2010年10月13日

肉体の鍛錬(2)

「宇宙万有の活動」とは「宇宙の真理」のことです。「武における業(わざ)はすべて宇宙の真理に合わせねばならぬ」ということですから、この事を考えることは十分に意義あることだと思います。

肉体に関する「宇宙万有の活動」としては、「天の浮橋」、「八力(対照力)」、「赤玉、白玉(塩満珠、塩乾珠)」、「引力」、「△○□」などがこれに当たると思います。

天の浮橋に立つというと、火(霊)は横、水(身)は縦にして浮橋に乗っかった姿勢です。私は、長い間、天の浮橋として中空にかかった虹を思い描いていたので、足元がしっかりした太鼓橋のようなものだと思っていました。ところが、最近、天と地を繋ぐ雲の道を天の浮橋として描いている絵を見てから、もっとフワフワしたものをイメージするようになりました。そうすると、この橋に立つとしたらフワッと立つことになります。軽業師がボールに乗ってバランスを保っているように、この時、膝の力は抜けています。そして、前後左右どちらにでも自由に動ける姿勢です。

「八力(動・静、凝・解、引・弛、合・分)」とか「赤玉、白玉」は、手を取らせた場合には手の感覚です。それこそ「蝶々の触角のように」という感覚です。「翁先生の手は柔らかかった。手が厚くて温かかった。それでいて、勘所は押えられていた」という手になるように、手は相手を動かす道具ではなく相手を感じる触覚であると思うことが必要になります。

「引力(の養成)」や「△○□」は捌きになるでしょうか。「三角に入身し、丸く捌いて、四角く納める」です。「△○□」は「生産霊(いくむすび)、足産霊(たるむすび)、玉留産霊(たまつめむすび)」で、これを神道では「三元の法則」と言っています。法則ですから、正しく宇宙の真理ということです。図形と漢字から受ける印象として、「△、生産霊」は気が外に出ている生成発展の状態で、「○、足産霊」は相手のことは相手に任せて相手の不足を補う充実具足の状態です。そして、「□、玉留産霊」は統一主宰・中心帰一の状態であることが分かると思います。

「合気道は引力の養成である」ということと「臍から動く」ということは関連があると思います。「己れはたえず円転しつつ、なお己れの円内に中心をおき、そして逆に、相手を相手の円外に導き出してさえすれば、それですべては決してしまうというわけである」(神髄pp.171-172)と言われていることも関連があります。

開祖は、もっともっと肉体に関する宇宙万有の活動について述べられていると思います。それを探求する際、言霊的発想を理解すると良いと思います。言霊的な考え方では、一つの言葉が多くの意味を持ちます。例えば「うけひ」は『古事記』では「誓約」ですが、合気道では「受霊」と書いて別の意味を与えています。「比礼」もまた同様で、羽衣伝説で天女が身につけている羽衣が領布(ひれ、細長いストールのような布)ですが、合気道では「霊出(ひで)」として新しい意味を付加しています。
また、一つの意味(概念)を多くの言葉で表すこともあります。「宇宙の真理」を当たっていたら、「宇宙の仕組」「宇宙の実体」「宇宙の条理」「宇宙の真象」「宇宙の真髄」「宇宙の真相」「大御親の真相」「宇宙の万世一系の理」「宇宙万世一系の理道」「宇宙の万有万神の真象」「宇宙の法則」「宇宙の律法」「神の法則」「天授の真理」「天地自然の法則」「天地の道理」「天の規則」「万有万神の定理」「万有万神の道筋」などなどが見つかりました。特に「宇宙の真理」にこれだけ多くの言い回しがあるということで、改めて合気道は「宇宙の真理」を大切にしている武道だという認識を強くしました。

