2010年09月07日

合気道教本

著者は、植芝吉祥丸道主です。昭和38年(1963)12月1日が初版発行日になっています。現在、この教本は発行されていませんが、監修が合気道創始者植芝盛平道主になっている数少ない本ですので、紹介します。
『合氣道』『合氣道技法』の後、英文『Aikido』が発刊されていますが、この本は、その『Aikido』に載録された写真を中心として教本としてまとめられたものです。
『合氣道技法』で植芝盛平道主が、「斯道の修行者は此の世の造主大御親の御心御姿即ちその全極徳をこの世に神習い行う人としての天の使命を尽す主体たるべきなり」(序)と言われているところを、吉祥丸道主は、「合気道は武道であり、武道から出発した人間性向上の永遠なる道である」「こうした人間性向上への心の作用を動作によって表現していくところに無限に流れる合気道の技法がある」(総説)と示されています。
この教本から「呼吸力」について書かれた部分を次に抜粋します。
「合気道でいう呼吸力とは気力を主体として、それに肉体的なあらゆる力を総合したもので(気、魂、体)三位一体となって現れた人間が持つ最高の力をいう」
「呼吸力の養成は合気道演修上重要なもので正しい呼吸力の発揮なくして真の合気道の技法はない」
「(立法の呼吸法の説明)自己の片手を相手が側面から両手で取った場合、左足を一歩出しながら両手先を通じて無限に呼吸力を出しつつ右足を相手の後に移行し、掌を上に返し切り下す」
「(外回転投げの説明)左手刀にて相手の右手側より大きく弧を描いて廻し、体を相手の右側面に並ぶごとく転じる。次いで左手刀で相手の右手掌をひっかけるような形で導き右手は相手の首筋を抑え、呼吸力を加えながら前方に投げる」
「(第一教の説明)最も大切な基本技で合気道の呼吸力、入身、転換、捌き等が集約されている」
「(正面打ち第一教の説明)右足を出しつつ両手刀状の指先を通じて充実した呼吸力が流れ出るように、相手の右腕を振り上げる。次いで相手の右肘をねじるように、呼吸力を加え左足を大きく踏み込み抑える」
「(天地投げの説明)相手に両手首を持たれると同時に、右手を右上に螺旋状に上げて、左手を左下方に、両手指先を通じて呼吸力が無限に流れ出るように伸ばしつつ相手を倒す」
「(肩取り呼吸投げの説明)自己の右手を手刀状に作用させて相手を誘導し、さらに呼吸力を加えて相手を投げる」
「(後取り呼吸投げの説明)相手が後から両腕で掴もうとするや、全身に充実した気力を出して、体の転換、呼吸力を加えつつ相手を自己の前に落すように投げる」
吉祥丸道主が示された技は分りやすい技です。教本の説明も、一般の人が理解出来るように平易な表現を心掛けられています。一般の人に合気道を普及しようとされているからだと思います。それで、「呼吸力」についても出来るだけ分り易く説明しようとされています。以上の共通するところを分類してまとめると少し見えてくると思いますが、「気の力を主体として、気、魂、体が一体となって働く、相手に対する作用」「折れない腕を作る時と同じ、指先から気を出している状態」「相手が固まらないように、相手が触れられていると感じる程度の力」などを「呼吸力」と説明されていると思います。大東流の「合気」とは理合が異なるため「呼吸力」と呼んでいるので、混同しないようにしたいものです。
posted by 八千代合気会 at 17:29| お勧めの本

2010年09月03日

愛を育む稽古(3)

