中の水霊(参照 水穂伝)也。これを以て考ふれば、吾(あ)とは宇宙万有一切の代名詞である」と同71-2-8の「これ即ち言霊学上(げんれいがくじょう)アの言霊活用だ。アは天(てん)なり父なり、大宇宙なり、大権威なり」から来ていると思われます。
アの言霊だけでも「天也、海也」「吾(われ。補足 アとも読める)とは宇宙万有一切の代名詞」ですから、古事記の「高天原」は合気道においては天だけでなく海(や地)、及び自己をも含んだ「大宇宙」という概念に繋がります。

タカアマハラを総括すると大宇宙という造化器官で、それに含まれる小宇宙である自己(という造化器官)と一体となり、その造化の機(エネルギー)が螺旋運動(円転)しながら運化する、宇内の生きた経綸の姿ということになり、それが神人合一した武産合気の働きになります。
これを稽古の中で生かすためには、開祖の言葉そのままに信じて、イメージを持つことだと思います。科学的には、量子力学で自然界に存在するものはすべて波動性を持つということで、その目で見ると皆同じで、一体のものです。そう理解すると相手も含めた空間に存在するものすべてが愛おしくなって来ることでしょう。その自然界(無限大の宇宙)の中心は自分の腹中にあると思うと対立心が消え、自ずと結べると思います。
また、時間的にも、神道の「生き通し」や「中今」、仏教の「今を生きる」という精神で、そのイメージを抱くことだと思います。科学的には、目で見て認識している今は神経伝達に要した時間だけ過去の世界なので、これは自分にとっても相手にとっても同じと理解して、勝速日(戸を開けるとサッと光が入って来る速さ)で、何か感じてから動くのではなく、何か感じた時には動き始めている位の感覚を持って稽古をすると良いのではないでしょうか。ビッグバンの最初の時に存在した素粒子が原子や元素、分子、そして物質に姿を変えて、今もそのまま宇宙空間に存在していると考えると、誰であろうと何事であろうと懐かしく感じて、万有(宇宙に存在するすべての物)に対して愛護の気持ちが湧いてきます。
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2015年11月20日

古事記 現代語譯 古事記(6)

△○□には、もう一つの意味が込められています。
それは△○□で「アイキ」と読むことですが、八千代合気会の皆さんは「モチロ」と読むのよりももっと良くご存じのことかと思います。どうしてそう読むのかということは『合気道の王座』(1960年NTV制作の映画)の中に開祖が座学で教えられている場面が映されていて、そこから分かります。
次の写真がその座学の資料です。 
イキ(天の呼吸 地の呼吸)3.jpg


映画では、この図は模造紙に書かれていますが、昭和43年(1968)6月16日の武産合気教室で開祖が合気道の教学を講義された折には半紙のようなものに書かれているものを示されていたように記憶しています(確か合気道新聞でその時の写真を見たという記憶に基づいていますが、定かではありません)。したがって、合気道の教学の核心部分になるものと受け取って良いでしょう。
この資料には、一霊四魂三元八力の右に△○□(三元の図)、その右に「水火の結び」の図が描かれています。一霊四魂三元八力の働きにより宇宙全体の姿(△○□)が整い、アイキ(合気)が生まれた、ということになると思いますが、この映画では「天の呼吸と地の呼吸を人は受けて」という説明がなされていることが分かります。この水火の図の丸は「水」で出る息、四角は「火」で入る息を表わすものです。出典を辿れば山口志道の『水穂伝(みずほのつたえ)』に行き当たり、そこに「出息は水なり○(まる)なり 引息は火なり□(かく)なり」と書かれていることが分かります。
出息入息_水穂伝1s.jpg


山口志道によると、水火と書いて「イキ」と読むので、水火の図の横にフリガナが振られています(水=イ、火=キ)。一番上の丸と四角が重なった水火の結びの図は、合気道では天の呼吸と地の呼吸が合したもの、即ち武産合気を表わしています。

「それで天の呼吸、地の呼吸を腹中に胎蔵する。自分で八大力の引力の修行をして、陰陽を適度に現し、魂の霊れぶりによって錬磨し、この世を浄めるのです。吐く息は息_丸1.jpgである。引く息は息_四角1.jpgである。腹中に息_四角1.jpgを収め、自己の呼吸によって息_丸1.jpg息_四角1.jpgの上に収めるのです」(『武産合氣』p.134)

この丸と四角が重なった水火の結びの図は、水火(イキ)を「氣」とも読ませているので、開祖は、三元の図の△を天の気と説明されて対比されていると思いますが、三元の図の△は「天・火」を表わし、アイウエオ(天火結水地)でアが天なので、△をアと読みます。

「合氣道はまたアオウエイの五つの声の働きでもあります。これは水火(すいか)のむすびの二元に密接な関係があるのであります。神道でいう高御産巣日(たかみむすび)、神産巣日(かみむすび)の二神であります。この二つの流れ(螺旋のめぐり)の御振舞によって世界が出来るのであります」(『武産合氣』p.34)
「(大宇宙の)ご全徳を一つの剣にても天地の呼吸に同化する。即ち人として務めをするにも、息を出す折には丸く息を吐き、引く折には四角になる。そして宇宙の妙精を身中に丸く巡らし六根を浄め働かすのです。丸く吐くことは丁度水の形をし、四角は火の形を示すのであります。丸は天の呼吸を示し、四角は地の呼吸を示すのである。つまり天の気(三元の△、天=ア)によって天の呼吸(○、水=イ、日月の運行)と地の呼吸(□、火=キ、潮の満干)を合わせて技を生み出す( アイキ、即ち武産合気となる)」(『武産合氣』p.45)

如何でしょうか? 「△=ア、○=イ、□=キ」に込められた意味がはっきりとして来たでしょうか。私の説明が牽強付会( けんきょうふかい)でなく、開祖の教えの奥深いものを解きほぐすものになっていれば良いのですが…。

この部分は、次の道文と関連があります。単にアイキという言葉が出来上がったということではなく、武産合気、摩擦(連行)作用、呼吸力(水火、即ちイキの力。金剛力)という開祖が開かれた合気道の根本理念、理法、技法が出て来たという核心部分です。

「天の運化により修行する方法が即ち私の合気道であります。この一元より出てくる宇宙の営みのみ姿、水火のむすびつまり天の呼吸と地の呼吸とを合し、一つの息として産み出してゆくのを武産合気というのであります.…水精火台の生じる摩擦作用の模様と全く同一形式なのであります。…火と水の交流…天地の呼吸( 日月の運行により潮の満干が起ることを指す。合気道の摩擦連行作用)である」(『武産合氣』pp.43-44)
「天ノ浮橋とは火と水の交流である」(『武産合氣』p.134)
「呼吸の凝結が、心身に漲(みなぎ)ると、己れが意識的にせずとも、自然に呼吸が宇宙に同化し、丸く宇宙に拡がっていくのが感じられる。その次には一度拡がった呼吸が、再び自己に集まってくるのを感ずる。このような呼吸ができるようになると、精神の実在が己れの周囲に集結して、列座するように覚える。これすなわち、合気妙応の初歩の導きである。合気を無意識に導き出すには、この妙用が必要である。こうして合気妙用の導きに達すると、御造化の御徳を得、呼吸が右に螺旋して舞い昇り、左に螺旋して舞い降り、水火の結びを生ずる、摩擦連行作用を生ずる。水火の結びは、宇宙万有一切の様相根元をなすものであって、無量無辺である。この摩擦連行作用を生じさすことができてこそ、合気の真髄を把握(はあく)することができるのである。」(『合気神髄』p.87)
「一挙一動ことごとく水火の仕組みである。いまや全大宇宙は水火の凝結せるものである。みな水火の動きで生々化々大金剛力をいただいて水火の仕組みになっている。水火結んで息(いき)陰陽に結ぶ。みな生成化育の道である。稽古は中心に立つ空気を媒介として己れの魂より結んで稽古をする。いまや天運循環している。稽古は水火の仕組みを練る、習うている。伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)二柱の神つまり天の道を行なう。統一が一番大切である。これは梅の花。これを充分に研究しなければならない。吐く息はエイーと、円」(『合気神髄』p.141)
「合気はまず十字に結んで天底(てんてい)から地底(ちてい)息(いき)陰陽水火の結びで、己れの息を合わせて結んで、魄と魂の岩戸開きをしなければならない。魄は物の霊を魄という、宇宙組織のタマのひびきが魂である。宇宙を動かす力を持っていなければいけない。天の運化が、すべての組織を浮きあがらせ、魄と魂の二つの岩戸開きをする。これをしなくてはいけない。そうでなかったら本当の人にはなれない。それには心の洗濯が大切である」(『合気神髄』p.88)
「また、地球修理固成は気の仕組みである。息(いき)陰陽水火の結びである。そして御名は伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)の大神と顕現されて、その実行に移したのが合気、どんなことでも出来るようになってくる。高御産巣日(たかみむすび)の神、神産巣日(かみむすび)の神、心は丸く体三面に進んでいかなければならない」(『合気神髄』p.89)