posted by 八千代合気会 at 00:00| 日記

2010年10月09日

霊界物語

『霊界物語』は出口王仁三郎聖師がトランス状態で口述したものを筆記者が記録した神示です。開祖は、「合気道が強くなりたかったら『霊界物語』を読みなさい」と諭されたそうです。ここに、開祖が言われる「宇宙の真理」が示されているということでの勧めだと思います。
著作権フリーなので、インターネットでも公開されています。聖書と同じように神の言葉として、教団も広く読まれることを望んでいるそうです。
http://reikaimonogatari.net/ (霊界物語ネット ルビ付き)
http://urooni.hustle.ne.jp/siryou.htm (霊界物語 キーワード検索)
聖師は、「汝は執筆するを要せず、神は汝の口を藉(か)りて口述すべければ、外山豊二、加藤明子、桜井重雄、谷口正治(雅春)の四人を招き、汝の口より出づるところの神言を筆録せしめよ」との神の命に従って、大正10年(1921)10月18日から口述を開始しています。何の参考書も見ずに横になったままで口述されたそうで、その模様が写真に残されています。この年の2月12日に第一次大本事件が起り、聖師は、126日の未決生活の後の保釈中の身でした。この時に開祖は口述の場におられたそうですから、口述される様を見て、きっと特別な力を感じられたはずです。
大正13年(1924)1月25日に第65巻までの口述が終り、入蒙が行われます。その後、大正13年12月15日〜大正15年(1926)7月1日に第66巻〜第72巻が口述されます。第73巻〜第81巻は昭和8年(1933)10月4日〜昭和9年(1934)8月15日です。全81巻83冊の『霊界物語』ですが、3日に1冊のペースで口述されています。
第72巻までは『古事記』に従っていますが、第73巻からは『宮下文書(富士文庫神皇記)』と一致しています。そのため、宇宙の根源神「ス(主)の神」が、第72巻までは天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)、第73巻からは天之峯火夫神 (あまのみねひをのかみ)になります。天之峯火夫神は、天之御中主神以前の7代の神の最初の神です。『武産合氣』に、「世のはじまりから天之御中主神造化三神の時代まで数百億万年もたっていると、聖者達もいっている」(p.121)とあるのは、天之御中主神以前のことを指しています。ちなみに『日本書紀』では、根源神は国常立尊(くにのとこたちのみこと)です。
『霊界物語』は、その他に聖書やスェーデンボルグの『天界と地獄』からの引用も含まれていて、これらの概念が良く統合調和しています。しかし、まったく矛盾したところがないという訳ではないので、一つでも矛盾を目にしたら引っ掛かって前に進めない人には無理でしょうが、開祖が何を感じられていたかとか開祖の教えを少しでも知りたいと思う人は、キーワード検索などを使って調べられると良いでしょう。開祖は、81巻すべてを読めと言われているのではないようなので、それをもとにして関係ありそうな箇所を読めば良いと思います。
道文の言葉が出ている箇所をいくつか示します。
宇宙の真相 (物語21-0-3 如意宝珠申 総説)
一霊、四魂、三元、八力 (物語60-4-16 真善美愛亥 祈言)
「ヽ」(霊界物語ではホチ) (物語73-1-1 天祥地瑞子 天之峯火夫の神) 「大虚空中に一点のヽ忽然と顕れ給ふ」
天火水地結 (物語24-4-15 天火水地結 天地火水)
火と水 (物語73-1-12 天祥地瑞子 水火の活動)
高天原 (物語39-99-1 舎身活躍寅 附録大祓祝詞解)
神人合一 (物語14-2-7 如意宝珠丑 難風)
万有愛護 (物語3-10-43 霊主体従寅 配所の月) 「真の神の心は宇宙万有一切を平等に愛護す」
地上天国 (物語49-1-1 真善美愛子 地上天国)
正勝吾勝勝速日 (物語12-4-29 霊主体従亥 子生の誓)
無抵抗主義 (物語15-4-22 如意宝珠寅 和と戦)
合気道を伝えて行こうとする時、開祖の言葉が分るように伝えなければ、開祖が開かれた合気道は魄(目に見える技)だけのものになってしまいます。幸いにして縁を持った八千代市合気会の指導員や会員は、上に示したサイトを活用して、開祖が伝えようとされた合気道の原則の部分をより分り易く伝えて行って欲しいと願っています。
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2010年10月05日

肉体の鍛錬(1)