開祖の言葉の「結び(産霊)」も愛に関連しています。「生産霊(いくむすび)」「足産霊(たるむすび)」「玉留産霊(たまつめむすび)」を別の言葉で言えば、「生成発展」「充実具足」「統一主宰・中心帰一」です。私は、これを「(一人の男性又は女性の心に)愛が芽生え」「(一緒になって)夫婦として助け合い」「(やがて)家族全体が一つになる」というイメージで理解しています。そのようなイメージを技に表すと、「生産霊」で相手を受け入れ、「足産霊」で相手の足りない所を見出して2+8=10とか5+5=10になるように足して導き、「玉留産霊」で一体化するということになります。
開祖が、「合気とは言霊の妙用」であると言われていることから、この時に心に思う言葉(言霊)も大切な要素になります。そんなことを考えている時に、尾張柳生の柳生延春宗家が、柳生新陰流には石舟斎以来「迎え」というものがあって、相手が掛かって来た時に「さあ、いらっしゃい」という心持ちで対峙するのです、とおっしゃられていることを知りました。「さあ、いらっしゃい」は正に「迎え」であり、「受け入れ」の言葉です。開祖も、「相手がかかってきたら、ちょっと体をよけまして、『どうぞあなたのお好きなところに行きなさい』とやるんです」ということですから、この「受け入れ」を心の中で言葉にされていたのだと思います。
また、作家の桑沢慧氏(剣道四段)が、『植芝盛平という「大宇宙」』(『月刊秘伝』1997年9月号)で、「闘争本能が先天的に欠落しているのか、たとえ自分ではどんなに熱くなっているつもりでも、心のどこかが冷めていて、本心から相手を倒す行為に没入できない。それが身体の隙となって現れ、相手にとってはいともたやすく打つことができるらしい。これは格闘技をやる上では致命的な欠陥だ。心の冷めた部分を何かで埋めないと、現状は打開できない。そこで考えたのは、相手を敵とは思わず、むしろ逆に『あなたが好きだ』と思うことだった。相手を好きだと強く思い続けることで心の冷めた部分を埋め、打ち合いに臨んだらどうなるのか。これは誰にも相談せず、自分だけで考え実行した、私だけの密かな実験だった」、「『攻めが変わった』と言われるようになったのはこの実験を始めて間もなくだった。私自身、相手の目を見続けることができるようになったことと同時に、相手の動きが実によく見えるようになり、一方的に打たれまくるという醜態から次第に遠ざかっていった」、「その内、私の変化に気づいた師範代や朋輩たちが、何か特別な訓練でもしているのか、と尋ねてきた。私は正直に答えるのが面はゆく、言葉を濁していたが、ある日親しい朋輩に実験のことを打ち明けた。ところが、あなたが愛(いと)おしいと思いながら稽古している、と言うと気味悪がられてしまい、冗談ということにされてしまった。我々日本人は愛という言葉を男女間の恋愛に限定して捉えがちなことが、争っているときに愛おしく攻める、という矛盾した行為への理解を妨げているように思えた」という体験を発表されています。
posted by 八千代合気会 at 10:38| 日記

2010年08月30日

合氣道技法

著者は、植芝吉祥丸道主です。『合氣道』と併せて二部作として上梓されました。奥付では、『合氣道』と同じ昭和37年(1962)1月25日が初版発行日になっていますが、目次の前に書かれている「合気道技法発刊に際して」には、「漸く合気道技法編を発刊する運びとなった。前著『合氣道』の続編として前著についで間なしに発刊する予定が随分延びたものである」となっていて時間的なずれが相当あったような書き振りです。小田原市立図書館の『藤田西湖文庫目録』では、『合氣道技法』は昭和37年1月25日発刊ですが、『合氣道』は昭和32年(1957)8月30日となっているので、或いはそうであったのかもしれません。
『合氣道』では足捌きが「運足図」で示されていましたが、この『合氣道技法』では手捌きも「流気図」で示され、工夫が加えられています。技の名称も現在のものとほぼ同じになっています。「合気投げ」という技が項を改めて取り上げられていて、「合気投げとは、相手の気持を誘導、相手にふれず、ただ動きだけで相手の体を崩し、動きの極地を体現して投げる技をいう」という説明がなされています。「相手にふれず」というところが特徴的なところでしょうか。
呼吸力については、「合気道では、しばしば “気” “気の力” “気の流れ” という言葉が用いられるが、これが合気道の技の生命として流れる時、その力を呼吸力という」という説明があります。
posted by 八千代合気会 at 23:48| お勧めの本