開祖が、稽古の前、礼拝する時、いつも「ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここの、たり、もも、ち、よろず」と唱えられた、と伝えられています。
この時の開祖のお気持ちを推し量るには、次の道歌を詠めば良いかと思います。

「スの御親 七十五(ななそいつつ)を生み出して 森羅万象(よろずのもの)を造りたまう」(『合気神髄』p.27)
「⦿(ス)の御親七十五を生み出して 合気の道を教えたまえり」(『合気神髄』p.45)
「大御神七十五声(しちじゅうごせい)を生みなして 世の経綸をさづけ給へり」
「緒結びの七十五(ななそいつ)つの御姿は 合気となりて世をば清めつ」(『合気神髄』p.194)

開祖による古事記のこの部分に関連する説明は、大本の教え(宗教の教え)に付加する部分が大で、合気道にとっての重要な部分(教学)です。それで、開祖は宗教の教えと合気道(武産合気)とを対比して次のようにおっしゃられているのではないでしょうか。

「私の武産の合気は、宗教から出て来たのかというとそうではない。(宇宙の真理に基づいた)真の武産から宗教を照らすのです。未完の宗教を完成へと導く案内であります」(『武産合氣』p.192)
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2015年09月30日

古事記 現代語譯 古事記(5)

開祖の言葉は、『霊界物語』や『眞訓古事記』に記されている至大天球(たかあまはら、宇宙)の創造の範囲を超えて、更に次のように続きます。
「高天原(たかあまはら)というのは、宇宙の姿である。宇内の生きた経綸の姿、神つまります経綸の姿なのである。一家族も一個人もそれぞれ高天原であり、そして呼吸して生々と生きているのである。 高天原とは一口でいえば、全く至大天球成就すということになる。これ造化開闢(かいびゃく)の極元なり。高天原の意をより理解して、神の分身分業をなしてゆくところに合気道が出来るのである。
宇宙の気、於能碁呂(おのころ)島の気、森羅万象の気、全ての霊素の道をつづめて、そして呼吸を合わせて、その線を法則のようにして、万有の天の使命を果たさせるのである。そしてその道それぞれについて行うところの大道を合気道という。合気道とは、いいかえれば、万有万神の条理を明示するところの神示であらねばならないのである。過去−現在−未来は宇宙生命の変化の道筋で、全て自己の体内にある。これらをすみ清めつつ顕幽神三界と和合して守り、行っていくものが合気道であります。
宇内の活動の根元として七十五声がある。その一つ一つには三つの規則がある。生産霊(イクムスビ、△)足産霊(タルムスビ、○)玉留産霊(タマツメムスビ、□)である。
八力(動静、解凝、引弛、分合。対照力)がアオウエイ(天地結水火)の姿であり、国祖国之常立神(くにのとこたちのかみ、女神、地)の御心のあらわれである。豊雲野大神(とよくもののおおかみ、男神、天)との交流により伊豆能売(いずのめ、 五つは誤り)の神の働きが現れるのである。かくて八大引力が対照交流し動くとき軽く澄めるものは天に昇り、濁(にご)れるもの汚(よご)れるものは下へ地へと降った。天と地が交流するたびに、物化して下降、交流しては下降し、だんだん大地化してきた。これが玉留産霊(タマツメムスビ)の大神の神技である。生産霊、足産霊、玉留産霊の三元がととのうと、宇宙全体の姿が出来上がるのである。
合気とは、言霊の妙用であります。言霊の妙用は一霊四魂三元八力の分霊分身である」(『合気神髄』pp.111-113、『合気道新聞』第158号)

「生産霊(△)、足産霊(○)、玉留産霊(□)の三元が整うと、宇宙全体の姿が出来上がるのである」
聖書のヨハネ伝1章に「万物(よろずのもの)これに由(より)て造らる、造られたる者に一としてこれに由らで造られしは無(なし)」とありましたが、△○□の三元が整い、やっと宇宙全体の姿(宇宙を構成する基本的形象、万物)が出来上がったというのが、開祖が付け加えられている部分です。

「宇内の活動の根元として七十五声がある。その一つ一つには三つの規則がある」
七十五声に三つの規則があるということは、「真素美(ますみ)の鏡」にアオウエイの言霊がそれぞれ「軽、中、重」の三段に分れるという規則があることを指して言われています(http://terakoyajuku.jp/s10/018.htmlhttp://www.walaku.com/bbs144.htm参照)。水茎文字で表わすと、例えば、スは丸(○)の中心に点(・)がありますが、軽のフは点が丸の上部にあり、重のズは丸の下部にあります。
そして、これを△○□に適用すると「天の△が軽、○が中、地の□が重」で、産霊(むすび)の三神を当てると「△が生産霊、○が足産霊、□が玉留産霊」であるということだと思います。開祖は、三角が天(及び火)、四角が地を表わすと言われています(『武産合氣』p.37参照)。

「かくて八大引力が対照交流し動くとき軽く澄めるものは天に昇り、濁れるもの汚れるものは下へ地へと降った」
次の図を見ればこの部分の理解が進むと思います。
三元_軽中重.jpg

「(武産の)合気とは、(ス声とス→ウ→ア(天)・オ(地)と分れ、交流する)言霊の妙用であります。言霊の妙用は(天の数歌に示された)一霊四魂三元八力の分霊分身(としての働き)であります」
開祖は、△○□を「モチロ」と読ませています。モチロは「ヒフミ祝詞」の「も(百)ち(千)ろ(万)」で、「天の数歌」では「もも(百)ち(千)よろず(万)」です。△○□全体でモチロです。
「天の数歌(あめのかずうた)」の「一二三四五六七八九十百千万」は「ひと、ふた、み、よ、いつ、むゆ、なな、や、ここの、たり、もも、ち、よろず」と唱え、次のように天地剖判の様子を表わしています(『大地の母』10巻7章天地剖判、http://shoutakaamahara.blog.fc2.com/blog-entry-23.html)。
・ひと(霊交):一霊四魂/大宇宙の根源に独一真神(天之御中主神、ス神)がましまし、一霊のもとに四魂(奇魂、荒魂、和魂、幸魂)を統べておられる。
・ふた(活力):真神の営みである陰陽(高御産巣日神・神産巣日神)二元の組みあわせによって「八力」が生ずる。
・み(体):八力の複雑微妙な結合により、剛・柔・流の「三元」が生ずる。
・よ(世):泥海のような世界ができる。
・いつ(出):日月星辰(じつげつせいしん)や大地が誕生する。
・むゆ(燃):草木をはじめ、諸生物が萌えいでる。
・なな(地成):人類が生れ、地上の世界が成就する。
・や(弥):その世界がますます発展する。
・ここの(凝):充実安定を表わす。
・たり(足):完成の域に達する。
・もも(諸):さらにもろもろのモノが生ずる。
・ち(血):大造化の血が宇宙をくまなく巡り、生命力が満ちる。
・よろず(夜出):生成発展の光明世界が永遠に開けていく。
「之を大括して略解すれば、霊力体(れいりょくたい)によって世が発生し、水火(すいか)の呼吸(いき)燃え上り、初めて地成り、弥々(いよいよ)益々(ますます)水火の気凝り固りて完全無欠の宇宙天界は完成され」(霊界物語73-1-10)が一(ひと)から十(たり)までで、「△○□の三元が整い、宇宙全体の姿が出来上がる」が百千万(もも・ち・よろず)です。

△○□が「三角に入身して(構えて)、丸く捌いて、四角におさめる」という体の動きを表わすということは広く理解されていると思いますが、その意味で「初めは物の霊(体、魄)、物の霊というのは、モチロ(△○□)。モチロの気の熱せるは合気」(『合気神髄』p.89、合気道新聞 第96号、句読点を訂正、p.52 △○□の気の熟したるを合気)と開祖は説明されています。
「モチロの気の熱せる(=合気)」「△○□の気の熟したる(=合気)」は次の道文で示される「△○□が一体化して…、それが気の流れとともにスミキル(=合気道)」という状態を指しています。
「△○□が一体化して 三角丸四角の融合.jpg(△○□が重なった形象)となり、それが気の流れとともに円転してスミキルのが合気道じゃ」(平成11年刊『植芝盛平伝』pp.266-267)

△○□が一体化したものは、「これ、魂のモチロの中心であります」(『合気神髄』p.69)の「魂のモチロ」だと思います。
さて、それが日頃の稽古の中の何を指しているか、八千代合気会の会員には夜に昼に頭の片隅に置いて考えて頂きたいと思います。何だろう、もっと知りたいなと考えていると、ある時、ピンと来るものを感じるに違いありません。
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2015年09月15日

古事記 現代語譯 古事記(4)