それでは、『三つの鍛錬』の2つ目の肉体の鍛錬に移りましょう。これは目に見える部分で、開祖の言葉では物質科学の領域の鍛錬です。しかし、これは魂魄でいえば魄(肉体を支える「たましい」又は「気」)の鍛錬でもありますので、単に梃子の原理や遠心力・求心力という力(force 、power)だけで説明のつくものではありません。また、「己れの肉体そのものを宇宙万有の活動と調和せしめる鍛錬」という言葉をじっくり眺めてみると、「相手の肉体」ではなく「己れの肉体」となっていることに気付くことでしょう。この表現は見過ごしに出来ない大切なことだと思います。開祖は、武道家になっていなければ哲学の道に進んでいただろうとおっしゃられる方です。一つ一つの言葉を実によく吟味して遣われていると思います。
己れの肉体の「動き」ということに限定すれば、最近はDVD付きのガイドブックが出ているので大変参考になります。指導者の模範演武やDVDのような動きが出来るよう、最初は技のイメージを作り上げてイメージどおりに動けるように反復練習を続けることから始まります。技は多彩に見えても、足捌きは入身、転換、転身で、手捌きは螺旋に巡らしながらの振り上げ、振り下げがほとんどです。しかし、すぐにそれだけでは克服できないものがあることに気付きます。柔道の試合を見て分かるように、世界チャンピオンでも相手の肉体を動かすということは並大抵のことではないからです。その壁を感じたら、相手の肉体を動かすのではないことに稽古の重点を移さなければなりません。
己れの肉体ということですので、ここで、「リラックス」とか「臍から動く」などの教えが重要になりますが、「力を入れてはならない(リラックス)」ということは「何も考えてはならない」ということと同様に、実際にやってみようとすると難しいことが分かります。瞑想をしていても、妄想が湧かないようにと思ってそれを封じ込めようとすることは難しいことです。それよりも座禅をする時の公案のように、何か別の良いことに考えを集中する方が良いと思います。稽古の中では、「手は蝶々の触角のように」というのが開祖の教えですから、手で何もしない(即ち、手に力を入れない)という努力をするよりも手をセンサーにすることに意識を集中するように切り換えたらどうでしょうか。これだけいろんな武道が出てきている中で、現代では実際に遭遇し得ないと思われる片手取り、諸手取り、両手取りの技を稽古しているのは、手を取る、手を取らせるということに「手は蝶々の触角のように」するという鍛錬の意味があると考えています。
開祖に手を取って教えられた人の話では、「翁先生の手は柔らかかった。手が厚くて温かかった。それでいて、勘所は押えられていた」とのことです。相手がこちらの力を感じれば、無意識に体が固くなり、バランスを取って倒れないように反応します。これを脊髄反射というそうです。相手を動かそうと力を入れると必ず脊髄反射による抵抗を受けます。開祖の手は柔らかかったということは、力で相手(の肉体)を動かそうとされていなかったことを物語っています。おっしゃられるとおり蝶々の触覚のような手であったのでしょう。
読み方によれば、「私は人間を相手にしていないのです。誰を相手にしているのか。強いていえば神様を相手にしているのです」とか「相手を見てはいけない」という開祖の言葉も、このことを指しているのかもしれません。これは肉体よりも気の鍛錬と捉えた方が理解し易いと思います。
「己れの肉体そのものを宇宙万有の活動と調和せしめる鍛錬」とは、相手の肉体を動かそうと意識する鍛錬でないことがおぼろげながらでも分かっていただけたと思います。そこで、次に肉体に関する「宇宙万有の活動」とは何かということに筆を進めます。
posted by 八千代合気会 at 16:42| 日記