2010年08月26日

愛を育む稽古(2)

開祖が「三つの鍛錬を日ごろより実行し、実践してこそ、真理不動の金剛力(呼吸力)が己れの全心身に喰い入るものとする」という中で「己の心を宇宙万有の活動と調和せしめる鍛錬」と示されているものが、この愛の心を育む鍛錬です。「(合気道は)敵と闘い敵を破る術ではない。世界を和合させ人類を一家たらしめる道である。すなわち、おのれを宇宙の動き(宇宙万有の活動)と調和させ、おのれを宇宙そのものと一致させることにある。修行者は、このことを日常の鍛錬を通じて悟るべきである」とも言っておられ、鍛錬の中に取り入れる大切さを強調されています。この愛の心は、「宇宙の心」(神髄p.34)又は「万有愛護の大精神(心)」、即ち「世の中の生きとし、生けるものに喜びを与えるように接(する心)」(神髄p.114)のことです。
この鍛錬で一番最初に行うことは、まず家庭の中を愛で満たすことだと思います。マザー・テレサの言葉ですが、「愛は家庭から始まります。まず家庭の中で不幸な人を救いなさい。両者が愛し合い、母親が家庭の中心となりなさい。平和とうるおいの家庭が築けたら、隣人を愛しなさい。自分が自分の家庭が、愛に満たされなければ隣人を愛せません」と言われていることは、そのとおりだと思います。
アメリカインディアンの教えも「仲間の愛の中で育った子は世界に愛をみつけます(If a child lives with acceptance and friendship, he learns to find love in the world.)」(加藤諦三著『アメリカインディアンの教え』)で、まず家族が受け入れ合うこと、関心を示し合うことから始まり、その体験が隣人を愛する行いになって表れます。
開祖は、ご両親から特に愛されて育てられています。そのことは、「まだ盛平が生れない前に、盛平の父がこの(熊野神社の祭礼で投げ与えられる)白い花にめぐりあったので、盛平が生れた時には、両親は、この子は熊野神社の申し子だといって喜んだ。おまけに初めての男の子であったので、ひとしお大事に育てられた」(砂泊兼基著『合気道開祖植芝盛平』)ということから伺い知ることが出来ます。
不幸にしてそのような体験を持たない人でも、「(心が)この愛で満たされるように、熱意を込めて神に祈りなさい」です。そうすると、「人となりは、その心に思うそのままである」(ソロモンの箴言)ということで愛の心は体から滲み出て来ます。思いの表れですから、開祖の言葉では「念力」「念彼観音力」です。この「念」は「気」とも関連していますが、そのことは後ほど述べます。
マザー・テレサの祈りは、次のようでした。
「主よ、私は思いこんでいました
私の心が愛に漲っていると
でも心に手を当ててみて
本音に気づかされました
私が愛していたのは、他人ではなく
他人の中の自分を愛していた事実に
主よ、私が自分自身から解放されますように」
この愛が単なる押しつけの愛とならずに受け入れの愛となるため、鍛錬の過程で、マザー・テレサのように自分の心の奥底を覗き込むことが必要です。このことは、開祖の言葉では「禊」と表現されています。「つまり合気道は禊の技であるということである。禊の技で常に万有愛護の大精神を鍛え、万有万神の条理を守り、自己の使命を完遂することである」(神髄p.38)
完全な愛を最初から持っている人は誰もいません。問題にぶち当たりながら、完全なものとして行くのが鍛錬だと思います。そういう意味でも、この愛を育む鍛錬は、まず実行、実践です。
posted by 八千代合気会 at 00:44| 日記