古事記の序文に相当する部分は、道文に「一霊四魂三元八力の大元霊が一つなる大神の御姿である。大神は一つであり、宇宙に満ちみちて生ける無限大の弥栄の姿である。すなわち天なく地なく宇宙もなく大虚空宇宙である。その大虚空に、ある時ポチ(ゝ)一つ忽然として現わる。このポチこそ宇宙万有の根源なのである。そこで始め湯気、煙、霧よりも微細なる神明の気を放射して円形の圏を描き、ポチを包みて、始めて「ス」の言霊が生まれた。これが宇宙の最初、霊界の初めであります。そこで宇内は、自然と呼吸を始めた。神典には、数百億万年の昔とあります。 そして常在(すみきり)、すみきらいつつ即ち一杯に呼吸しつつ生長してゆく、ゆくにしたがって声がでたのである。言霊が始まったのである。キリストが『太初(はじめ)に言葉ありき』といったその言葉がそれで、その言霊がスであります、これが言霊の始まりである。このス声は、西洋にはこれに当てる字はなく、日本のみにある声である。これが生長してス、ス、ス、ス、即ち上下左右のス声(+)となり、丸く円形に大きく結ばれていって(丸に十字の形)呼吸をはじめるのである。ス声が生長して、スーゥとウ声に変わってウ声が生まれる。絶え間ないスの働きによってウの言霊が生じるのである。ウは霊魂のもと物質のもとであります。言霊が二つにわかれて働きかける。御霊は両方をそなえている。 一つは上に巡って(ウァと)ア声が生まれ、下に大地に降って(ウォと)オの言霊が生まれるのである。上にア下にオ声と対照で気を結び、そこに引力が発生するのである」(『合気神髄』pp.110-111、『合気道新聞』第158号、2012年4月4日の「真の合気の道(2)」掲載)と詳しく述べられています。

開祖の説明は、次に示す霊界物語73-1-1 「天祥地瑞子 天之峯火夫の神」から取られています(ルビ付きの霊界物語はhttp://reikaimonogatari.net/参照)。
「天もなく地もなく宇宙もなく、大虚空中に一点のヽ(ホチ)忽然と顕れ給ふ。このヽたるや、すみきり澄みきらひつつ、次第々々に拡大して、一種の円形をなし、円形よりは湯気よりも煙よりも霧よりも微細なる神明の気放射して、円形の圏を描きヽを包み、初めて⦿(ス)の言霊生れ出でたり。この⦿の言霊こそ宇宙万有の大根元にして、主の大神の根元太極元となり、皇神国の大本となり給ふ。我日の本はこの⦿の凝結したる万古不易に伝はりし神霊の妙機として、言霊の助くる国、言霊の天照る国、言霊の生くる国、言霊の幸はふ国と称するも、この⦿の言霊に基くものと知るべし。キリストの聖書にヨハネ伝なるものあり。ヨとはあらゆる宇宙の大千世界の意なり、ハは無限に発達開展、拡張の意なり、ネは声音の意にして宇宙大根本の意なり。ヨハネ伝首章(第一章)に曰く、『太初(はじめ)に道(ことば、 ギリシア語のロゴス)あり、道は神と偕(とも)にあり、道は即ち神なり。この道は太初に神と偕に在き。万物これに由(より)て造らる、造られたる者に一としてこれに由らで造られしは無(なし)』( 聖書の明治元訳の引用)と明示しあるも、宇宙の大根元を創造したる主(ス)の神の神徳を称へたる言葉なり。清朗無比にして、澄切り澄きらひスースースースーと四方八方に限りなく、極みなく伸び拡ごり膨れ上り、遂に⦿は極度に達してウの言霊を発生せり。ウは万有の体を生み出す根元にして、ウの活動極まりてまた上へ上へと昇りアの言霊を生めり。またウは降つては遂にオの言霊を生む。⦿の活動を称して主の大神と称し、また天之峯火夫(あまのみねひを)の神、またの御名を大国常立神言(おほくにとこたちのみこと)と奉称す。大虚空中に、葦芽(あしがひ、 葦の芽)の如く一点のヽ発生し、次第々々に膨れ上り、鳴り鳴りて遂に神明の形を現じたまふ。⦿神の神霊は⦿の活動力によりて、上下左右に拡ごり、⦿極まりてウの活用を現じたり。ウの活用より生れませる神名(しんめい)を宇迦須美(うがすみ)の神と言ふ、宇迦須美は上にのぼり下に下り、神霊の活用を両分して物質の大元素を発生し給ひ、上にのぼりては霊魂の完成に資し給ふ。今日の天地の発生したるも、宇迦須美の神の功なり。ウーウーウーと鳴り鳴りて鳴極まる処に神霊の元子生れ物質の原質生まる。故に天之峯火夫の神と宇迦須美の神の妙の動きによりて、天津日鉾の神大虚空中に出現し給ひ、言霊の原動力となり七十五声の神を生ませ給ひ、至大天球を創造し給ひたるこそ、実に畏き極みなりし」

更に遡れば、前述の大石凝真素美著『大日本言靈』(大石凝翁全集. 4 「大日本言靈」)や次の同著『眞訓古事記』などに辿り着きます。開祖の言葉の「神典」はこれらの書を指しています。
「抑々(そもそも)此世が未だ開闢せざりし極元の時には唯スといふ物が、至大浩々(ひろぎひろぎて)神々露々(ゐき)烈々恒々湛々(ゐき)として、十八稜團(こんぺいとう、 正方形6個と正三角形8個でできる立方八面体)の象(かたち)を造りて、ス…ス…ス…ス…ス…と呼吸(いき)をして億々恒々極乎として居たる者也。是を一言にスといふ也。故に現在のスも億萬劫々々年度の昔の人のス聲同一事成る。故に今スという聲を説く時は其の一切が明に爰(あらは)れ生れ出る也。言霊の巻を見れば明也。
其スの性質は蒸氣よりも煙よりも香よりも猶微細なるスといふ物也。此のスが人の一呼吸の間に、三百七十五息(ゐき)をしつゝ、浩々恒々(ひろぎひろぎ)てゐる故に、敢へて死ぬる暇がない( 生き通しに生き居る者也ける)。故に億兆萬々劫々幾々劫大約(おほつな)の昔より極乎として居る時に、至大浩々湛々の域に機が起り、十八稜團の瘤の麓の所に對照力が起る。此の對照力が幾々億萬劫々劫数の限り起り、全く張り詰めて球の形を顯はす。是を至大天球(たかまがはら)といふ也。此の天球の中心部に、即ち上下左右縦横無盡に起る對照力の中心點に大氣が結晶して地球と成りし也。此地球は至大天球の中心部に成り定まり玉ひし故に天之御中主神と名のり玉ふなり。故に天之御中主神は此の地球を以て御神體と定め玉ひ、此の至大天球を造營しつゝ、ひたし居り玉ふ氣形透明體なるスを以て、大御心とし玉ふ也」

ちなみに、ス声が拡がるこの部分は宇宙のビッグバンと捉えられますが、ビッグバン宇宙論が提唱されたのは1927年で、『大日本言靈』が大石凝翁全集で出版されたのが大正13年(1924)ですから、西洋科学(ビッグバン宇宙論)の影響は受けていないようです。
また、万葉集の言霊を詠んだ歌から、古くから言霊の力が認識されていたようですが、これは仏教の真言(マントラ)やキリスト教の聖書の言葉「神は言われた。『光あれ。』こうして、光があった」(創世記1章3節)からも分かるように日本に限ったことではないというのが定説のようです。
開祖の場合、幼少の頃、真言密教に関心を抱かれたとのことですので、真言の延長で言霊を抵抗なく受け入れることが出来たのではないかと思います。

posted by 八千代合気会 at 14:34| お勧めの本

2015年08月19日

古事記 現代語譯 古事記(3)

「合気道とは大自然の絶対愛を基として…皆空の心と体を造り出す精妙なる道である」(『合気神髄』p.53)とおっしゃられている、合気道の基となる「絶対愛」の本源について述べられた部分だからです。

そのことが分かるためには、平田篤胤の時に国学の中に(禁書であった漢訳聖書を入手したことにより)キリスト教の聖書の知識が入って来て、言霊学が聖書の「太初(はじめ)に言(ことば、 ヘボン訳では「言霊」)あり、言は神と偕(とも)にあり。言は神なりき。この言は太初に神とともに在(あ)り、萬(よろず)の物(もの)これに由(よ)りて成(な)り、成りたる物に一(ひと)つとして之(これ)によらで成りたるはなし」(ヨハネ伝1章1-3節)から、言霊によって天地(万物)が造られたという考えに基づいていることを知っておくと良いでしょう。

言霊75声説は、中村孝道から高弟の望月幸智を通して、幸智の孫の大石凝真素美(明治6(1873)年までは望月大輔という名)に伝えられました。
中村孝道は、『言霊或問(ことだまわくもん)』で言霊について説明し、ス声を中心とした75声の1音1音に霊が宿っているとしています。そして、その声が組み合わされて万物の名となると言っています。
「又問、其言霊といへるものはいかなるものぞ。答て曰、是人の声の霊なり。夫(それ)人は七十五声出て、其声毎に義理備る。其義を号(なづけ)て言霊といふ。かく一声毎に霊有(ある)をもて、是を二声三声或は四声五声と組つらぬる時は、千万の名となり詞となりて、世の物事いひ尽さずといふ事なく、又さとし尽さずといふ事なし」(『言霊或問』)