2010年10月01日

入蒙記

これは『霊界物語』の特別篇で成書が出版されていますが、インターネットでも公開されています。
http://reikaimonogatari.net/index.php?obc=rmnm (ルビ付き)
http://kumanobunen.hp.infoseek.co.jp/nm.pdf (PDFファイル)
大正10年(1921)2月12日に第一次大本事件が起こっています。出口王仁三郎聖師は、この事件で保釈中(責付出獄中)の身でありながら、大正13年(1924)2月13日に日本を脱出し、朝鮮、満州を経て蒙古入りしています。入蒙の経緯は『合気道開祖 植芝盛平伝』の「大蒙古への決死行(p.154)」で知ることが出来ます。この時、開祖は聖師のお伴で、護衛の役目がありました。当初、この役目は開祖の甥の井上方軒先生(親和体道創始者)が担うことになっていましたが、井上先生が病気のために開祖が交代しています。『入蒙記』では、聖師は日出雄、開祖は守高(もりたか)という名で呼ばれています。
この入蒙は将来の食糧不足に備えるためで、満蒙の地を食糧の供給地とするため、また、無抵抗主義と万有愛護の教えで蒙古に地上天国を築くために挙行されました。政治的な意味はありませんでしたが、後年の満州建国の前奏曲であったとも言われています。入蒙後は張作霖と組んでいた蒙古の馬賊の大頭目・盧占魁(ろせんかい)の協力を得て進みますが、盧占魁と張作霖の関係が悪化し、6月21日には盧占魁が銃殺され、聖師一行も銃殺刑になり、処刑場に並ばされます(パインタラの遭難)。ここで、聖師が7回も辞世の歌を詠みますが、何故か弾が出ず救出されます。この時の救出には、日本領事館や中国全土の馬賊の総頭目・小白竜こと小日向白朗氏の助けや奔走がありました。後に小日向氏は、財団法人合気会の理事を務められています。また、道教の紅卍字会の笹目秀和氏(通称 笹目仙人)と聖師との交わりも、学生であった笹目氏が蒙古を旅行中、「この春、日本から大ラマがやってきて、大変な騒ぎだった」と聞いたことがきっかけになっています。
一行は、7月25日に帰国しますが、この5か月余りの間の記録が入蒙記です。所期の目的が達成されず頓挫した形で終わっていますが、決して無意味な行動ではなかったようです。当時のお金で27万円を注ぎ込んで、教団内部からでさえ愚挙そのものだったという批判がありますが、聖師は終始一貫「大成功だった」と言っていたそうです。神界から命ぜられた何かの準備であったのか雛型であったのでしょう。少なくとも開祖にとっては、翌年の黄金体体験に至る準備の時を聖師と行動を共にし、生死を共にした時期であり、聖師が後見となって言霊で雨を降らせる奇蹟の場面(PDF pp.210-214)や病気を治す場面(pp.153-154)にも遭遇していて、これらの経験は決して無駄ではありませんでした。更に、この入蒙は開祖の眼を世界(そもそもの宇宙や人間そのもの)へと見開かせる契機ともなったようです。このような背景を考えながら、開祖の「宇宙の経綸」という言葉を味わったら良いと思います。
中国武術をこの時期に習得したのではないかということを大本関係者に質問してみましたが、聖師の護衛という役目柄そのような自由な時間は無かっただろうとの答えでした。ただ、蒙古滞在中に暇を見つけて合気柔術を教えることがあったと『入蒙記』に記されています。この入蒙中に、馬賊が放つ拳銃の弾丸が飛んで来る前に気を察知して避けたと伝えられています。開祖は、その気を白い光のツブテ(赤い光の玉という表現もあり)として感知し、ビュンという音としても感知出来たそうです。
PDFで守高が出て来るページは、p.9、55、56、63、65、77、78、83、87、88、90、92、93、97、98、99、100、104、117、122(守高は柔術の実習や講演にメートルを上げている)、126、133(守高が鎮魂の手伝いをしていた)、141(守高は病気鎮魂の為)、145(守高は得意の柔術を戸外で蒙古人に教えていた)、146、154、167、169、172、184、185、188、195、201、202(守高は乗馬の練習に余念がなかった。守高は暇ある毎に柔術を教授していた)、204、205、219(守高は霊的修行に時々参加していた)、220、237、245、246、248、251、252、256、259、265、276、277、278、284、287、289(銃殺刑)、295、298です。
posted by 八千代合気会 at 17:40| お勧めの本

2010年09月27日

神示の解き明かし

もう少し「万有愛護」について神示を紐解きながら見て行きます。次の言葉も神示として与えられています。
「合氣とは愛なり。天地の心を以って我が心とし、万有愛護の大精神を以って自己の使命を完遂することこそ武の道であらねばならぬ。合氣とは自己に打ち克ち敵をして戦う心なからしむ、否、敵そのものを無くする絶対的自己完成の道なり。而して武技は天の理法を体に移し霊肉一体の至上境に至るの業であり、道程である」
普通、これは「合気道の精神」とか「合気道の理念」として受け取られていて、開祖の言葉と思っているかもしれませんが、神示として与えられたものです。経営理念などの「理念」は英語ではprincipleですが、visionとかsloganというのもこの理念になるでしょう。いずれにせよ具体的な数値目標を持たない共通目標のような意味になるでしょうか。しかし、この神示の中で「天の理法」という言葉が出ているところを見ると、これは単なる理念ではなく具体性を持った理合とか術理についての神示ではないかと思います。そのような観点で、この神示を訳してみます。
「合気の理法とは愛の心の働きそのものである。この愛の心は天地の心、即ち宇宙(神)の心のことである。この神が持っている生きとし生けるものを等しく愛する心、即ち万有愛護の大精神を活用して、神が人間に与えた地上天国建設の使命を成し遂げることが武の道である。この愛の心を働かせると、相手に勝ちたい、勝たねばならぬという自分を克服することが出来、敵も負けてはならないと抵抗する気持ちが無くなって来る。これこそが、自分が無抵抗主義に徹して戦うべき相手を無くする、絶対的な自己完成の道となるのである。そうすると、合気道の技は万有愛護の心の働きである天の理法を肉体で表現するものとなり、力で争わない、愛の心に肉体が喜んで導かれる霊肉一致(霊主体従)の至上境、即ち至仁至愛の地上天国に至ることができる業(ぎょう)となり、手段となるのである」
合気とは相手を無力化することであるという定義がまかり通っていますが、神示の中の合気は、開祖の言葉で言えば、相手を無抵抗にすることではなく自分が無抵抗になることだと理解した方がぴったりすると思います。本部道場で行われる偲ぶ会で上映される『植芝盛平 合気道の王座』の中で、「翁の技は、舞っているかのように軽く相手を投げ、しかも投げられた者はどこに力を入れられて投げられたのか分らないと言う」と紹介されているような技を稽古するには、「相手を制する」という気持ちではなく、「相手の好むままに任せる」という気持ちが必要です。「どこに力を入れられて投げられたのか分らない」と言うときには、相手は思ったように攻撃して戦うという気持ちが霧消したという前提が付いています。
自分を愛してくれている、認めてくれていると感じる人の傍に居ると、自分は何でも出来ると思えて来て、持っている力を十二分に発揮できるということを経験したことがあれば、自分の気持ちが抑えられたときと、受け入れられているときの違いが分るはずです。攻撃する相手は、思う存分攻撃して、満足し切って投げられるのです。
愛は結びにも関連しています。結びという言葉は、普通、体が結んだとは言わず、気とか心が結び合ったと言うように遣っているのではないでしょうか。目に見えないので、そんなことは無いと思わないで、心に思ったことは相手に伝わっていると思って稽古に励めば、段々と心と心の結びが分ってくることでしょう。
『三つの鍛錬』で「己の心を宇宙万有の活動と調和せしめる鍛錬」と言えば、己の心を神の万有愛護の心に一致させる鍛錬ということになります。「宇宙万有の活動」とは神の愛の情動のことです。
posted by 八千代合気会 at 03:44| 日記