2010年08月22日

合氣道

著者は、植芝吉祥丸道主です。これを発刊された昭和32年(1957)当時は若先生と呼ばれていました。植芝盛平道主(開祖)は翁先生でした。合気道と呼称されるようになって初めての『合氣道』と銘打った本ですが、植芝盛平道主の方針もあって、それまで一般向きに出版された書物がなかったので、一般向きの本としても初めてのものです。
復刻版が出ているので、合気道とは何か、開祖とはどのような御方であったかを知るために読まれると良いと思います。「合気道とは植芝盛平道主が難行苦行の結果生み出した武道である。そしてこれは、大自然に同化した一体化した動きであり、そこには対立相剋の世界もなく、相手もなく、ただ自己の気が宇宙の気に合して動くというものであり、その体的表現が一に合気道として現れて来たものである」と書かれています。今なら、「大自然に同化」は「宇宙(空間と時間の概念を含んだ意味を持っている)に同化」、「体的表現」は「気心体の表現」とすべきだと思いますが、合気道を世に出そうとされた吉祥丸道主が、一般に分りやすい表現にすべく心を砕かれた跡が感じられます。合気道の力学的考察も述べられていて、「独楽の如く廻る」「正三角四面体」「遠心力、求心力」「円運動、球運動」などの言葉で説明されています。
主要な出来事が起こった時期は後々の本で改められていますが、例えば、武田惣角師との邂逅が明治44年(正しくは大正4年2月)となっていたり、「チチキトクスグカエレ」の電報が舞い込んだのが大正7年の春も深い頃(同、大正8年12月)とか一家を挙げて綾部に移り住んだのが大正8年(同、大正9年)となっていたりして、正確でない部分があります。
『合気神髄』で「位づけ」(p.164)と表現されていますが、この本には「手が触れたら指一本で抑えることができた。この時に『ウナギ掴み』、即ち気を以て相手を抑える『続飯(そくい)づけ』の妙法を悟ったという」と書かれているので、「位づけ」ではなくて、「続飯づけ」又は「即位づけ」が正しいと思います。続飯とは、米粒を練って作った糊のことで、刀の鞘(2枚の板で出来ている)を接着するときに用いられています。剣道では、鍔迫り合いのことを「続飯付(馬庭念流)」「即位付(一刀流)」と呼んでいます。この本で、「指一本で動けなくなってしまうとは、やはり急所でしょうか」という問いに、翁先生が、「要するに、こういうことなんです。人を中心にして円をかく。この円内が、その人の力の及ぶ範囲なんです。いくら力のある人でも、この円の外には力がいかない。無力なんです。だから相手をこの円の外に置いて押さえれば、人指し指でも小指ででも押さえることができる。相手は既に無力になっているのですから」と答えられているものが、この「続飯づけ」の妙法です。
「道主を中心とした或る座談会」に、「それが七年前、真の合気の道を体得し、『よし、この合気をもって地上天国を作ろう』と思い立ったのです」と答えられている箇所があり、「真の合気道は『愛』であり、和合であるとしました」と説明されています。この座談会は昭和32年(1957)に開かれたものではないかと推測していますが、そうすると真の合気の道を体得されたのは昭和25年(1950)頃ということになり、開祖が66、67歳の時のことになります。この「真の合気道」の追求は、もっと稽古の目的として意識されて良いことだと思います。
座談会で、「実はわたしも哲学の方に進むのが本当だったかも知れません。多分に肉体的の面よりも、精神的の方が進んでいますから・・・」と翁先生が答えられているところを読んで、長い間、武道家と哲学者のイメージが一致しませんでしたが、今は、翁先生が、「自分とは何か、宇宙とは何か」を探求された(哲学された)結果創り出されたのが合気道なのだから、そのことをおっしゃられているのだという理解に至っています。確かに、合気道の技の理合も、物質科学だけでなく精神科学をしなければ解けませんね。
posted by 八千代合気会 at 07:04| 日記

2010年08月18日

愛を育む稽古(1)