大石凝真素美は、ス声(素の氣)が初発(はじめ)から存在していたものであり、それが澄みきり広がりきって形をなして行くと述べています。
「夫れ此の世の極元(こもと、開祖のいうポチのこと)を ス(素という偏〈へん〉に氣という 旁〈つくり〉の合成漢字を当てている)といふ物が極乎恒々(すみきり)至大浩々而(ひろぎきりて)、自然(をのづ)と十八稜團(とをまりやかどつぶ、大石凝真素美著『眞訓古事記』では「こんぺいとう」と読む)の形を備(そなへ)をり。湛々(ただよひて)玄々(ふかまり)黙々(ありつつ)、恒々(つららぎ)たりつ。其(その)スと云ふ質(もの)を蒸氣(ゆげ)よりも煙よりも香(きり)よりも猶々(なほ)微細(こまか)なる神霊元子(こえのこ、声の子、言霊)が至大浩々(ひろぎきり)の域(ところ)にカミ充實(つまり)に實相(つまり)きりて、幾々(ゐくゐく)却大約(おほつな)の昔より生き通しに生き居(お)る者也ける」(『大日本言靈』)

また、この「スという物(ス声)」が凝結して天之御中主の神となったと説明しています。
「抑(そもそも)此世の大元素は 其(その)至始元の時に⦿(丸にポチの表象は水茎文字の「す」)と謂ふ物あり。神々 霊々 浩々 湛々として 至大 至誠矣(なり)。極乎として純なる物矣。然り而して 其中心(ただなか)が定まりて 動かざる也。其中心の動かざる所に霊氣が凝結して地球と成りたり。其名(な)を天之御中主(あめのみなかぬし)の神と謂ふ矣。故(か)れ天之御中主の神は 此地球を以て神體(からたま)とし 至大天球を以て 神霊魂(みたま)とし玉ふ矣(なり)。
○ 然り而して 中心なる地球より 右に螺旋して 天底に昇騰する 氣機あり。其名を高皇産霊の神と謂ふ矣。亦天底より 左に螺旋して 地球に降り着(つ)く氣機あり。其名を神産霊の神と謂ふ矣。然り而して経緯 輪廓 條理 脉絡 明細に組織し、極然として濔縫(弥縫、びほう) 紋理する矣」(『弥勒出現成就経』)

この言霊学は大石凝真素美から出口王仁三郎聖師に伝えられますが、王仁三郎聖師は、一時、キリスト教に傾倒したこともあってか、はたまた万教同根の考えからか、キリスト教の教義・概念を多く取り込みました。それでス声を「主(ス)の神」とも呼ぶようになります。
キリスト教では、キリシタンの時代に「デウス(Deus)」を「天主」と言っていました。現在も神様(Lord)を「主」と呼んでいます。ここから「主の神」が導き出されたようです。大本教や大本教に連なる多くの神道系宗派では「主の神」を「スの神」と呼んでいます。「ス」は最初に発生した言霊ですが、「いろは歌」の最後の「す」でもあり、「我(われ、主なる全能の神)はアルパ(最初)なり、オメガ(最後)なり」(ヨハネの黙示録1章8節)とも合致すると考えられて「主(ス)の神」となっているようです。

道歌に「⦿(ス)の御親 七十五(ななそいつつ)を生み出して 合気の道を教えたまえり」(『合気神髄』p.45)とある「スの御親」が、その「主(ス)の神」のことです。合気の道は大自然の絶対愛(万有愛護の大精神)を基とした道であるということを示す道歌だと思います。
なお、『合気神髄』には「日の御親」と載っていますが、「⦿の御親」の誤りなので訂正して示しました。また、「御親」は『霊界物語』では「御祖(みおや)」と書かれています。最初の神という意味が込められているからです。

古事記の序文は、聖書の「元始(はじめ)に神(かみ)天地(てんち)を創造(つくり)たまへり。 地(ち)は定形(かたち)なく曠空(むなしく)くしてK暗(やみ)淵(わだ)の面(おもて)にあり 神の靈(れい)水(みず)の面を覆(おほい)たりき (初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた)」(創世記1章1-2節)とよく似た部分だと思います。
国学で古事記を解釈する時、聖書のこの部分も影響を与えたのではないかと思います。聖書の「天地創造」と古事記の「天地開闢(かいびゃく)」や霊界物語の「天地剖判(ぼうはん)」との違いは、永遠に存在している神が天地(宇宙)を創造されたか、混沌とした中で最初の神が現れて天地に分かれたかということですが、あまり些細なことに拘らないで下さい。
出口王仁三郎聖師の「主(ス)の神」は天地創造の神と認識され、至仁、至愛を備えられた御方とされています。
「さは然(さ)りながら天地(あめつち)を 造り玉ひし主(す)の神は 至仁(しじん)至愛(しあい)に坐(ま)しませば」(霊界物語20-99-2)

厳密に考えすぎなければ、「主の神」という呼び名はキリスト教・ユダヤ教の「主(Lord・ヤハウェ)」やイスラム教の「創造主(アッラー)」の呼び名と考えることが出来ると思います。そう考えると、合気道が世界的な広がりを見せる今日、抵抗なく神道を信じていない国の人々にも理解されるのではないかと思います。
言霊のス声が宗教的には主(ス)の神であって、万有愛護の存在であると理解して読み進めると、開祖の話の奥深いと言われるところが分かってくると思います。
posted by 八千代合気会 at 14:17| お勧めの本

2015年08月03日

古事記 現代語譯 古事記(2)

合気道から『古事記』を眺めると、次の「奥深いもの」と言われているところがきっと分かるようになってくると思います。
「講演をなさる時、普通の学者が理論的、科学的に話をするのとちがって、大先生は断片的に話されるので、聞く人によってはひじょうに分かりにくいわけなのです。大先生の中には、常識では測りがたい奥深いものがあり、それをちょいちょい引っぱり出してお話になるので、最初のうち凡人にはさっぱり分かりません。しかし何度もお目にかかり、お話を素直にお聞きしているうちに、奥深いところから割り出されているのだという前提でお聞きすると、断片的なものが、自然につながっていくから不思議でした」(『合気道開祖 植芝盛平伝』pp.27-28)
開祖が、「合気道を学ぶものは古事記を学びなさい、なぜならば合気道は古事記の営み(実行)であるのだから」(『へちまの葉』p.128、132)と勧められていますが、それは開祖の断片的な合気道の理合や奥義に関するお話が一つの体系として繋がって来るからだと思います。

開祖が『古事記』からお話をされる時には、国学 → 古神道(復古神道)・言霊学 → 教派神道(の一派、大本)という流れの中での解釈に従っておられます。この古神道は賀茂眞淵(1697 – 1769)の復古国学まで遡るとか平田篤胤(1776-1843)になって神道思想が強まったとか言われています。『古事記』が編纂された和銅5年(712)当時は陰陽説が融合した老荘思想の影響があったと思われますが、古神道や大本の教えが形作られる段階で、仏教、キリスト教(漢訳聖書)及び明治期以降には西洋の科学の影響も受けています( 古神道は儒教、仏教などの影響を受ける以前の日本民族固有の精神に立ち返ろうという思想というのが定説ですが)。即ち、古神道はムスビによる神人合一の道(神ながらの道)ですが、これにキリスト教から「愛(万有愛護)」の概念が導入されたもの(大本の教義)をベースにして開祖がお話されていると理解して宜しいかと思います。

宗教だからということで毛嫌いさえしなければ、100年余りの間に確立された、意味がはっきりした言葉(定義が確定している『古事記』の中の言葉)によって合気道の理合や奥義を知ることが出来ると思いますので、『古事記』を神話として見る立場を離れて取り組みましょう。
「合気道を学ぶものは古事記を学びなさい、なぜならば合気道は古事記の(中に述べられている古神道の解釈に従った/古神道の定義による言葉によって説明される)営み(実行)であるのだから」
私は、合気道の理合や奥義はシンプルなものだと思いますが、開祖がそれを『古事記』の言葉で幾重にも、また、いろんな側面から説明されていると思っています。

序文
過去の時代(序文の第一段)
「宇宙のはじめに當つては、すべてのはじめの物がまずできましたが、その氣性(氣象)はまだ十分でございませんでしたので、名まえもなく動きもなく、誰もその形を知るものはございません。それからして天と地とがはじめて別になつて、アメノミナカヌシの神、タカミムスビの神、カムムスビの神(造化三神)が、すべてを作り出す最初の神となり、そこで男女の兩性がはつきりして、イザナギの神、イザナミの神が、萬物を生み出す親となりました」
これは、天地開闢(『霊界物語』では天地剖判)のくだりです。