2010年09月23日

合気道開祖 植芝盛平伝

著者は、植芝吉祥丸道主です。昭和52年(1977)9月28日に初版が発行されています。この時は講談社からでしたが、現在は出版芸術社から発行されています。開祖の伝記として、また、合気道の正史として是非読んでいただきたい本です。
吉祥丸道主は、「生前父から時に応じて“合気の道を正しく世に残すためには、わしの一生を世に出さんとあかん。それができるのはお前しかないのじゃ”と、聞かされていた」とのことで、そのための資料整理、現地取材などを重ね、開祖入神後8年を経てやっと世に出た本です。
伝記や歴史は何をもって客観的というのかが難しいところですが、この本は史家が記した歴史書のような客観性が保たれています。それは、吉祥丸道主の開祖を見る目が、母親の目を通したものになっているからではないかと思います。
「わが血を承(う)けた父であり、いやより以上に大いなるわが師である敬愛おくあたわざる開祖ながら、若いころは、家計のやりくりに苦労する母の姿をかいま見て『清廉は結構だが、なぜこうまでも経済を度外視して行動し、家族に犠牲をしいなければならぬのか』と、ある種の義憤すら感じたことをおぼえている」という心境がベースにあって、「たとえば『植芝商会』は、徴兵検査で帰郷するさい店員数名に権利その他一切を与えている。白滝村の私有財産は、一時その教えをうけた大東流、武田惣角師範におまかせしている。その他、もろもろの場合みな同じ。つまるところ家庭の費消を意に介せず、みずから汗した財産も惜しむことなく放下(ほうげ)して、悔いるところをしらなかった。今にして思えばこのような禅的な生きざまは、理想実現の純なる素志と不可分のはずであり、ゆえによく『宇宙即我』の至境にまで到達しえたといえなくもない。だがやはり、父与六、妻はつのごとき縁の下の無償の協力者に恵まれた、開祖の幸せということを私は感ぜずにはいられない」という気持ちで筆を執られているからだと思います。
この文章を読んで、私たち合気道人も、このような開祖、植芝家の方々を持った幸せを感じながら稽古をさせていただきたいものです。また、合気道が好きで稽古を続けている人は、稽古だけでなく家族や子供たちのためにも時間を割いてバランスを取らなければならないと、他人のことではなく自分のこととして反省させられます。
聞くところによると、岩間での開祖のご指導は、最初に鳥船(船漕ぎ)、天突き、振魂、真向法などの準備体操を行った後で40分位のお話があり、板の間で正座してそれを聞いた後でやっと稽古に入られたそうです。膝が痛かったことと、このお話がよく分からなかったこととが語り草になっていますが、開祖のお話について友末洋治元茨城県知事の追懐が次のように紹介されています。
「講演をなさる時、普通の学者が理論的、科学的に話をするのとちがって、大先生は断片的に話されるので、聞く人によってはひじょうに分かりにくいわけなのです。大先生の中では常識では測りがたい奥深いものがあり、それをちょいちょい引っぱり出してお話になるので、最初のうち凡人にはさっぱり分かりません。しかし何度もお目にかかり、お話を素直におききしているうちに、奥深いところから割り出されているのだという前提でお聞きすると、断片的なものが、自然につながっていくから不思議でした」
確かに開祖のお話は奥深いところから割り出されていますので、合気道を正しく受け継ぐために、道文を何回も読んで理解したいものです。
その際、開祖に与えられた神示が道統の起点になっているということと、「気は合気道そのものなり」という言葉とをそのままに受けて、「神示」の解明や「気」の鍛錬も疎かにしないで取り組みたいと思います。
開祖が使われた「守高」と「常盛」について、p.262に「(合気神社建立の前後頃)また号を、それ以前の植芝『守高』から『常盛』に改めたについても、古事記の影響があったと聞いている」と述べられていますが、聞くところによると、「守高」は、開祖が出口王仁三郎聖師に随行して蒙古に渡った時、聖師の祝詞に「しゅこう」という言葉が出たので、それを当てたお名前だということです。『入蒙記』に「王守高」という名前で出てくるのが開祖ですから、「守高」は大正13年(1924)から終戦の前頃まで使われていたようです。これで、『武道練習』や『武道』が著された時期は「守高」であったということが理解できます。
posted by 八千代合気会 at 23:19| お勧めの本