「愛がなければ」地上天国建設はできない、「愛がなければ」地上天国とは成り得ないのです。しかし、この「愛」という言葉は、まだ日本語として定着しているとは思えません。そのためか、私が、夫婦間で「愛しているよ」と毎日言い合った方が良いですよ、と話しても、それを実行に移す人は少ないようです。夫婦間が必ずしもしっくり行っていると思えない人でも、現状を打破しようとする気持ちよりも気恥ずかしさが先に立って出来ないのです。日本人はそんなことは口に出して言えない、と言われてしまいます。朝、仕事に出かける時に「気を付けてね」とか「今日は早く帰ってくるよ」とかは口に出していると思うのですが。
合気道の「万有愛護」は、江戸時代後期に国学者の平田篤胤(あつたね)が入手した、禁書の中国語訳聖書の中にあった「愛」という言葉が起源のようです。平田篤胤の国学は本田親徳(ちかあつ)、長澤雄楯(かつたて)、出口王仁三郎へと受け継がれ、そこで「万有愛護」という言葉になって開祖に至ります。「愛」は中国語由来の言葉で、万葉集の山上憶良の有名な歌「瓜食めば子ども思ほゆ 栗食めばまして偲はゆ いづくより来たりしものそまなかひに もとなかかりてやすいしなさぬ」の詞書に、「誰かは子を愛せずあらめや」と書かれているのが一番古いようです。
ざっと数えたところですが、『合気神髄』に「愛」が出てくるページが32ページあります。これは、「気」の40ページ、「魂」の36ページ、「和合」の34ページに次いで多い数です。その次は「禊」の30ページで、これがトップ5です。この中で、現代の日本人が概念を掴みやすいのは「和合」だけでしょうか。
日本語としては、まだ実際の気持ちと合った言葉とは言い難い「愛」です。そのためか、「愛」は合気道の理念であると言う人は多くても、合気道の技の理合(術理)として、「愛」によって技が成り立っていると教える人は少ないようです。例えば、「正面打ち第一教」の技を示して、この技のように相手と争わないことが「愛」であるとか「和合」ですという説明はされても、実在の精神である「愛」の作用をどのように技に現すかというような稽古をしている人は少ないのではないでしょうか。それで「肩取り第二教」の極めになると、一気に「相手を制して」という方向に進んでしまいます。相手は、肩や手首が痛いから闘争心を放棄するのでしょうか? 「敵をして戦う心無からしむ」は「万有愛護の大精神」に結びついた言葉なので、どうも「制する」ということではなさそうです。
平田篤胤が導入した「愛」が聖書にどう述べられているかと求めれば、「わたし(イエス・キリスト)のいましめは、これである。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。人がその友のために自分の命を捨てること、これよりも大きな愛はない」(ヨハネ伝15章)に行き着きます。これは愛の理念についての教えではありません。実践するようにとの教えです。開祖の言葉では、「実在の精神において行う」です。実際に行動に表して育まなければ大きくなりません。
posted by 八千代合気会 at 07:50| 日記