『日本書紀』では、「古(いにしえ)天地(あめつち)未だ剖(わか)れず、陰・陽、分かれざりしときに、渾沌たること鷄の子の如くして、溟A(ほのか)に牙(きざし)を含めり。其れ清く陽(あきらか)なるは、薄靡(たなび)きて天(あめ)と爲り、重く濁れるは、淹滞(つつ)いて地(つち)と爲るに及びて、精(くわ)しく妙なるが合えるは摶(むらが)り易く、重く濁れるが凝(こ)るは竭(かたま)り難し。故(かれ)、天(あめ)先(ま)ず成りて、地(つち)後に定まる。然して後に、~聖(かみ)其の中に生る。故、曰く、開闢の初めに洲壤(くにつち)浮き漂うこと譬えば游ぶ魚の水の上に浮べるが猶(ごと)し。時に、天地の中に一つ物生(な)れり。状(かたち)葦牙(あしかび)の如し。便(すなわ)ち~と化爲(な)る。國常立尊(くにのとこたちのみこと)と號(もう)す。【至りて貴きを尊と曰い、それより餘(あまり)を命と曰う。並びに( どちらも)美舉等(みこと)と訓(よ)む。下(しも)皆(みな)此(これ)に效(なら)え】 次に國狹槌尊(くにのさづちのみこと)。次に豐斟渟尊(とよくむぬのみこと)。凡(およ)そ三はしらの~。乾道(あめのみち)獨り化(な)す。所以(ゆえ)に此れ純(まじりなき)男(お)と成す(卷第一 第一段 一書第四にやっと古事記と同じ造化三神が「又曰く、高天原(たかあまはら)に生(な)れる~は、名を天御中主尊(あめのみなかぬしのみこと)と曰う。次に高皇産靈尊(たかみむすひのみこと)。次に~皇産靈尊(かむみむすひのみこと)。皇産靈、此を美武須毗(みむすひ)と云う」と異説として付記されている)」(http://www004.upp.so-net.ne.jp/dassai1/shoki/frame/01/01/fr.htm)と書かれている部分です。

これに次の部分を合わせて読むと良いと思います。
一、イザナギの命とイザナミの命
天地のはじめ
「昔、この世界の一番始めの時に、天(高天原)で御出現になつた神樣は、お名をアメノミナカヌシの神といいました。次の神樣はタカミムスビの神、次の神樣はカムムスビの神、この御三方は皆お獨(ひとり)で御出現になつて、やがて形をお隱しなさいました」

簡単で短い部分ですが、合気道にとっては重要な部分です。
posted by 八千代合気会 at 20:31| お勧めの本

2015年07月17日

古事記 現代語譯 古事記(1)

國學院大學教授を務められた国文学者の武田祐吉(1886 – 1958)が訳者で、昭和31年(1956)5月に角川書店から角川文庫として出版されました。本のタイトルは『古事記』で、副題が『現代語譯 古事記』になっています。訳者は國學院大學130年史(http://kokugakuin-univ.jp/history/)に掲載されているような方で、本居宣長の『古事記傅(古事記伝)』の写本「眞福寺本」から忠実に現代語に訳されています。130年史には「(『万葉集』や『古事記』の研究、上代歌文の注釈的研究に優れ)昭和25年に『万葉集校訂の研究』で日本学士院賞を受賞。その文献学的方法に基づく堅実な研究は、万葉集および上代文学研究の発展に多大な寄与をなした」と紹介されています。

この本は、既に著作権が切れていて、「青空文庫」(http://www.aozora.gr.jp/cards/001518/files/51732_44768.html)で公開されています。また、Amazonのkindleでも無料公開されています。kindleはPC、スマートフォン及びタブレット端末でダウンロードできますので、ダウンロードして『古事記』を開いてみて下さい。

開祖が、「合気道は古事記一巻を体をもって現すものじゃよ」(『氣マガジン』1994年11月号)とおっしゃられていたとのことですので、この第一巻(原本は上巻、上つ巻と読む、この訳本では上の巻。神代の巻ともいう)と『武産合氣』 『合気神髄』及び合気道の技の理合や理念と関連付けて読み進めたいと思います。
ちなみに第二巻は中巻、第三巻は下巻で、『古事記』はこの三巻からなっています。

『古事記傅』(眞福寺本、愛知県真福寺宝生院〔通称:大須観音〕蔵)は、写真がhttp://blogs.yahoo.co.jp/sw21akira/53930501.htmlに掲載されています。国立国会図書館の近代デジタルライブラリ−(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1920805)で、『校訂 古事記傅 乾(の巻)』(本居宣長の義理の曽孫 本居豊頴 校訂、本居家5代 本居清造 再訂)が読めますので、解釈を知りたいときや原文に遡るときに参考にしたいと思います。読み下し文は『日本神典 かな古事記』(http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/906437/32)が参考になると思います。
また、ネット上に紀伝体の古事記全文(原文)が掲載されていて(http://www.seisaku.bz/kojiki_index.html)、検索も出来るるようになっています。

この上巻にはたくさんの神々が出てきます。これらの神名については「古事記の系譜/神代」(http://j-myth.info/memo/kojiki_ge_kami.html)に良くまとめられています。『武産合氣』と『合気神髄』には、これらの一部の神名しか出ていませんが、そのほとんどが「このことはすべて猿田毘古の大神のお導きにして、昭和17年12月16日、午前2時より3時の間、日本中の神々が現れて合気の出現を寿ぎたまう。大和魂の錬成、松竹梅の剣法、天地合体して両刃の剣、精神の発動によって世の濁りを洗う。それには第一にこの大東亜戦争を止めさせねばなりません。あまりにいうことが大きいのではじめお受けしかねましたが、各地からいうてくるので御神意により、岩間に36畳敷きの合気神社を建てました」(『合気神髄』pp.129-130)と話されている合気道の創出に関連する神々(:合気神社に祀られている43柱の神々と推測)であると思いますので、その都度触れて行きたいと思います。

この本の「上の巻」の目次は次のとおりです。
序文
・過去の時代(序文の第一段)
・古事記の企畫(序文の第二段)
・古事記の成立(序文の第三段)
一、 イザナギの命とイザナミの命
・天地のはじめ
・島々の生成
・神々の生成
・黄泉の國
・身禊
二、 天照らす大神とスサノヲの命
・誓約
・天の岩戸
三、 スサノヲの命
・穀物の種
・八俣の大蛇
・系譜(スサノヲの命の系譜)
四、 大國主の命
・兎と鰐
・赤貝姫と蛤貝姫
・根の堅州國
・ヤチホコの神の歌物語
・系譜(出雲系の系譜)
・スクナビコナの神
・御諸山の神
・大年の神の系譜
五、 天照らす大神と大國主の命
・天若日子
・國讓り
六、 ニニギの命
・天降
・猿女の君
・木の花の咲くや姫
七、 ヒコホホデミの命
・海幸と山幸
・トヨタマ姫

『古事記』については偽書説もありますが、開祖が「これが宗教の奥義であると知り、武道の奥義も宗教(:宇宙の真理)と一つなのであると知って法悦の涙にむせんで泣いた」(『武産合氣』p.131)とおっしゃられている「宗教の奥義・武道の奥義」が述べられているという観点から読みたいと思います。
開祖は、合気道そのもの(武道の奥義)に立脚して宗教の教え(古事記の言霊解:布斗麻邇言霊『古事記』)で説明されています。「私の武産の合気は、宗教から出て来たのかというとそうではない。(宇宙の真理に基づいた)真の武産から宗教を照らすのです。未完の宗教を完成へと導く案内であります」(『武産合氣』p.192)とおっしゃられている言葉からその立脚点が分かります。そのため、合気道の稽古を続けている人は、『古事記』を読んで、「ああ、このことか」と肯くところがあるはずです。

このホームページの「合気道開祖の教え」に「合気道の霊的・精神的系譜」を載せていますが、中村孝道(こうどう、たかみち) → 望月幸智 → 大石凝真素美 → 出口王仁三郎へと伝えられた言霊75声による解が開祖の言霊解であろうと思います。これは、「五十音に濁音を加へたる七十五音の表を『ますかがみ(一名ますみかがみ)』といひ、各音の『みたま』をしるしたるを『ことたま』と云ふ、…按ずるに『ことたま』といふことを称ふる一派の音義説は、これにもとづきたると、五十音図とありて同じからず。この『ことたまますかがみ』の説は、其起源詳ならず、或は日向の老人某より、参河国崇福寺僧大周に伝へたりといひ、或は京都の医師、野山千秋、其祖父元成より受けたるものといふ。之を世に広めたるは、中村孝道といひし京都の人にて、晩年江戸に来りて之を称へ、一時世に行はる。其著、言霊或問あり」(『国書解題』の「ことたまますかがみ」の項)とあるとおり、言霊学の主流である50音によるものとは異なっていますので、『霊界物語』や大石凝真素美の書物、中村孝道の書物に遡らなければなりません。
開祖は、『古事記』を「神典」 「極典」と表現されていますが、大石凝真素美などの書物にある言葉です。

序文から読む前に、八千代合気会の会員は、「青空文庫」などを開いてこの本が読めるような準備をお願いします。
posted by 八千代合気会 at 17:52| お勧めの本

2015年07月02日

柔道事故

名古屋大学大学院准教授の内田良先生が著者で、平成25年(2013)6月に河出書房新社から出版されました。帯には「29年間で118名の中高生が学校柔道で死亡 なぜこの暴力的文化が放置されてきたのか。事故データの検証、全柔連・被害者家族らへの取材を通じ、『リスク回避』への道を探る」と書かれています。
柔道と同じコンタクトスポーツ(力を抑制せず相手に直接接触する形式)に分類され、相手を畳に投げるということで頭部損傷事故の危険性を有する合気道において、防げたはずの痛ましい事故を防ぐことができたらと願って、夏合宿前のこの時期に取り上げます。八千代合気会の会員のみならず、このブログを読んで下さっている心ある人に届いて、重大事故の再発防止に役立てて頂ければ幸いです。そのような事故の多くは、4月〜7月、合宿では合宿が始まったばかりの初期に起こり、決まって下級生が被害者になっています。