2010年09月19日

万有愛護とは

ところで、「万有引力」は分かるけど「万有愛護」と言われると何のことだろうかと思う人もいるのではないでしょうか。「万有」は「宇宙に存在するすべての物」という意味ですから、「万有引力」は「すべての物体の間に普遍的に作用する引力」ということで、「万有愛護」は「すべての存在を等しく愛すること」という意味になります。即ち「真の神の心は宇宙万有一切を平等に愛護す」(霊界物語)ということで、「神の愛」という意味です。
日本の武道の歴史を振り返って、この「神の愛」が根幹になった武道は聞きません。その故か、合気の道を志している多くの人も、「愛」と言うと宗教的なものに根差した理念であるとか、絶対不敗の境地に至って初めて味わえる精神的なものというような、何か日々の稽古とは程遠いものという認識ではないでしょうか。そもそも「愛」という言葉が定着していないところに「愛の武道」が存在するはずもなく、言葉を換えた「和の武道」というものも知られていません。そのことを裏付けるように、剣道の方でも「出鼻を抑える(枕を抑える)」ということが大切であると教えていますが、相手と結ぶとか相手に対して無抵抗になるというようなことは教えていません。これは、宮本武蔵の『五輪書』に「枕をおさゆるといふは、我、実(まこと)の道を得て敵にかゝりあふ時、敵何ごとにてもおもふ気ざしを、敵のせぬ内に見知りて、敵の打といふ“う”の字のかしらをおさへて、跡をさせざる心、是枕をおさゆる心也」とあるとおりです。「抑える」という言葉は「相手を制する」とか「相手を無力化する」という言葉の意味するところと同じです。
それだけに、愛の武道という合気道は、日本だけでなく世界を見渡してもかつてなかった新しい武道です。そのように従来の武道の延長ではないという認識で合気道に取り組めば、真の武道の入口に立つことが出来るのではないでしょうか。
ただ、開祖が「(神示を受けて)改めて先祖からの技をやらなければならなくなった」と話される時には、この愛の武道の起源を神代まで遡られて、我々の先祖は「神武不殺」であったとか、そもそも「神の愛」によってこの世が創られたというように理解されていたと思います。それで、「(今まで隠されていたが)このような今日の時代になって、神示によってはじめて現れたのが武産合気である」(武産合氣p56)と言われたことに繋がって来ます。神代あるいは神武天皇の御代以来、絶えて久しいものが神示によって今の時代に世に現れたということです。
神示と言えば、昭和17年(1942)に受けた「武産合氣の神示」に、「皆、空に愛の氣を生じて一切を抱擁する。之、武産なり」「種を有しても大地が愛をすくってうけてくれねば結び生ぜぬ。故に、初の兆の愛の氣に結びて武産の愛の氣を以て業を生め、一時のからくりでなく、神業の神力が生じてくる」「武産の武は、形より心を以て、本とし、之の魂のひれぶり、武としての活躍なれば、之大神の愛の氣結(きむすび)である」(合氣道で悟る)と「愛の氣」「愛の氣結び」が示されています。
posted by 八千代合気会 at 23:37| 日記