2010年08月14日

山岡鉄舟 春風道場の人々

著者は、牛山栄治です。同氏は、山岡鉄舟の伝記を6冊著していますが、この本には清水次郎長との次のようなエピソードが記されています。
ある時、次郎長が山岡を訪ねてきて、突然妙なことを言い出した。
「先生! 剣なんてたいした役には立ちませんね」
「どうして役に立たぬな」
「そりゃわたしの経験ですがね、わたしが刀を抜いて相手をするときには怪我もしたもんですが、素手で、この野郎、とにらみ付けると、たいていの奴は逃げちまいます」
「誰にでもそうかな。そこに刀がある。それで俺に斬りかかって見ろ。もしかすり傷一つでも俺につけたら、お前の勝ちとしよう」
きかん気の次郎長は、刀をぬいて、坐っている鉄舟をにらんでいたが、やがて刀をおき、「どうもいけねえ先生に向うとすくんでしまう。どうしたわけだろう」
「そりゃ喧嘩できたえたお前が、この野郎、と相手をすくませるのと同じだよ。俺はお前よりよけいに撃剣のけいこをしている」
「どうしてけいこを積むと、相手がすくむんですかね」
「そりゃ眼から光が出るからだ」
「撃剣の稽古を余計にすると、余計に光が出るんですか」
「出るとも。撃剣ばかりじゃねえ、何でも修業を積むと、それだけ光が余計に出る。目から光が出るようにならなきゃあ、偉くはなれねえ」
十六歳年長の親爺を前に、楽しそうに、山岡はじゅんじゅんと説き、そばの画箋紙に、
「眼光輝ヲ放タザレバ大丈夫ニアラズ」
と大書して与えた。
ここを読んで、大先生が、「△は気にして力を生じ、また、体の三角体は破れざる丈夫の姿勢を具備さすべく、この鍛錬により光と熱と力を生ず」と言われていることとの共通性を感じました。光が出るのは気の働きです。鉄舟が、坐禅をしていて、ぐっとにらむと、棟のネズミがばったりと落ちるようになった、と伝えられています。これは鉄舟二十代の頃の話ですが、晩年には、座禅や写経をしている鉄舟の膝や肩にネズミがよじ登ったそうです。
勝海舟が、「鉄舟は、馬鹿正直ものだ。しかし、馬鹿もあれくらいの馬鹿になるとちがうところがあるよ」と評していますが、山岡鉄舟は、超真面目人間です。人から「お前は真面目すぎる」と言われて恥ずかしく思っている人は、自分の性格を恥ずかしく思うより、この人の生き方を見習った方が良い人生が送れると思います。
鉄舟のこの超真面目さは、母親譲りのもののようです。鉄舟が、今の小学生3、4年生の年頃に母親から文字を習っていた時、「忠孝」という字に行きあたったそうです。そこでその意味を母親に尋ねますが、その後で「母上は、その道をお守りですか」と質問しました。すると、母は、ハラハラと涙を流して、「鉄よ鉄よ、母は、その道を心掛けてはいるものの、至らぬ女ゆえまだ完全に行うことはできません。いつもそれを残念だと思っています。忠孝の道は、その内容が遠大で、聞かせても今のそなたにはわかるまい。でも、そのつもりで一心に修行さえすれば、いつかきっと会得ができましょう。必ず必ず今日のことを忘れてはなりませんぞ」と懇々と諭したそうです。私の大好きな日本の母親像です。この母の名前は、磯といいます。
鉄舟の言葉に、「一筋にするどく気をばかけぬれば 我体こりて敵に通らず。ユルリと行けば 気ひろがり敵につうず。一筋にするどくこりかたまれば 先にすぼみ 我心持ちよきなれど敵につうぜず。ゆるやかに動かず行けば 気は敵をおおい通すぞ不思議なりける」というのがあります。合気道の稽古にも応用が利きます。
一刀流の正伝を継ぎ、無刀流を開いた山岡鉄舟という人は、もっともっと知られて良い人物だと思います。
posted by 八千代合気会 at 04:30| お勧めの本

2010年08月10日

地上天国建設(2)