著者は、専門が教育社会学で、社会学の研究でスポーツ事故のデータをカードに写し、それらを分析していて、柔道事故(発生率)の多さに驚かされます。そのデータが巻末に「学校管理下の柔道死亡事故 全事例」として一覧表にまとめられていますが、1983年度〜2011年度(29年間)で118件でした。スポーツ全般の事故事例は7,000件でしたので、わずか1.7%だと感じられるかもしれませんが、中学校の発生率では2.385(10万人あたり)で2位のバスケットボールの0.382と比べて6.2倍の高さであることが分かります。高校ではラグビーの3.840に次ぐ3.450で、3位の野球の0.973を大きく引き離しています。
「柔道事故の最大の特徴は、柔道固有の動作に起因する死亡が大多数を占めていることである。これを『柔道固有』の死亡と呼ぼう。一方、運動時には突然死や熱中症といった、運動に共通して起こりうる死亡がある。これを『運動共通』の死亡としよう。『柔道固有』は、中学校で全体の80.0%(32件)、高校では全体の62.8%(49件)と、いずれも高い割合を示している。そして『柔道固有』の内訳を見てみると、中学校の32件のうち、投げ技・受け身の衝撃によって頭部外傷(急性硬膜下血腫など)が生じて死に至ったケースが30件、その他(寝技で窒息死、投げ技・受け身で臓器損傷等)が2件、高校では49件のうち前者が46件、後者が3件となっている。『柔道固有』とは、そのほとんどが、頭部外傷によるものであることがわかる」
「ここから見えてくるものは、柔道部の活動において、中高それぞれの学校段階での初心者(1年生)が、柔道固有の動作の過程で頭部を損傷し、死に至るケースが多いという実態である」
「このとき熱中症については、『運動共通』の死因であるとの理由から、特段に分析の対象とすることはなかった。しかし、スポーツ全般に生じる熱中症についても、実は柔道部の死亡率が高いということがわかったのである」

この本の目次は次のとおりです。
はじめに
1 事例の足し算から見えてきたこと
2 柔道事故を覆う二重の闇
3 安全な柔道を求めて
第1章 柔道事故の実態と特徴
第2章 事故はなぜ起きるのか
第3章 声をあげた被害者たち
第4章 柔道界・政界からの提言
あとがき

著者の研究は、平成22年(2010)3月の「全国柔道事故被害者の会」の設立と結び付き、柔道事故の社会問題化に発展してきました。この全国柔道事故被害者の会の設立趣旨は、「私たちは、同じ柔道事故の被害者家族として、柔道事故に遭われた方への支援と、柔道事故の被害者を二度と出さないために、この会を設立いたします。私たちの活動が、一人でも多くの柔道事故の被害者の方の支えになり、そしてその活動により、柔道の安全が確立され、悲しい事故・事件がなくなる事を願ってやみません」というもので、内田先生や脳神経外科の先生方の協力を得ながらシンポジウムを開いて、事故の再発防止に取り組まれています。
柔道日本代表女子選手への暴力・パワーハラスメント問題で全日本柔道連盟(全柔連)の役員が代わって、全柔連とも再発防止に関する協議会が持たれるようになりました。

柔道事故の裁判においては、軽い脳震盪でもセカンド・インパクトによって死に繋がることを知らなかったとか、頭を打たせなくても加速損傷により脳の架橋静脈が切れて急性硬膜下血腫を誘発することを知らなかったとかいう理由は認められなくなりました。従来は、畳の上で稽古中の事故には過失がないという判決でしたが、脳神経外科的な知見が明らかになり、責任を問われるように変わりました。

そのようなきっかけを作られた著者の研究は貴重だと思います。
著者は、ウェブ上でも研究成果を発表され、警鐘を鳴らしておられますので、ご覧下さい。
学校リスク研究所 http://www.dadala.net/
部活動リスク研究所 http://www.rirex.org/

平成24年度に中学校の正課に武道の授業が取り入れられましたが、その際、柔道の授業で大外刈りを禁止するなどの措置が取られたのも著者の研究に負うところ大であると思います。その著者が危惧されていることは、武道必修化になったことにより、かえって事故事例(エビデンス)に基づいた的確な実態把握がおざなりになるのではないかということです。
私は、前述のシンポジウムに出席して、武道界に根強く残る「試合至上主義」や「武道修得のためには命の一つや二つという価値観」があることに気付かされました。これも、事故を起こす要因になっています。

合気道における重大事故防止を考えるときにも、どのような状況で事故が起こっているかという過去の事例を知ることは大切なことです。
『合気ニュース』No. 80に「合気道における事故の研究」(志々田文明)が載せられ、その抜粋があります。
http://ameblo.jp/lomeon/entry-11525511018.html
同じ論文が公表されています。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/budo1968/21/1/21_60/_pdf
ここで、「合気道などのスポーツによる事故の場合、大抵は事故者は個人であり、それをとりまく関係者は複数の人間及び団体である。後者が腰を据えて事故の因果関係を分析し、それを報告書としてまとめ、内外に明らかにしようとしない限り、事故の再発を防ぐことは難しいといわざるをえないであろう。筆者が強く提言したい点はこの点である。航空機事故のような詳細な事故報告書が作成されていても事故はくり返されるのである。それさえもなく、あるいはあるとしても少なくとも上記関係者の間で、特に指導者や研究者の間で気軽に参考書として活用できない現状は早急に改善されなくてはならないだろう」と述べられていて、私も同感です。

合気会が公益財団法人になり、公認道場には重大事故などの不祥事の報告が求められていると思いますので、公認道場については情報が集まると思いますが、死亡事故のようなものは、論文にあるように大学と高校で起こっているようです。

恥を忍んで、私の出身合気道部の事故事例が公表されているのでお知らせします。
「大学における課外クラブ活動中の事故と安全配慮義務」 
http://repository.tokaigakuen-u.ac.jp/dspace/bitstream/11334/249/1/kiyo_hw011-012_03.pdf
裁判は、被告が国(大学)、顧問、主将、加害者で、「重大な過失」を問う裁判でした。主将については、将来があるので、ご遺族にお願いして一審判決後に被告から外して頂きました。そして、加害者との和解後に国(大学)と顧問に対して二審が行われ、「本判決は、大学の安全配慮義務は課外クラブ活動に及ぶかの問題に関する論旨の展開には問題があるが、それ以外の、課外クラブの主将の安全配慮義務、課外クラブの顧問の安全配慮義務、国立大学の安全配慮義務の法的根拠、大学の安全配慮義務の及ぶ範囲,安全配慮義務の内容、程度については、従来の判例と同様に、おおむね妥当な判断をしている」となっています。裁判で争われた範囲内での判決の妥当性はそのとおりだと思います。
事故の再発防止の観点からは、「裁判所の認定した事実」が事故事例になりますのでご覧下さい。「原告の主張」で「事故の約1年前にHの事故を経験するなどして」とあるのは、1年前の春合宿で同じ急性硬膜下血腫を起こす事故があり、入院し、癲癇の後遺症を残す重大事故を起こしていることを指します。それで、私は、これをしっかりした再発防止策が実施されていなかったことによる事故と受け止めています。
事故が起こったのが平成4年(1992)で、当時は脳震盪の危険性がまったく認識されていなくて、加害者も頭を打っていることは分かっていたようですが、加害者だけでなくおそらく被害者もそれが危険だと思ってもいなかったようです。稽古中に少なくとも2回以上頭を打っていたようなので、明らかにセカンド・インパクトによる事故だと思います。

このような事故を起こす人には特徴があるように思います。それは意外と力任せの技を掛けている人より、技が切れると思われている人が、受けが崩れてから最後まで(あるいはスピードを落とさずに)投げつけることによって起こしているようです。大学などに事故が偏っているのは、合気道に強さ(破壊力)を求めるからではないかと思います。空手等に比べ、打突による破壊力がないところに物足りなさを感じているのかもしれませんが、受けと取りの役割が決まっている合気道では、取りとなる上級生(先輩)の責任は重大です。
この事故があってから、八千代合気会では受けが崩れてからどうこうするという技の稽古を封印して、攻撃の起りを捉えて相手が崩れるまでの稽古に切り替えました。また、激突事故を防ぐため、投げる方向を統一して道場の外側に投げるようにしましたので、ご協力下さい。

中には、他の道場や大学時代の稽古の経験がある人で、このような稽古を物足りなく思う人も居て、そのような人に限って相手に怪我をさせています。それを注意すると、「ここ(八千代合気会)の会員は受けが下手です」という答えが返ってきますが、大学の事故の後、被害者の死に顔を見ている責任者の注意を素直に受け止めて欲しいと思っています。
もう一つの問題点は、怪我をさせる人が熱心に教える人であることです。それで、怪我をした人が、させた人を庇って、「私が受け身を失敗しました」という報告を上げることです。例え、それが尊敬する人であっても、事故の再発防止という点で誰がどうしたという事実を話さなければ改善されません。

「大先生の技には無理が全く無いのですね。投げ飛ばされても気持ちよく受身が取れるのです。まるで吸い込まれる様な感じで。熟達していない人の技だと、変な風に痛かったり怪我をさせられることもありますが、そういうことが全く無く、本当に動きに無理がないのです」(『開祖の横顔』p.30 菅沼守人先生談)
開祖のような技でなくても安全配慮だけは心がけたいものです。

事故の再発防止に関しては、合気道界では国際武道大学の立木(たつぎ)幸敏先生が第一人者で、『合気道探求』第44号に「頭を打ってしまった時に」を、第48号に「熱中症の予防」をまとめられています。また、次の『国際武道大学 武道・スポーツ科学研究所年報 第17号』のp. 24にも「合気道の安全指導」としてまとめられています。
https://budo-u.repo.nii.ac.jp/?