2010年09月16日

合気道開祖植芝盛平

著者は、砂泊兼基先生です。昭和44年(1969)2月28日に初版が発行されています。開祖がこの年の4月26日に亡くなられたので、開祖の生前に書かれた伝記では唯一のものです。開祖は、砂泊先生がこの本を書くために、ご自身が受けられた神示などの資料も預けられたようです。
砂泊先生は熱心な大本教の信者であったためか、合気道に流れ込んでいる大本の教え(宗教的な真理)や出口王仁三郎聖師と開祖との間にあった交流などに紙数が費やされています。そのため、開祖の言葉が難解であると思われている人は、この本を読まれると理解が進むと思います。この本は『武の真人』と改題されて出版されています。「真人」について、この本には「霊肉一致して統一し、神人合一の状態を、時に応じ、変に臨んで具現し得る人をいう」と書かれています。
「真の武道」を求められた軌跡が描かれていますので、よく読めばそれも見えて来ることでしょう。
「彼の目指すのは、従来の武道の観念に打ち勝って、如何にして武術の武技を天地の理法に合うようにするかということである」、「剣の使い方、槍の使い方、それに体の使い方(体技)が相応の理によって、合理的に出来上がった業を武技というのであるが、(略)この素人目には出来上がったように見える技も、長年月の修練に訓練してきたものが施されないと、技をかけるに無理が生ずるのである。無理がないようでも、無理があるのである。盛平はこの無理があるのを知って、出来るだけ無理のないような武技に苦心したのである」というようなことも、その軌跡です。
「合気道の創始者が、幾多修練の結果、体の極限を知るに至り、さらにその奥へ至らんとして開き得た道は、以上述べたように精神界の解明であったといえるのである。無限の精神界に突入して、その深遠微妙な理法を示現することが出来て、それが合気道の開顕となったのである。この精神界の真理の体得、体現がなかったならば、今日の合気道は世に出なかったであろう」と述べられている「精神界」とは、宗教的な真理であって、目に見えない気の世界のことであったと思います。
posted by 八千代合気会 at 23:47| お勧めの本

2010年09月11日

愛を育む稽古(4)

これで「愛」という心を働かせるために言葉が大切なことがお分かりいただけたでしょうか。「さあ、いらっしゃい」「どうぞ(あなたのお好きなところに行きなさい)」「あなたが好きだ」「愛おしい」「愛しているよ」などの言葉に力があるということが分かれば、稽古の時に密かな実験を試みられることをお奨めします。
自分の性格を変えるために「アファメーション(affirmation)」というものを行っている人がいると思います。これは、鏡に映る自分に対して意識的に肯定的な言葉を口に出して、ゆっくりと、意味をよく理解しながら断定して唱えることです。中村天風先生の教えであれば「観念要素の更改法」がアファメーションです。自分を変えるために言葉を使うのが有効であれば、他人にも愛に満ちた肯定的な言葉を思い浮かべながら対すると関係が違って来るはずです。
開祖が、「合気とは、言霊の妙用であります」とおっしゃられていますが、「言霊とは声とは違う。言霊とは腹中に赤い血のたぎる姿をいう」とも言われています。愛の言葉も、単なる唱えではありません。意味するところ(心の働きで言えばmind)だけでなく、心の底から湧き出るもの(heart)がなければなりません。
出口王仁三郎聖師によると、「言霊の妙用を解してこれを実地に応用する時は、天地万物を自在に動かすことを得べく、地震、風雨、雷電を駆使する如きは実に易々たる業なり」(神霊界)ということで、言霊は天地万物を動かす力を持っています。実際に、信者にせがまれて断り切れなくなった聖師が、「風の神、風起こせ」と言ったら風が起り、「雨の神、雨降らせ」と言えば大雨になったそうですから、この聖師の言葉は決して大法螺ではありません。
心の底から湧き出るものは言葉の端々に表れ、また、雰囲気としても伝わって来ます。実際に私は、昭和42年(1967)4月9日に開祖にお会いする機会があり、その体育館の道場の控室でご挨拶をした時、開祖から「海を越えてよくいらっしゃった」と声を掛けられて恐縮した思い出があります。山口県柳井市の体育館でしたので、開祖は新幹線で東京から大阪まで4時間、更に柳井まではもっと時間が掛かったのではないかと思います。当時、私は学生で、大学がある四国の松山市からフェリーで2時間半もあれば柳井に着くことが出来たからです。合気道を始めたばかりの青二才に、合気道の頂点に立つ御方が掛けられる言葉であれば、もっと尊大な言葉がたくさんあったと思います。しかし、その時に開祖の口から出た言葉は上のようなものでした。
もう一人、初めて会って握手をした方のことが思い出されます。その方もある組織の頂点に立つ方でしたが、偉い方であるという以外に何の予備知識も先入観も持ち合わせていませんでした。それなのに、握手をした途端、体全体がふわっと何とも言えない温かいものに包まれました。後に知ったことですが、この方が刑務所を慰問された時のことです。何の面識もない死刑囚に会って、どう声を掛けたら良いのかという思いが頭をよぎったそうですが、口をついて出てきた言葉は「ご両親はお元気にされていますか」という言葉であったそうです。その囚人の心は一瞬にして和んだのではないでしょうか。
誰であっても、このような方なら山岡鉄舟の膝や肩に乗ったネズミのようになると思います。
口先だけの合気道や手先だけの合気道ではない、心の底から湧き出るものがある合気道になるようにする稽古法があるとしたら、まず、愛の言葉を心に思うことではないでしょうか。
posted by 八千代合気会 at 23:57| 日記