「地上天国建設」は大本教の宗教的な目標ですが、合気道の武道的な目標でもあります。理念と言っても良いでしょう。大本教では「宇宙万物を創造された主神の愛善と信真にもとづく地上天国建設を目的とする。諸悪の根元は、人心の利己主義(われよし)と弱肉強食(つよいものがち)にあるとし、人類が四大綱領(祭・教・慣・造)の本義にかえり、四大主義(清潔主義・楽天主義・進展主義・統一主義)の生活を実践する」ことを説いています。もっと分りやすく言えば、お互いが思いやりを持って、お互いに認め合い、お互いの良いところを出し合って生きて行くことが出来る場所が「地上天国」で、そのような愛を持った人になることが目標です。
合気道の道場に「和気藹々」という雰囲気の所が多いのも、合気道が「地上天国建設」を目標として、人に勝たなければなやない(われよし)とか強くなければならない(つよいものがち)とかいう稽古をしていないためではないでしょうか。この「地上天国」は、心がけ一つで築けるものなのです。開祖が悟られた宇宙は、我と他の人、我と宇宙のすべてが繋がった一つのものです。稽古の時と同じで、世の中の生きとし生けるものに喜びを与えるように接することにより、目に見えないところで繋がった世界で皆が和合して行くのです。
この世のことは、神様(造り主)の計画によって動いていますが、人の思いによっても動いています。幕末に長州藩を動かした一粒の麦は吉田松陰で、彼の憂国(愛国)の熱い思いが他の同志を動かし、藩そのものを動かし、最後には国を動かしました。
国際紛争、国際テロ活動を無くするために武力が行使されていますが、当座は必要であっても、武力では根本的な解決が得られないのは過去の歴史が物語っています。人の心が憎しみから慈しみに変わらなければ真の平和(peace、平安な心)は得られません。
子供が小さい頃でした。夜泣きをするので、どのようにあやして良いのかあれこれ試してみました。昼間なら、「見てご覧、きれいな花が咲いているよ」と意識をそらせると泣き止みますが、夜中です。さてどうしたものかと考えを巡らしていて、ある時思いついたのが抱き寄せて耳元で「愛しているよ」とささやくことでした。そうしたら見事に泣き止んでくれました。最初は不思議に思いましたが、赤ん坊に「愛」という言葉の意味は分からなくても愛の心は伝わるようです。それで平安な心になって泣き止むようです。
合気道の稽古の究極の目標は、自分の心を神の御心(万有愛護の心)で満たして、相手をして闘う気持ちを無くしてしまうことです。これは目の前の相手だけでなく、全人類に愛の波動として伝わります。次の道文を深く読んでみましょう。
「合気は和合の道、全人類、全宇宙が大きく和して一体となすべき万物本来の姿の現れである。すなわち宇宙の中心は一つであり、その動きが宇宙建国の営みとなってこの世に経綸を行う。全大宇宙は皆同じ家族であり、世界から喧嘩、争い、戦争をなくす、この世界は美しき愛の世界、一つの造り主の愛の情動の世界である。愛がなければ国が 世界が 宇宙が亡びる。愛より熱も光も生じ、それを実在の精神において行うのが合気道である」
posted by 八千代合気会 at 02:28| 日記

2010年08月06日

古武道入門

著者は、和歌山で日野武道研究所を主宰している日野晃氏です。日本の武道史に残る達人の境地を実現してやろうという動機で武道を研究している人で、研究所の建物を仲間と共に自分たちで建てたということから、自立自存の精神が旺盛な人だと推察します。この本のサブタイトルは「達人たちの≪言葉≫を身体化する!」となっています。
武道における、相手の意識の変化・攻撃の意志の起こりを察知するための能力は、相手に対する気遣い・気配りであると述べています。そして、敵の攻撃に対処する武道的身体の特徴は「身体感性」にあり、それには二つの要素、「相互に離れた場所から相手の意志の変化、意識の変化に気づき行動を起こすことができる」「相互に密着した状態で相手の意志の変化、意識の変化に気づき行動を起こすことができる」があるとしています。
相手の意志の変化・意識の変化に気づくためには、伊藤一刀斉の夢想剣の極意である、身体の無意識領域の働きが必要であると説いています。一刀斉は、勝負をするという、実際は完全に意識が覚醒した状態だが、その意識が覚醒しているときに無意識領域を完全に働かせて、生理的反射や反応を起こさせるという、ある意味とんでもない矛盾を体現したのであると説明されています。
この無意識的な働きは、相手が自分を打とうとする自己主張(相手の我から出る欲望)を不快なものと感じることで、「違和感」として捉えられるとのことです。開祖の高弟で、達人と目される方が、あるテレビ取材で、女の子のレポーターに紙で後ろからたたかれたというエピソードも載っていますが、この感性を身につけるためには、通常の合気道の稽古だけでは難しいのかもしれません。
参考ですが、空手家、気功家、医師で、「気」をがん治療に生かされている矢山利彦先生によると、一刀流の極意で「相手の背中が見えたら切れ」という記述が一刀流の古い文献にあるそうです。それで、相手の背中を見る練習、更には相手を前後・左右・上下から見るという練習をすると、相手をより深く認識できるようになるとのことです。
この本では、作為的ではなく、思わず(無意識的に)「ありがとう」と言った時の自分の言葉(気持ち)に対する相手のリアクションをつぶさに観察する鍛錬が紹介されています。そのリアクションの分別が増えれば増えるほど、自分自身の相手に対する気遣いの細やかさが増えるそうです。
日野晃氏の動画はYouTubeで見ることができます。
http://www.youtube.com/watch?v=2yv3CU8razk
http://www.youtube.com/watch?v=mCtmB1-YZ3U
http://www.youtube.com/watch?v=ND_GN0bUaPw&feature=related
posted by 八千代合気会 at 05:36| お勧めの本