内田先生の本の「あとがき」に、全国柔道事故被害者の会の村川義弘会長の言葉を借りて、「全日本柔道連盟と文部科学省は、柔道の危険を放置してきたことと、長きにわたって暴力的文化に手をつけずに容認してきたことの責任がある。そして、私たち日本人も同様に責任がある。私たちは、暴力を受け入れ、暴力が続くことを容認してきたのだから」と書かれています。ここで「暴力」を「体罰」と置き換えると、私たちも「体罰」なら致し方ないと思ってきたことでしょう。村川会長は、「悪いこともしていないのに体罰と言うのですか?」「教師や指導者、監督という絶対的支配力を持つ者が事故の管理下にある相手に対して行う『暴力』は、すなわち『虐待』です」とした上で、「すべての指導者、すべての教育者は、大人の理性を持って『虐待』の連鎖を断ち切ってください」と訴えられています。

合気道においても、「受身三年」だとかいう思いで相手(受け)を強くしてやろうという気持ちで強く投げることは、現在では「虐待」になると反省を促したいと思います。
『合気道探求』に、ある講習会で「私を始め参加者全員が(筆者註:あらあら)…の四方投げの受け身で後頭部を打ってしまい」という体験談が載せられていますが、その投げた方がどんな素晴らしい先生であっても、この行為は見習ってはなりません。こういう悪しき指導方法の連鎖は、断ち切らなければなりません。

内田先生の言説を引いて、千葉大学副学部長の藤川大祐教授がおっしゃられている言葉の一部を変えて結びとします。
「本来道場は合気道を学ぶ人たちのためにあり、学ぶ人の安全を守ることは大前提であるはずである。学ぶ人のための道場で学ぶ人の安全が守れないのでは、逆説的すぎる。安全対策の優先順位が低すぎるのなら、高めなければならない」
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/special/CO015131/20150604-OYT8T50445.html 参照

posted by 八千代合気会 at 14:49| お勧めの本

2014年12月27日

日本人の知らない武士道

ニュージーランド生まれで、剣道錬士七段、居合道五段、なぎなた五段の武道家、また、鹿島神伝直心影流も修めている関西大学准教授のアレキサンダー・ベネット先生が著者で、平成25年(2013)7月に文藝春秋社から文春新書として出版されました。

武士道と武道が同じであるとか、武道と武術は違うとか言われますが、どう違うのか、どこが同じなのかを明確に知りたいと思い、この本を手にしました。
著者は、「武士道と武道とは違います」という見解を持っている方ですが、この本では武道から見た武士道というものを説いていて、「武士道を『実戦』から読み解くとはじめて見えてくるものがある」として「武士道」に言及しています。

著者は、1970年生まれで、17歳の時に交換留学で来日し、千葉市立稲毛高校で剣道を始め、遂には武道や武士道を学問としても修められた方で、論理的である上に武道習得者として体で覚えたものからの説明があって納得が出来る内容で、お奨めできる本だと思います。
1987年といえば、八千代市合気道連盟の前身である八千代市合気道同好会が発足してから4年目で、結構近い場所で同じ時代の空気を吸っていたという親しみと、外国人でありながら日本文化や日本語を深く究められたことに対する畏敬の念を覚えながら読みました。

「はじめに」には次のように書かれています。
「武士道という言葉は誰でも知っているだろう。しかし、それが実のところ何を意味するのか正確に理解している日本人がどれほどいるだろうか」
「私は武道を追及する過程で『武士道とは何か』を問わざるを得なかった。そこから私の武士道研究が始まり、やがて生業(なりわい)にもなった」
「近年、武士道は再評価の気運にある。ブームの感さえあり、関連書籍は口々に『武士道精神の復活』を説いている。その論調の多くは、現代日本のモラルの低下、政治・経済の混迷、男性の軟弱化などを挙げて、『今の日本に欠けているのは武士道精神だ』と訴えている」
「しかし、そうした主張のほとんどは、現代における武士道の意義を指摘しながら、では実際にどうやって武士道精神を復活するのかという具体的な道筋については、ほとんど言及していない」
「結論から言うと、私は自分の体験からその問いに対する答えのヒントが武道にあるのではないかと思っている。理念や精神ではなく、実際に体を使って稽古を重ねる武道を体験して初めて分かる武士道の教えがある。だから、私はこれまで一貫して『武士道の復活』よりも『武道の復活』を訴えてきたし、本書でもその主張を繰り返したいと思う」
更に、「ちょうど2012年度から中学校1・2年の保健体育に武道が必修科目として導入された。武道の実践を訴えてきた私としては歓迎すべきことだが、一方で武道は体罰問題にも見られるように、その“出自”からして暴力や加害と裏表の危険性を宿していることを肝に銘じなければならない」と踏み込み、「そのことを含めて武道の可能性を論じるには絶好の機会だ。それは武士道の再考にもつながるはずである。本書がその一助となれば幸いである」という取り組みが示されています。

武士道については、新渡戸稲造の『武士道』、勝部真長の『山岡鉄舟の武士道』、更に遡って山本常朝の『葉隠』の中の「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」などで知られていると思います。私は、これらの本の間に一貫性が感じられないことから釈然としないものを感じていましたが、この本の序章「変転する武士道」などを読んで、時代の流れ、武士の中の階級の違いなどで変遷や差異があることを理解しました。

その武士道の神髄が「残心」であるとする考えが第一章に述べられています。
剣道の試合で勝った者が「ガッツポーズをした瞬間、あるいはVサインをした瞬間、もしくは飛び跳ねた瞬間、間違いなく一本を取り消され、負けを言い渡される」のは「残心がないふるまいであり、武道精神に反すると判断される」からであるということで、これについての詳しい説明があります。
「勝負の結果がどうであっても、心身ともに油断しない。興奮しない。落ち込まない。平常心を保つ。ゆとりを持つ。節度ある態度を見せる。周りを意識して行動する。負けた相手を謙虚に思いやる。(負かされた相手に、参りました、ありがとうございましたと)感謝さえする。これすべて残心である」
このように説明されると良く理解でき、武道の種目を問わずこの神髄が中学校の授業にも取り入れられると良いと思います。

一刀流の伝書に残心について簡潔に述べられていますが、著者の現代語訳を紹介します。
「残心は文字通り『心を残す』と書き、完全に勝ったと思っても油断してはいけない、という教えである。たとえ手ごたえがあるほど敵を突いたり斬ったりしても、どれぐらいの効果があるかは分からない。ちょっとした隙間から意外なことが起こりうるのは昔も今もよくあることだ。敵を殺して首を取っても安心してはならないというところから、この精神状態を残心と名付けたのだ」
武道(あるいは武術)が、兵法と呼ばれていた時代がありましたが、更に平法と名付けられたのは「この精神状態(平常心)」を養う道(方法)と認識されていたからだと思います。

なお、用語として剣道や合気道では「残心」で良いと思いますが、弓道では「残身」が使われているようです。
「残心はほとんどの武道に共通する心身の構えである。たとえば弓道における残身(ざんしん)は、矢を射った後も心身ともに構えと集中力を崩さずに、目は矢が当たった場所を見据えることになる」
弓道の場合は「残身」がその状態を良く言い表していると思います。

第二章「理想のリーダー像」、第三章「死の覚悟」、第四章「人を活かす」と続きますが、第四章の中の「フローの状態で自己統御」に次のように書かれています。
「そうした日本の武術と精神作用について世界中の学者が研究の対象としてきた。たとえば戦闘について研究している人類学者リチャード・ヘイズは戦闘状態における心理的な反応と武術訓練による精神コントロールの関係を検証した。そして、『平常心』『不動心』といった精神状態が、戦闘効率を上げるために重要なはたらきをすることを科学的に明らかにした。脳からアルファ波が出ている時は、精神的に冷静かつ最も集中力が発揮できる状態にあることは知られている。日本の伝統的な武術訓練は、この“アルファ波状態”に誘う効果を持つことが分かっている」
「アメリカの軍隊はアルファ波を利用した訓練を導入している」
「スポーツの世界におけるイメージトレーニング、メンタルトレーニングも、脳のアルファ波状態を目指して行われる。これは心理学で言う『フロー』の状態である。心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱したフローは活動への没入状態を指し、『ゾーン』『ピーク体験』とも呼ばれる。高度の集中と感覚の拡大、まったき自己統御、時間感覚の喪失といった意識変容を伴い、スポーツ選手や武道者らに広く共有される感覚である」