2010年09月07日

合気道教本

著者は、植芝吉祥丸道主です。昭和38年(1963)12月1日が初版発行日になっています。現在、この教本は発行されていませんが、監修が合気道創始者植芝盛平道主になっている数少ない本ですので、紹介します。
『合氣道』『合氣道技法』の後、英文『Aikido』が発刊されていますが、この本は、その『Aikido』に載録された写真を中心として教本としてまとめられたものです。
『合氣道技法』で植芝盛平道主が、「斯道の修行者は此の世の造主大御親の御心御姿即ちその全極徳をこの世に神習い行う人としての天の使命を尽す主体たるべきなり」(序)と言われているところを、吉祥丸道主は、「合気道は武道であり、武道から出発した人間性向上の永遠なる道である」「こうした人間性向上への心の作用を動作によって表現していくところに無限に流れる合気道の技法がある」(総説)と示されています。
この教本から「呼吸力」について書かれた部分を次に抜粋します。
「合気道でいう呼吸力とは気力を主体として、それに肉体的なあらゆる力を総合したもので(気、魂、体)三位一体となって現れた人間が持つ最高の力をいう」
「呼吸力の養成は合気道演修上重要なもので正しい呼吸力の発揮なくして真の合気道の技法はない」
「(立法の呼吸法の説明)自己の片手を相手が側面から両手で取った場合、左足を一歩出しながら両手先を通じて無限に呼吸力を出しつつ右足を相手の後に移行し、掌を上に返し切り下す」
「(外回転投げの説明)左手刀にて相手の右手側より大きく弧を描いて廻し、体を相手の右側面に並ぶごとく転じる。次いで左手刀で相手の右手掌をひっかけるような形で導き右手は相手の首筋を抑え、呼吸力を加えながら前方に投げる」
「(第一教の説明)最も大切な基本技で合気道の呼吸力、入身、転換、捌き等が集約されている」
「(正面打ち第一教の説明)右足を出しつつ両手刀状の指先を通じて充実した呼吸力が流れ出るように、相手の右腕を振り上げる。次いで相手の右肘をねじるように、呼吸力を加え左足を大きく踏み込み抑える」
「(天地投げの説明)相手に両手首を持たれると同時に、右手を右上に螺旋状に上げて、左手を左下方に、両手指先を通じて呼吸力が無限に流れ出るように伸ばしつつ相手を倒す」
「(肩取り呼吸投げの説明)自己の右手を手刀状に作用させて相手を誘導し、さらに呼吸力を加えて相手を投げる」
「(後取り呼吸投げの説明)相手が後から両腕で掴もうとするや、全身に充実した気力を出して、体の転換、呼吸力を加えつつ相手を自己の前に落すように投げる」
吉祥丸道主が示された技は分りやすい技です。教本の説明も、一般の人が理解出来るように平易な表現を心掛けられています。一般の人に合気道を普及しようとされているからだと思います。それで、「呼吸力」についても出来るだけ分り易く説明しようとされています。以上の共通するところを分類してまとめると少し見えてくると思いますが、「気の力を主体として、気、魂、体が一体となって働く、相手に対する作用」「折れない腕を作る時と同じ、指先から気を出している状態」「相手が固まらないように、相手が触れられていると感じる程度の力」などを「呼吸力」と説明されていると思います。大東流の「合気」とは理合が異なるため「呼吸力」と呼んでいるので、混同しないようにしたいものです。
posted by 八千代合気会 at 17:29| お勧めの本