2010年08月01日

地上天国建設(1)

合気道を習い始めたばかりの人が、合気道の技を習得するのが難しいと感じるのは、指導者が示す技を見ても何をしているのか、どう動いているのかがイメージ出来ないからです。少し慣れてきて技のイメージが出来上がってくると、技が多少変化しても戸惑わなくなります。
技だけでなく、合気道が目指す「高嶺の月」もしっかりイメージ出来ることが必要と思います。合気道の目標が確かでなく、そんなものは存在しないと思っているとかそもそも考えたこともないというようでは、頂上を目指して登っているのかどうか覚束ないのではありませんか。
人生にも目的や目標があるのですが、しっかり意識(イメージ)されているでしょうか。まだでしたら、一度限りの人生ですので、真剣に探し求めなければならないと思いますがいかがでしょうか。
米国では、10代の青少年が、人生設計の本をよく読むそうです。将来、何になりたいかということを明確にして、大学に進み、職業を選ぶためです。学校の建物がなく、木陰で授業を受けているような国の子供たちも、将来の夢を持っています。「皆が川を渡れるように橋を架けたい」「病気を治して上げたいので医者になりたい」等々です。さて、日本の青少年の夢や目標はどうでしょうか。小学4年〜高校2年生の意識調査で、「自由でのんびり暮らしている」という将来の自分に対するイメージを持つ青少年が6割で、「世界で活躍している」というのは2割に満たなかったそうです。なりたい職業があると答えた高校生は5割でした。日本人の大半が持っている皆と同じようにという価値観の故に何も考えていないのではないでしょうか。
医学部で教えている先生の話ですが、「君たちは“先生”と呼ばれる医師になりたいのか、医者で良いと思っているのか?」と学生に聞いたら、「医者で良い」と答える学生が多いと聞きました。「高嶺の月」を心に置かない医者に掛かることを思うと、病院に行くのが怖くなりませんか。
話を合気道の目標に戻します。前にも述べたように、開祖は、「(合気道の)修行は、神人合一を目標とするものなり」と言われましたが、また、「合気道は、地上天国建設のため、宇内(うだい、天が下)の完成に進むのであります」とも言われています。
昭和37年(1962)に発刊された『合氣道技法』の序の冒頭に、開祖は、「此の世は一元の大元霊たる造主(つくりぬし)の愛の情動の営みなり。故に営みは一秒時も休むことなく、宇宙建国楽土を目標に、宇宙をあげてその使命達成に勤めつつあり」と書かれています。「宇宙建国楽土」は「地上天国建設」と同じ意味です。
posted by 八千代合気会 at 20:18| 日記