終章「武士道の光と影」の中の「なぜ礼をするのか」の次の言葉と併せて読んで、我々日本人も武道についてもっと科学的に、もっと論理的にアプローチしなければ、次の代に武道の大切な部分が継承できなくなるのではないかと心配になりました。
「海外で人間形成や精神修養といった本質が継承されながら、日本ではそれが衰退しているのはなぜだろうか」
「立礼ひとつとってみても、日本人には当たり前の日常習慣であり、意識することなく頭を下げている。しかし、そうした習慣を持たない人間にとっては、立礼の意味を問う必要が生じる」
「日本人が無意識にやっている簡単な動作のひとつひとつについて、彼らはその意味を問い、学び、理解し、実行する。そうしたプロセスを取ることで、より深い礼儀作法の体得が可能になるという逆説的な事態が生じる。これは外国人である私自身が経験したことである」
「柔道に伴う言葉と行為の意味を伝える必要から、たとえばフランスやドイツでは柔道の指導法が非常に発達している。対象が子どもなら、子どもに合わせた指導法の開発を怠らない。日本では『伝統だから』『昔からそうなっているから』で済ませてしまっていることを、海外の実習者は意識化できる。さらに日常生活で柔道の教えを生かすという精神修養の習慣が教育システムのなかに取り入れられている。これは武道の体系を言語化し、知的に理解することを指す。理解することによって、稽古や試合、日常生活における言動規範の必然性を知ることができる。理解することが武道に内発的に取り組む姿勢を導き出すのである」
「フランスでは柔道を『教育的価値』の高いスポーツとして積極的に宣伝している。例えば漫画のキャラクターを用いて、柔道を通じて体得することを目指す8つの事項をわかり易いかたちで示している。その8つとは、礼儀正しく、勇気、誠実、名誉、謙虚、尊敬、自己管理、友情である。つまり、遊ばせながら、柔道を楽しませながら、適度に規制を加えていくことで、柔道を通じて自己を表現していくことの喜びを体感させ、学ばせている」

日本武道協議会制定の「武道の理念」には、「武道は、武士道の伝統に由来する我が国で体系化された武技の修錬による心技一如の運動文化で、柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道、少林寺拳法、なぎなた、銃剣道を修錬して心技体を一体として鍛え、人格を磨き、道徳心を高め、礼節を尊重する態度を養う、国家、社会の平和と繁栄に寄与する人間形成の道である」と規定されいます。
八千代合気会の会員は、市立図書館に置いてあるので、この本を読んでから、この理念の規定(武道の定義)を自分なりに書きなおして分かり易くしてみましょう。その上で、それを稽古や平素の生活にどのように取り入れるか、どのように生かしていくかを考えてみると、「日本人が理解し、行っている武士道」に変わると思います。
posted by 八千代合気会 at 10:01| お勧めの本

2014年10月22日

最強の武道とは何か

デンマーク出身の空手家、キックボクサーのニコラス・ペタスが著者で、平成25年(2013)8月に講談社から講談社+α新書として出版されました。

この本は2008年からNHK WORLDで放送され、2012年1月にNHK BS1で再放送があった「SUMURAI SPIRIT」の取材を元に書かれています。
著者は、13歳で空手を習い始め、極真会館で内弟子修行をし、K-1に参戦し、K-1で戦うためにボクシング、キックボクシング、ムエタイも学んでいます。そのため「SUMURAI SPIRIT」の取材以外に、第一章で極真、第二章でK-1について触れ、空手、柔道、相撲、合気道、剣道、弓道の取材記事が続いています。終章は「真に強い人の条件」について書かれています。

私は、劇場映画で1975年11月1日に開催された「第一回・全世界空手道選手権大会」の模様を収めている「地上最強のカラテ」を見て、極真空手が地上最強というイメージを持っていましたが、著者のK-1初戦は第2ラウンドTKO負け。
「敗因ははっきりしていた。僕が甘かったのだ。当時の極真には、自分たちの強さに対する過信があったと思う。『極真空手は実戦空手。だから、どんなルールでも負けることはない。自分たちが磨いてきた技が当たれば、相手は絶対に倒れる』 僕も含めて、そんな思い込みがあったのだ。でも実際には、極真空手とK-1はまったく違うもの。もし極真の空手家とK-1ファイターが路上でケンカになったら、どっちが勝つかは分からない。ケンカは『よーいドン』の世界ではなく、先に仕掛けたほうが勝つ。『ケンカ? 俺は相手が気づかないうちに後ろからビール瓶で殴るね』という格闘家もいるほどだ」

合気道は絶対不敗だから自分は誰よりも強いのだ、と思っている合気道修行者がいたら、そのような考えが果たして実際に通用するのかどうか著者の体験を読むと良いと思います。ここに書かれている他の武道の考え方や技術などを知っておくと、他者の良い所を認められ、絶対争わない故の絶対不敗の道を歩めるのではないでしょうか。

合気道については、「合気道の先生たちはみんな落ち着いた人だった。まさに達人という感じだ。そういう人と一緒にいると、自然に『この人に教わりたい、この人から学びたい』という気持ちになってくる」と評価をされていますが、「合気道には、技術的な疑問もある。たとえば寝技がないのはどうしてなのか。ローキックを蹴られた場合の対処法はあるのか」という指摘もされています。

空手では、「試合はある意味で非日常です。でも、一番いいのは日常のなかで空手が活かされること」、「どれだけ威力があるか分かれば、相手を攻撃することもなくなる」、「本来、空手で向き合うのは相手ではなく自分です。身に付けた強さは、一生発揮しないかもしれない。どこまで我慢できるかが大事なんです」などという考えに著者は、「この意見には、非常に納得できるものがあった。感銘を受けた。僕も極真時代から、同じことを考えていたのだ」と述べていて、この著者自身が「SUMURAI SPIRIT」を持った人だと気づかされます。

柔道では、全日本柔道連盟強化委員長が「日本柔道が目指しているのは、昔から一本を取る柔道。一本を取る意味は、相手の息の根を止めるということです。相手を殺すくらいの勢いで投げる。それが本当の一本。綺麗に入って綺麗に投げるのが日本柔道。そのこだわりは必要です」と説明されていますが、この部分をテレビで見た時、「一本を取る意味は、相手の息の根を止めるということです。相手を殺すくらいの勢いで投げる。それが本当の一本」という考え方には違和感を覚えました。この考えは創始者の嘉納治五郎先生の考えと相容れるものでしょうか。
武器を持つ剣道や空手などの全身を武器として鍛える武道は危険性を弁えざるを得ないと思いますが、柔道や合気道のような体術では、投げても頭を打たさなければ良いとか、関節が曲がる方向に曲げているので骨折はしないと思って、技の切れや有効性を追求していると大きな事故に繋がります。思いやりや手加減が、著者が言っている優しさに通じると思います。

相撲では、「横綱にとって大事なのは、どれだけ自分に厳しくできるか。『心技体』という言葉で、まず最初に来るのは心。ただ強いだけではだめで、礼儀作法も含めて武士道のようなものを知っている人間でなければいけない。相撲を取っているなかで、相手に感動を与えることができる。それが横綱なんです」ということですが、20歳代で「横綱」と呼ばれる人の心作りも素晴らしいものだと思います。親方の教育と本人の心掛けが作り上げたものでしょうか。

剣道では、「剣道の勝負は手段であって、決して勝つことだけが目的ではありません。そういう意味では、剣道の技は、対戦相手と自分が協力して作り上げていくものだと思います」ということで、「剣道は打たずに打たれなさい 受けずに打たれなさい 避けずに打たれなさい 力を抜いて柔らかく 相手と仲よく穏やかに 姿勢は美しく 匂うがごとき残心を」と教えられているそうです。
剣道の「気剣体」の一致は、「気…十分な気勢をもって 剣…竹刀を正しい向きで目的の部位に命中させ 体…正しい姿勢を最後まで保つ」ということが三つ揃ってはじめて一本と判断されるそうです。合気道の「心気体」の参考になります。

弓道では、「弓道を始めたばかりのときには、みんな当てることが面白いんです。だから弓道を始める。特に学生は的中を争います。ただ、その上の段階に行くと、精神的なところに(意識が)向かう。当てる弓を引くのではなく、当たる弓を引く。それは心の問題になってきます」という説明があり、「的に向けて射るのではなく『的を引き寄せる』のだ」ということです。
これは、合気道の引力の練磨に通じると思います。

「おわりに」に、「優れた武道家は、みな優しい。痛みを知り、自分自身を深く理解しているからだ。空手道、柔道、剣道といったジャンルの違いは手段の違いというだけで、目指す場所は同じ。人に優しくなること、尊敬される人間になることだ」と感想が述べられ、「武道を学ぶ人が多くなればなるほど、世界は平和に近づく。僕はそう信じている。武道は世界平和への道。そのための気づきを与えてくれた武道家のみなさんに、あらためて感謝したい」と結ばれています。
posted by 八千代合気会 at 17:27| お勧めの本